22.攫って差し上げます
お披露目の夜会、当日。
私は、姿見の前でしきりに自分の姿を確認した。
「これで、大丈夫でしょうか?」
「はい。とてもお綺麗ですよ、聖女様」
私のドレスを見立て、当日のヘアメイク全てを整えてくれた侍女さんたちは、どこか満足げな表情だ。
対して私は、姿見の中にいるくどくない程度に着飾られた女性を前に感嘆の息をもらした。
裾がふわりと広がる深い青のドレスと、ナチュラルに化粧を施した顔、華やかにまとめられた髪。
ドレスの腕や肩の部分はレース素材でできており、うっすらと肌が透けている。スカートの部分には精緻な金糸銀糸で刺繍がほどこされ、動くたびにキラキラと光を反射する。
つい最近まで高校生のがきんちょだったとは思えない程の女性が、そこには立っていた。
「ドレスとお化粧で、ここまで印象が変わるんですね」
まじまじと興味深く自分の顔を眺める私を見て、侍女たちはあらあらと微笑ましそうに頬に手をあてる。
「聖女様の素材がいいから、です」
「そうそう」
「肌も絹のようですもの」
そんなに褒められても、あまりしっくりこないのだが……。
私は自分のドレスを見下ろして、こんな良い品を私なんかが纏ってもいいものかと不安になる。
この滑らかでとろけるような肌触りは、相当高価な布だと私でも分かる。
鏡の中の私はひどく大人っぽくて、自分なのに自分ではないみたいだ。
私も女の子なのである。綺麗なドレスやヘアメイクに憧れる気持ちがないわけではない。
今もいつも気分が高揚しているし、胸が高鳴っている。が、ふとした瞬間に顔が暗く陰る。
その原因は、これから待ち受ける夜会にあった。
コンコンッ
その時、ドアをノックする音が部屋に響いてびくりと身を震わせる。
「は、はいっ」
返事も思わずうわずってしまった。
「失礼いたします」
扉の向こうから姿を現したのは、ヴィスキオ様だ。
私は羞恥でヴィスキオ様の方を見ることが出来ず、足下に視線をさまよわせる。
侍女さんに太鼓判を押してもらったが、今の自分がいつもの自分ではなさすぎて、どこか変ではないだろうかと不安で仕方がない。
「……」
「ヴィスキオ様……?」
ヴィスキオ様がなにも言わないので、とうとう不安が限界に達しておずおずと視線を上げる。
ゆっくりとヴィスキオ様の方を見れば、バチッと目が合ってしまう。
――い、イケメンだ。
私は、先ほどまで恥ずかしがっていたことなど忘れて、ヴィスキオ様に魅入る。
濃紺の礼装に、ダイアモンドのブローチ。銀糸の刺繍が良く映えて、着る人の方が見劣りしてしまいそうなデザインだが、ヴィスキオ様は見事に着こなしている。
月並みな感想だが、かっこいい、と素直に思う。
なぜか数秒、無言で見つめ合う時間が流れ、私はハッと我に返る。
「こ、こんなことしてる場合ではありませんね」
「そ、そうですね」
ヴィスキオ様も我に返ったように動き出すと、再びちらりと私を見て、手の甲で口元を隠してそっぽを向いてしまう。
その仕草に違和感を覚え、私は小首をかしげた。
が、すぐにその理由を思いつき、ガンとショックを受ける。
や、やっぱり、私のドレス姿、変だったんだ……。
私がしゅんと暗い顔をしていると、ヴィスキオ様が顔をのぞき込んでくる。
「ルリハ様、どうかされましたか?」
「……っ」
私はいきなり目の前に現れた美青年に体をのけぞらせる。
咄嗟に自分の顔を隠すように手で覆い、蚊の鳴くような声を発した。
「すみ、ません。私、今日、変ですよね。こ、こんなに綺麗なドレス、似合いませんし」
私がもう羞恥で心臓をバクバクさせていると、ヴィスキオ様はなにを思ったか、顔を覆っている私の手をグイッと押し下げた。
ヴィスキオ様は私の顔をまっすぐに射貫いており、嫌でも視線が交わる。
「そんなこと、ありませんよ。とてもお綺麗で……少しだけ、驚いてしまいました」
私は一瞬、なにを言われたか理解できずにフリーズしてしまった。
だが、頭の中でセリフを繰り返し、じわじわと意味を飲み込んで――ぶわりと、顔が赤く染まる。
「ヴィス、キオ様っ、それは、どういう」
「そのままの意味ですよ。ルリハ様、どうか今日のあなたをエスコートする栄誉を、私にくださいませんか?」
この人、こんなにキザなことを言う人だっただろうかと疑問に思いつつ、うやうやしく差し出された手をとる。
この手をとらない選択肢は、私にはない。
「はい、もちろんです」
顔の熱はしばらく引きそうになかったが、私は心からの信頼を胸に、彼のとなりに寄り添った。
私はヴィスキオ様のエスコートで、王宮内にある大広間へと誘われる。
そのまますぐに中には入ることはせず、吹き抜けになっている大広間を見下ろすような大階段の踊り場。その脇にある重厚なカーテンの裏に隠れていた。
ちらちらと隙間から見えるシャンデリアの光が目に痛い。
今までの人生の中で見たこともないきらびやかな世界が、布一枚隔てた向こう側に広がっている。
すでに夜会の始まりは宣言されていて、大広間は多くの人で賑わっていた。
シャンデリアの光を反射する宝石で着飾った人や色鮮やかなドレスを身に纏った紳士淑女が、一堂に会している。
生演奏による音楽と、黄金色が揺らめくシャンパングラス、花のような甘ったるい香水のにおい。
そんな光景を見せつけられて、くらりとめまいを覚えた。
「ルリハ様、ご準備はよろしいでしょうか?」
「準備、ですか」
もちろん、よろしくない。
だが、眼下に集まった貴族然としたきらびやかな人々は聖女(つまり私)を今か今かと待ち構えている。
そして私は、見るからに偉そうなあの人たちを待たせられるほど、肝が据わっていない。
「行きま、しょう」
大げさなほどに覚悟をぬり固めて、こくりとうなずく。
そんな私をじっと見下ろすヴィスキオ様は、なにを思ったかずっと重ねていた手をそっと包み込む。
「ルリハ様、こちらをご覧ください」
私は言われるがままに、ヴィスキオ様を見上げる。
この世界に来てからのほとんどの時間を共に過ごした彼は、ひどく優しげな瞳でこちらを見下ろしている。
「緊張するな、というのは無理な話でしょうから、こういうのはどうでしょうか」
「……?」
「今回はお披露目が目的ですから、人の名前を全て覚える必要もありません。さっと顔を見せて、さっと部屋に戻って、甘いものでも食べましょう」
「そ、それで、いいんでしょうか」
「それでいいもなにも、必要があったなら、事前にたたき込まれていたはずですので」
「え」
「だから、もし緊張してどうしようもなくなってしまったら、私の手を握ってください。そうしたら」
ヴィスキオ様は少しだけ私の前にかがみ、秘密を打ち明けるような顔でささやく。
「私が、攫って差し上げます」




