26.現場へ
魔物の発生が知らされ、夜会は急遽お開きになった。
集まっていた貴族たちは我先にと逃げるように馬車で王宮を去る。
すでに魔物と瘴気の脅威は去ったと思っていた矢先のことに、みな混乱を隠しきれないようだった。
私はヴィスキオ様に連れられ、王宮の一室へと足を踏み入れる。
そこには国王陛下と王妃様がそろっていて、私は慌てて最敬礼をした。
「よい。ルリハ、顔を上げてくれ」
陛下は一刻も無駄にしたくないというような早口で、そう告げる。
私は頭を上げ、深刻な表情で額に手をあてる陛下を見つめた。王妃様は陛下を支えるように、背に手を添えている。
「ルリハ、今さら貴殿にこんなことを頼むのはあまりにも……だが、もう貴殿を頼るしか」
陛下はひどく悩んでいる様子だった。
私は彼の言いたいことがなんとなく分かる気がして、困ったような笑みを浮かべる。
「陛下、私は、分かっています。私は、大丈夫です。だから、どうかおっしゃってください」
魔物が出現したと聞いてから、頭の中に浮かんでいた、聖女が召喚される本来の理由。
陛下は覚悟を決めるように為政者の顔つきをすると、深々と私に向けて頭を下げた。
「聖女ルリハよ。どうか、その力をもってして、我が国を救って欲しい」
「はい。できる限りのことはやってみます」
私はこくりとうなずいて、その場をあとにした。
ぱたりと扉を閉じ、廊下に出る。
私は、グッと胸元でこぶしを握って、一度立ち止まった。
「ルリハ様、それでは騎士団の駐屯上に参りましょう。今からでも間に合うはず……ルリハ様?」
ヴィスキオ様が振り返り、私の握ったこぶしを見てハッとしたような顔をする。
私のこぶしは、小刻みに震えていた。
ヴィスキオ様はそっと私に寄り添い、顔をのぞき込んでくれる。
私は彼に弱々しい笑みを返した。
「私、ダメですね。ずっと、ずっと必要とされたいと思っていたのに、いざとなったら怖いなんて。このまま、平穏に暮らせると無意識に思ってしまっていたのかもしれません」
「ルリハ様……」
私はまだ、〝真なる〟魔法が使えない。
光属性の浄化魔法や治癒魔法でしか助けになれないのも、不安材料のひとつだった。
ふるふると震えが止められずにうつむいてしまうと、ヴィスキオ様はくいと私の頬に手をあてて、半ば無理矢理上を向かされる。
ヴィスキオ様の力強い碧の瞳に射貫かれた。
「俺が、守ります。あなたのことは、俺が、必ず」
スウッと恐怖心や不安感が薄れていく。この人が守ってくれるならば、心配いらないとそう思える。
私は心からの笑みを浮かべて、「はい」と答えた。
それからの動きはさすがの速さだった。
騎士団の駐屯地で魔物の討伐隊と合流し、救護班の人たちと一緒に馬車に乗って魔物の発生源である国境沿いの平原に向かう。
重い沈黙が、馬車の中を満たしていた。
初めて会う人たちではあるが、全員が暗く覚悟を決めたような顔をしている。
ヴィスキオ様含む私たちの護衛除いた騎士は、すでに発生源へ到着しているとのことだ。
「あそこだ……」
平原に近づくにつれ、雄叫びのような声と形容しがたい鳴き声のようなものが耳に入る。
窓から外をのぞくと、暗雲が立ちこめ、先が見えない黒い霧で覆われている場所が見えた。
黒い霧を見ただけで、ゾクッと悪寒が走る。おそらくあれが瘴気なのだと、嫌でも理解した。
私たちの乗る馬車は、黒い霧が立ちこめている範囲から馬を走らせ数分程度の場所に停まる。
馬車が停まった途端に、外から扉が開かれ、中にいた私たちは素早く下車した。
「救護班、到着しました!!」
「重傷者から治癒を!! 軽傷者は応急処置だ。魔力の配分を間違えるな!」
馬車を降りるなり、一緒に乗っていた人たちは口々にそう叫び、それぞれの役割のために散っていく。
みな、恐怖は感じているだろうが、力強い瞳でこの状況をどうにか打開しようと動いていた。
対して私は、というと
「ルリハ様」
「ヴィ、ヴィスキオ様」
想像以上の現実に、足がすくんで動けなくなってしまっていた。
風に乗って届く血のにおいと、苦しげにうめく声。見ているだけで、足下から体温が奪われていく錯覚に陥った。
「これは、現実なのでしょうか」
そんなバカげた言葉が口からこぼれる。
それほどまでに、目の前の状況は現実からかけ離れていた。
――悲鳴が、響く。
それは、負傷を抱えて、痛みを周囲に訴える悲鳴だ。
私の目の前では、けが人が直接地面に寝転がされている。救護班が到着するまで包帯を用いて応急処置はしていたようだが、どう見ても手がたりていない。
ここは後方支援のための安全圏であるはずだが、戦闘が繰り広げられているのであろう前線の音は届いている。
「ルリハ様、もし、難しければ」
ヴィスキオ様は気遣うように声をかけてくれるが、私はそれを自分で自分の両頬を叩いて遮った。




