24.踊っていただけませんか?
すると、みんなが食事の手を止め、数組の男女が手を取り合い大広間の中央へと集まっていく。
私は、これがなにを意味するかうっすらと理解していた。
どうしようか、と考えようとして、ヴィスキオ様の手が離れていることに気がつく。
パッと振り向けば、ヴィスキオ様が軽く頭を下げ、手をこちらに差し出している。
「聖女様、どうか私と踊っていただけないでしょうか」
私はその手を取ろうとして、少々ためらう。
この流れは予想していなかったことではなく、むしろ予定通り。練習だってしてきた。
だが、この土壇場で本当に人前で踊っても大丈夫だろうかと気後れしてしまう。
ヴィスキオ様はそんな私を見て苦笑し、小声でささやく。
「あれだけ練習したんですから。ここで発揮しないともったいないですよ」
「……私で、よければ」
私はおそるおそるヴィスキオ様の手に自分の手をのせる。
ヴィスキオ様は私の手を握ると、グイと引き寄せた。
「では、参りましょうか」
私たちも他の男女と同じように、大広間の中央へ行く。
音楽が、流れた。
ゆったりとした初心者向けの曲だ。ロゼが根回しして、私に合わせてくれたのだろう。
私は曲に合わせてステップを踏み始める。
ダンスはとても密着して行うので、普段の私であれば赤面必須、なのだが、今はステップを間違えないことに必死でそれに注意する余裕がない。
「必死すぎませんか」
「あたりまえです。転びたく、ないですから」
ヴィスキオ様の苦笑するような気配だけ感じる。
「ルリハ様はまじめですね。では、もう少し私に身を任せていただいてもよろしいですか」
「は、い?」
ヴィスキオ様は私に聞いたくせに、答えを待たずに手をグイと引き、腰も半ば強引に引き寄せられる。
「はわっ」
私は危うく転びかけるが、ヴィスキオ様の細いがさわるとがっしりした腕が、支えてくれる。
その安定感たるや、ダンス中にもかかわらず安心感を抱いてしまうほどだった。
「すごいです。ヴィスキオ様っ」
「これでも、公爵家の男ですから」
安心感を得て周りが見えると、今度はヴィスキオ様との距離の近さに瞠目する。
緊張していたから気づいていなかったが、顔が、近い……っ。
今度は別の意味で体がこわばり、ヴィスキオ様に不思議そうな顔をされてしまう。
私は油断するとすぐに混乱しそうになる頭をなんとか制御し、決死の思いで一曲を踊りきった。
「ありがとうございました」
「あ、ありがとうございました……」
曲が終わる頃にはへとへとで、私は一度座れる場所を探したかった。
「あ、あの、ヴィスキオ様」
ヴィスキオ様に話しかけようと口を開くが、それよりも私と同じ年代くらいの女性たちが詰めかける方が速かった。
「ヴィスキオ様っ、あの少々お話しよろしいでしょうか」
「わ、私も、お話しをお聞きしたいわ」
「私もー!」
え? え? と戸惑っている内に、あれよあれよとヴィスキオ様から離されてしまう。
ヴィスキオ様も私の方を気にしてくれているが、令嬢たちにじりじりとおされてこちらに来たくとも来れないようだった。
私も私で、ヴィスキオ様なしでこの夜会をやっていける気がしない。
途方にくれていると、ヴィスキオ様だけでなく私の方にも人が集まり始めていた。
「お初にお目にかかります。聖女様。私、子爵家の者で」
「聖女様、ぜひ2曲目は私と」
「いえ、私がっ」
みな、聖女と少しでも接点を持ちたい人たちだ。
私は数え切れないほどの男性に囲まれ、目を回す。ダンスのお誘いなんて受けられるほど上達していないし、そもそも初対面の男性とちゃんとおしゃべりできるかも怪しい。
が、しかし、私にこれらのお誘いを断ることなどできるはずもない。
助けを呼ぼうにも、ヴィスキオ様も令嬢たちに囲まれている。
誰か助けて、と思った瞬間、救世主が現れた。
「失礼、失礼。聖女様は少々気分を悪くされているようです。よろしければ外にご案内いたしましょう」
そう言って手を差し出してくれたのは、黒髪を揺らすシエロ様だった。
「シエロ様」
知り合いに会えてほっとすると、目から涙がこぼれ落ちそうになる。
慌てて目元に力を込めるが、目はうるんでしまっただろう。
シエロ様はさっと私を隠すような立ち位置になると、私もお供すると言う令息を押さえて、私をバルコニーに連れ出してくれた。
大広間からはちょうど死角になる場所だ。
「本当に、助かりました」
「いえいえ、教え子が困っていたら助けるものですから」
夜風にあたると、さらに気分が回復してくる。
ようやくまともな呼吸が出来た気分だ。
「それでも、ありがとうございます」
「ふふっ、ルリハ様は優秀な生徒で、聖女という貴重なサンプ……いえ、人材ですからね」
今、サンプルと言いかけたのだろうか。
それなりに長い付き合いになってきて、時々この人が私を人ではなく半ば研究対象を見るような目をしていることは知っていた。
ちなみに私は特に気にしていない。先ほどのように、私に聞こえるか聞こえないか分からない程度の陰口を言われるよりずっと良いと思っていた。
うさんくさく分かりにくいが、分かりやすい。それがシエロ様だった。
「最近、レッスンの回数を減らしていらっしゃったでしょう? 私もさびしく思っていまして」
「それは、すみません。ちょっと、やることがあって」
私はシエロ様からの言及に目をそらす。
最近、ヴィスキオ様のお母様を探したり、お披露目に向けて特訓をしたりと、レッスン以上にやることがあったのだ。
おかげさまで魔法レッスンの回数を減らしてもらう羽目にもなった。
「別に、減らすことは悪くはありません。そろそろ私が教えられることも減ってきましたし……と、申し訳ございません。私はそろそろ行かなくては」
「そうなんですね。私は、もう少しここで休んでいきます」
「ええ、その方がよろしいかと。では、婚約者が呼んでいるようですので」
シエロ様はぺこりと頭を下げてバルコニーを去って行く。
その後ろ姿を見つめ、数十秒。
私は、最後に告げられた言葉を反芻する。
「こ、婚約者……?」
さらりと告げられた初出し情報に、静かに衝撃を受ける。
元の世界では馴染みのない言葉だが、なるほどこちらの世界であればそれもありえるだろう。
だが、まさかシエロ様に婚約者。
想像もしていなかったことにあんぐりと口を開ける。
ふと、そこでひとりの顔が頭に浮かんだ。
「もしかして、ヴィスキオ様にも……?」
ありえない話ではない。ヴィスキオ様は公爵家の次期当主。婚約者が決まっていたとしてもなんの不思議もない。
私は今さらながら気がついた事実に、あわあわと口元に手をあてた。
婚約者がもしいたら、私って大分邪魔なのでは……。そう思うと、ツキンと小さく胸が痛んだ。
「これ以上考えるのはやめよう」
ひとりで考えても埒が明かないと、私は早々に思考を放棄する。




