4.はじめてのエスコート
この異世界にきてから数日、私は王宮内の部屋で怠惰な生活を送っていた。
「聖女様、失礼いたします。お顔を拭きましょう」
「本日のお召し物はどちらにいたしましょう」
「朝食でございます。聖女様のお好きなフルーツを盛り合わせました」
文字通り、お姫様扱いである。
身の回りのことは侍女さんが全てやってしまうし、着替えたり髪を結んだり、服を選んだりといったあらゆることが立っているだけで終わる。
最初の1日は遠慮したが、侍女さんたちに仕事を奪わないでくれと言われ、全てを受け入れる事にした。
快適すぎて、怖い。人間を辞めてしまいそうである。
「おいしい……」
食後の紅茶で一息つきつつ、ぼうっと視線を窓の外に向けた。
窓の外は、手入れの行き届いた庭園が広がっている。残念ながらここからは見えないが、塀の外には石畳が広がる王都がある。
私はそれなりに、この世界にいる自分を受け入れてしまっていた。身の回りは全て世話してもらえるし、とんでもなく快適だ。
だが、言葉には言い表せない居心地の悪さをずっとずっと感じている。
正直なところ、元の世界に帰りたいとか、異世界に来てしまったことへの恐怖とか、そういうのは、薄い。
だって、あちらの世界に私を必要としてくれる人はもういないから。
父も母も死んで、親しい親戚も友だちもいない。居場所なんて、どこにもない。
そんな人間がいて、一体なんの意味があるのだろう。
私が、あの世界に固執する理由は、どこにもない。
私はこの世界で生きていくことへの抵抗が、あまりなかった。
問題は、この世界においても、私という存在の必要性が全くないことだ。
私はここでも、必要とされていない。
いや、必要とされていない、どころではない。
この世界では、この人たちの手を借りなければ生きていくことさえままならない。迷惑をかけないようにしようにも、どうすればいいかも分からない。
これではただの――お荷物。
侍女さんたちはとてもよくしてくれているし、聖女として召喚された私を大事にしようとしてくれているのも感じる。
同時に、持て余されている感も否めない。
いつまでたってもよそよそしく、腫れ物を扱うかのような侍女さんたち。
今のような食事の時間も、彼女たちは私から距離をとり、なるべく私の視界に入らないよう気を遣われているのが手に取るように分かった。
やることが全くない、というのも考え物だ。
暇を持て余すと、余計なことばかり考えてしまう。
退屈そうな私を見かねたのか、侍女さんのひとりがこの世界について書かれた書物を渡してくれた。
「ごちそうさまでした」
最近の私は、食事を終えたらもらった本を読むようにしている。
その本曰く、この世界は大陸にある5つの大国と1つの島国からなるらしい。また別の書物では、教会という組織のことが書かれていた。聖女をこの世界に召喚するとされる最高神を信仰しており、聖女にまつわる話を聖女伝説と題して人々に広めているのだとか。
他にも、ここフィッツェ王国の王族には国王と王妃の他に1人の王子と2人の王女がいることも学んだ。同じ王城に暮らしているはずだが、まだ顔も見たことがない人たちだ。
「王族、か」
彼らは一体、私をどうしたいのだろう。
この王城に留めおいているのだから、利用方法でも考えているのだろうか。
それなら、なるべく早く決めて欲しい。少しでも、どんな形であっても、必要とされるのならば、私は……。
この部屋で寝食を繰り返すだけの生活は、息がつまるから。
「聖女様、少々よろしいでしょうか」
今まで後方でじっとしていた侍女のひとりが、進み出て小さく頭を下げる。
私が目を向けると、一通の手紙を手渡された。
「こちら、国王陛下からです」
「国王……?」
ちょうど考えていた人の名前が出てくるとは思わず、目をしばたたかせる。
おそるおそる中身を確認すると、どうやら手紙というより紹介状のようだった。そこに書かれた名前と肩書きに見慣れない単語があって小首をかしげた。
「魔法、ですか?」
「はい。希望があれば、聖女の力を使いこなすための教師をつけるがどうだろう。とのことです」
きらり、と一瞬視界が煌めいた。
そんなの、答えは決まっている。
「や、やります! やらせてください!」
勢い余って身を乗り出してしまった。我に返り、羞恥で薄く顔が赤くなる。
だが、答えは変わらない。
いらない聖女である私が、少しでも利用価値がある聖女になれるのであれば、どんなことでもやってみよう。
国王陛下に手配された教師によるレッスン、初日。
私は朝からそわそわとしながら、迎えを待っていた。
私としては迎えなどなくてもいいのだが、そういうわけにもいかないと言われてしまった。
だからこうして大人しく……そう、いつもよりは朝食を早食いしてしまった以外は大人しく、しているのだ。
コンコンコン
「はいっ」
ドアのノック音が響き、侍女さんの1人が扉を開ける。
ゆっくりと扉が開いて行く様子を私はじっと見つめていた。
ようやく開ききった扉の外から姿を現したのは
「お初にお目にかかります。聖女様」
息をのむような、美青年だった。
窓から差し込む太陽の光を反射する白金の髪と、深い森林を連想させる碧の瞳。
まっすぐにこちらを見つめてくる立ち姿は、物語から抜け出してきた王子様のようだ。
「私、ヴィスキオ・テールと申します。今日より、聖女様の護衛騎士に配属されました。どうぞよろしくお願いいたします」
ヴィスキオ様はそう名乗ると、ニコリと微笑む。
挨拶をする中のちょっとした仕草ひとつひとつが精練されている。素人目にもハッキリ分かるほどなのだから、その精練度合いが分かるというものだろう。
その堂々とした立ち姿は、乙女の理想そのもの。
対して私は、というと。
「……」
唐突なイケメンに、フリーズしていた。
人間って混乱するとこんな風になるんだなあ、と感心してしまいたくなるほどの固まりっぷり。
酸素を失った魚のように、はくはくと口を動かしていると、眉根を寄せたヴィスキオ様がこちらをのぞきこんできた。
「聖女様、どうされましたか?」
「い、え……っ。なんで、も、ありませ」
「それならよいのですが」
イケメンの心配顔の、破壊力が強い。
距離もそれなりに近く、私の心臓は限界寸前だ。
「いっ、行きましょう」
なんとかそれだけしぼりだし、ぎこちない動きで扉に向かう。この症状に効くのは、一刻も早くこの人から離れることだろう。
と思っているのに、ヴィスキオ様は私よりもはるかに大きな歩幅で追いついて、さっと手を差し出してくれる。
「ご案内いたします」
……この手の意味は、さすがに知っている。
エスコートをしてくれる、ということなのだろう。だけど、それは私にとって手を繋ぐとも同義で……。
私は差し出された手を前にぐるぐると思い悩み、最終的には思い切ってその手をとった。
あまりに悩みすぎてしまって、ヴィスキオ様がだんだんと泣きそうな大型犬のような顔になってしまったのも、思い切った一因だ。
ヴィスキオ様は私の手をとると、軽く手前に引いて私を導いてくれる。
乙女であれば、人生に1度は妄想しそうな、演劇の一幕のような状況。きっと、この人にエスコートしてもらいたい女性が、星の数ほどいるのだろう。
――いらない聖女なんかの護衛騎士に任命されてしまって、申し訳ない。
そんなことをふっと思って、今まで顔に集まっていた熱があっという間に消え去っていく。
頭も波が引いていくように、みるみる冷静さを取り戻した。
「聖女様?」
急に表情から彩りが失われたからだろうか。ヴィスキオ様は私を1度振り返る。
私は心配させないように、これ以上関心を抱かれないように、口元を和らげた。
「なんでもありません」
こうして、私とヴィスキオ様はようやく部屋をあとにした。
ヴィスキオ様によってエスコートされ連れられたのは、王城の中の一室だった。
私に与えられた部屋のひとつ下の階にあるその部屋は、装飾品がほとんどなく、殺風景に見えた。
「聖女様、お待ちしておりました」
その部屋にいたのは、長い黒髪と満月を思わせる黄金の瞳の青年。どこか浮世離れした雰囲気をまとうその人は、穏やかな笑みで私を迎えた。




