1.四十九日
父が亡くなった。
享年50。早すぎる死だった。
生暖かい風が桜の花びらをさらい、頬をなでる。
父の四十九日は、そんな春盛りに行われた。
「終わったわね……」
「瑠璃羽ちゃん、結局大学はどうするのかしら」
ひそひそ、ひそひそ。
法要を終え、外の墓石の下へ収められる骨壺を見送りながら、親戚のおばさまたちはそんな囁き声を交わし合う。
私はそんな声になにかを感じる、ということもなく父であったものが埋葬される様をぼうっと見守っていた。
ごうっと強めの風が吹いて、制服のスカートを揺らす。
つい先週卒業式を終え、お役御免となったはずの高校の制服は、他に着るものがないという理由で昨晩引っ張り出された。
卒業してから制服ってきてもいいんだっけ、などという考えは、新しく喪服を買いに行く手間と値段を前にあっという間に吹き飛んでいった。
私もまさか、制服を着る最後の日が、父の四十九日だなんて思っていなかった。
「瑠璃羽ちゃん」
埋葬が終わり、さて、解散しようかという時に、不意に声をかけられた。
ぼんやりとした頭で、この人は確か親戚の、父の姉だか妹だかのはずだと思い出す。お通夜とお葬式の時からいろいろと手続きをしてくれた。
「なにか、困ったことはない? 一人暮らしも慣れたかしら……。いろいろ、大変よね」
そう言うと、おそらく叔母なのだろうその人は、うっと声をつまらせる。
私は乾いた瞳で冷めた視線を彼女に向けて、形ばかりの返事をする。
「ありがとうございます。当分は父の遺産が残っているので、ご心配なく。今までも、家事はほとんど私がやっていたようなものなので」
「そ、そうなの?」
「はい」
あまりにも私が淡々としていたからだろうか。
叔母らしき人は、たじろいたように視線をゆらし、得体の知れない者を見るような目で私を見つめた。
「じゃ、じゃあ、元気にね」
「はい」
半ば逃げるように、彼女はさっさと立ち去っていく。
墓場は、すでにがらんどうで私以外に残っている人はいない。帰らなくては、と思うのに、誰もいない家を思うとどうにも足が進まない。
父が亡くなってからもう1ヶ月も経つというのに、ひとりぼっちの家になんて慣れることはなかった。
少しだけ考えた末に向かったのは、ここら辺では有名な大きな橋だった。
ピュオオッと音を立てて風が通り抜ける。
すっかり日も落ちて、昼間は生暖かいと感じた風も今では肌を刺すようだ。
橋の手すりに手をおいて、暗闇に沈む川を見下ろす。
夜の川は吸い込まれてしまいそうなほど深い闇に満ちていて、私は思わず手すりから身を乗り出していた。
ここからちょっとでも重心をずらせば、私の身体はいとも簡単に橋の下へと落下していくのだろう。
「……」
私は49日前に、天涯孤独の身となった。
母は幼い頃に亡くしている。親戚との繋がりも薄い。
澪瑠璃羽という個人を必要としてくれる存在は、もういない。
それでも、下手に成人の年齢になってしまっているから、自分1人の力で生きていかなければならない。
宙ぶらりん。
今の自分を表わすのにふさわしい言葉は、“宙ぶらりん”である気がした。
風が吹く。
自分と空間との境界線が曖昧になって、“私”という存在が消えていくような錯覚を覚える。
――そんな時は無性に死にたく、なる。
「ひぁっ」
ぐらりと身体が傾いた。
一層強い風が吹いて、その風に攫われた。
私の身体は真っ逆さまに、重力にしたがって落ちていく。
死――それを認識した瞬間、私の意識がぐんと遠のく。急速に沈む意識の中、私は誰のものとも知らない声を、聞いた。
『瑠璃羽、こちらに、おい、で!』
その声の主が誰なのか、私はまだ、知らない。
みなさま、こんにちは!茉莉花菫です
初めましての人も、そうではない人も、お読みくださりありがとうございます!!
盛大な感謝を、あなたに送ります。
居場所を失った瑠璃羽の、真の意味で居場所を得るまでの物語
自分は必要とされていないと感じている人、居場所がないと思っている人へ。届くことを、願って。
(毎日更新なので、ぜひぜひ明日もお楽しみください)




