23.夜会のはじまり
「へうっ?」
なんという、ことだろうか。
自室でのやりとりで顔に集まっていた熱がようやく引いた頃だというのに、また赤く染まってしまう。
「諸君、静粛に」
国王陛下のものであろう声が耳に届き、私はドキッと心臓が跳ねた。
同時に、今までざわめいていた大広間がシンと静まりかえる。
陛下は数秒の間をおくと、厳かな声音で宣言をする。
「紹介しよう。異世界より召喚された我らが聖女――ルリハだ」
私が緊張で顔をこわばらせると、グッと力強く手が握られる。
自然とヴィスキオ様に視線を向けると、優しげな笑みが返された。
「さあ、参りましょう」
ヴィスキオ様の顔を見ると少しだけ肩から力が抜け、カーテンの外側へと進む足は思いのほかすんなりと動いた。
影から光へ。
視界がいきなり明るくなって、思わず目を細める。
徐々に目が光に慣れ、大広間の状況を見下ろすことができるようになってくる。
――好奇の視線。
大広間を埋める大勢の人が、一斉に私を見つめる。
覚悟していたことではあるが、グッとのどに息が詰まるような気がした。
それでも、ヴィスキオ様がいるから。隣に彼がいてくれるというだけで、私の足は迷いなく進んでくれる。
なんとか階段を最後まで降りきり、最初に国王陛下と王妃様の前へ進み最敬礼をする。
「頭を上げよ」
許可が出て、私はゆっくりと姿勢を正す。
「聖女ルリハよ。この度は、我が国に来たこと、我らが世界に手を差し伸べてくれたこと、心より御礼申し上げる」
「恐悦至極に存じます。こちらの世界に来てから、様々な配慮をしていただきました。私も深くお礼申し上げます」
「よい。それは当然の務めだ。今日は初めての夜会を楽しんでくれ」
「ありがとうございます」
一連のやりとりを終えると、陛下は再び大広間にいる人々に視線を移す。
「さあ、夜会を再開してくれ。今宵は大いに楽しもう」
陛下は最後にこちらに視線を向けてにこりと笑いかけてくれる。その笑顔がどことなくロゼに似ていて、やはり親子なのだなと思った。
私はヴィスキオ様に導かれ、陛下の前を辞する。すると、一仕事終えたような気持ちでどっと疲れが押し寄せた。
ロゼからお披露目の話を聞き、ずっとこの日のために特訓を重ねていたのだ。ピアノ教室に通っていたときの発表会のような緊張感がある。
人目がある手前、おおげさにため息をつくことなどできないが、小さくバレないように息を吐く。気持ちとしては早くもこの場から去り、しゃがみこんで休憩するか、ベッドに飛び込んでしまいたかった。
礼儀作法に関して自信はないが、とりあえずセリフは言い切ったと胸をなで下ろした。
「聖女様」
後ろからよく聞き慣れた声が聞こえ、嬉しくなってぱっと振り返る。
「ロ――ロゼリエッタ第2王女殿下、ごきげんよう」
いつも通りロゼ、と呼びかけると握った手をヴィスキオ様にギュウッと掴まれ、慌てて言い直す。
少々寂しくなってしまうが、仕方ない。
私とロゼが仲良くしているのはある程度周知されているようだが、それと人目がある中で愛称を呼ぶのは別問題だ。
ロゼも複雑そうに眉根を寄せるが、すぐにパッと顔を明るくして笑みを浮かべた。
「夜会に並んでいる料理は、わたくしもメニューを考えるお手伝いをしましたの。ぜひ、そちらもお楽しみくださいませ」
「お心遣い、感謝いたします」
「わたくし、聖女様のことが大好きですの。……だから、今回の夜会は絶対に聖女様にも楽しんでいただきたいと思っていますわ」
そこで一度言葉を切ると、ロゼは意味深な流し目を周囲に向ける。
「……?」
私は視線の意味が分からずきょとんとするが、ロゼはすぐにいつも通りの笑みを浮かべる。
「それでは、ごきげんよう」
ロゼは私の横を通り抜けようとする去り際、扇で口元を隠し、声を押し殺して私の耳元でつぶやく。
「ルリハ、なにかあれば必ずわたくしに、ね」
「……!」
本当に、感謝してもしきれない。
ロゼはいつでも、私のことを思ってくれるのだ。
私は思わず胸が熱くなりながら、ヴィスキオ様を見上げた。
「ヴィスキオ様、お料理を見てみたいのですが、よろしいでしょうか」
「はい、もちろんです」
まだ貴族たちは私に声をかけようとしない。じろじろと不躾な視線は常に感じるので、遠巻きに品定めされているのだろう。
声をかけられないのであれば、こちらからわざわざ話しかける必要はないと事前に言われているので、見て見ぬふりをするしかない。
特にロゼからの念押しは強かった。
私は今は料理のことを考えようと、ビュッフェ形式で並べられている料理の元へ足を向けた。
「あれが、聖女か……」
「思ったより普通だな。もっと神聖なものだと思っていたが」
「聖女は伝説の存在だが、魔物の討伐も瘴気の浄化もしないのなら、ただの小娘だろう」
「あまり国庫を食い潰さないでもらいたいものだ」
ひそひそと、心ない言葉も耳に入る。
あれで、こちらには聞こえていないと思っているのだから、逆に感心してしまう。
ここに来てばかりは、陰口を聞くたびに気持ちを落ち込ませていたが、今はさほど落差が小さい。
全く気にならないわけではないが、ロゼのように私を大切にしようとしてくれている人も知っている。いらない聖女であることは事実なので、申し訳なさも感じるのだが。
私は努めてそういう言葉を気にしないようにしながら、どれから食べようかと瞳を輝かせる。
「ヴィスキオ様、あの、私ローストビーフが気になるのですが……ヴィスキオ様?」
私のさらに向こう側を見つめていたヴィスキオ様は私に呼ばれ、ハッとしたように視線を私に向ける。
どうしたのだろうか。今一瞬、顔がとても険しいように見えたのだけれど。
ヴィスキオ様は私の心配そうな顔を見ると、いつもの笑顔を浮かべとりつくろうように早口になる。
「申し訳ございません。少々気が立つことがありまして……ローストビーフですね。お取りいたします」
ヴィスキオ様はそう言うと、給仕担当の者に声をかけようと料理の方を向く。
気が立つとは、どういうことだろうか。
もしや、誰かヴィスキオ様の悪口を言っていた、とか。
……それは、許せない。
私がひそかに憤っていると、ふと、流れていた音楽の曲調が変わった。




