21.それは再会にあらず
ロゼに助言をもらってすぐに聖女であることは隠して手紙を出していたが、返事はなかなか来なかった。
どうしてだろうと思っていたら、ロゼに身元が分からない不信な手紙に返事など来るはずがないだろうと呆れられ、慌ててロゼに頼んで身元が確かであることを保証してもらい、改めて手紙を出したのだった。
その返事が、来たのだという。
私はドキドキと騒ぐ心臓を抑えながら、手紙をそっと開いた。
「……っ」
私はざっと目を通し、その内容に歓喜が湧きあがった。
「ヴィスキオ様……っ」
その手紙には、『その条件に合う女性が、教会の孤児院で働いている』という旨が書かれていた。
私とヴィスキオ様は手紙を受け取ったその足で、教会の孤児院へ向かった。
もしかしたら、人違いかもしれない。
それでも、行く価値は十二分にあるだろう。
私から手紙の内容を聞いたヴィスキオ様は、何を言うでもなく、ただ静かに瞠目していた。
今も無言で私についてきてくれているが、なにを思っているかは分からない。
「……見えてきましたね」
私とヴィスキオ様は、馬車の中にいた。
今日のところは、馬車で孤児院の近くまで行き、馬車の中からそれらしき人がいないか様子をうかがうつもりだ。
「ど、どうでしょうか?」
私はお母様の顔が分からないので、馬車の窓からヴィスキオ様に見てもらう。
私も小窓からのぞくが孤児院の外ではたくさんの子どもたちが遊んでいて、修道女たちも外に出ている。が、いまいち顔がよく見えない。
こちらを振り返ってくれたら良いのに――そう思った瞬間、修道女のひとりがふいにこちらを向いた。
彼女は年相応のしわが刻まれた頬を手で押さえ、とても不思議そうな顔をする。
ずっと停まっているこの馬車を不審に思われてしまっただろうか、と心配になった私はヴィスキオ様に視線を向け――息をのんだ。
彼が、驚愕に目を見開いているのが分かる。くちびるもわずかに、震えていた。
あの修道女がヴィスキオ様のお母様であろうことは、間違いがなかった。
私は、なんと声をかけるべきか逡巡したが、なにも口にするまいと決め、ただ彼から視線を外した。
数秒間ほど、ヴィスキオ様は修道女をじっと見つめると、すぐに「出してください」と口にした。
カラカラカラ……と回る馬車の車輪の音を聞きながら、私はちらちらとヴィスキオ様を見つめる。
ヴィスキオ様は先ほどから窓際に肘をついて、外から視線を外さない。
私は彼の顔が見えず、何を思っているのかつかみかねていた。
会って話さないんですか、なんて言いたくなってしまうが、これ以上私が手を出すのはただのお節介だと分かっていた。
私からは声をかけまい。いや、やっぱり心配だ。そんなことをぐるぐる考え続けていると、ふいにヴィスキオ様が口を開く。
「幸せそうでした」
そう言われ、私も先ほど見た修道女の姿を思い出す。
子どもたちに囲まれて、穏やかに幸せそうに微笑む彼女を。
「幸せ、そうでした」
それだけ言って黙り込むヴィスキオ様を前に、もう我慢ならないと声をかける。
「ヴィスキオさ――」
ま、と口にしかけ、止まる。
彼の目元から、ぽろっとこぼれ落ちるものがあったから。
私はふいっと視線を窓の外に向ける。
「ふっ……っ」
たまにもれ出る押し殺したような声も、聞こえないふりをする。
感情の防波堤が決壊したように黙って涙を流すヴィスキオ様と、ふたり。
王宮に戻るまでの間、私たちは沈黙に身を委ねていた。
ヴィスキオ様のお母様を見つけてから数日後、いつものようにロゼが私の部屋に遊びに来ていた。
「ルリハ、来ましたわよ! ……って、なんですの、この空気は」
「なっ、ど、どういうことっ?」
ロゼは部屋に入るなり気持ち悪いというように顔をしかめ、顔の前に扇を広げる。
私は、その空気の変化の原因が分からないわけではなかったが、努めて分からないふりをしていた。
だって、その、変化って……
「ルリハ様、今、お茶をお持ちします」
ヴィスキオ様は、出会った頃と変わらない笑みを私に向けてくれている。
ただ、その笑みは以前とどことなく種類が違うような気がする。
なんというか、今までの笑みが顔に貼り付いた仮面だとしたら、半分くらい本物の笑みになったというか……。口の部分だけ仮面が剥がれた、みたいな感じというか……。
まあとにかく良い変化だろうと私は気にしないようにしているのだ。
というのに、ロゼはすすすっと私に近づいてきて、耳打ちをする。
「ルリハ、一体全体なにがあったんですの? あの男、変わりすぎではなくて?」
「さ、さあ、私もどうしては全く……」
「まあ、いいですわ。気にするだけ無駄ということですわね」
ロゼの切り替えは早かった。
さっさと部屋の中にあるイスに座り、ヴィスキオ様に出された紅茶を優雅な仕草で一口飲み込む。
おいしいですわ、となぜか少し嫌そうにつぶやきながら。
「そ、それでロゼ、今日はなにか用があるんじゃなかった?」
「そうですわ。ルリハに……いえ、今回に限っては大変不本意ですが、2人に、話があるんですの」
私はその話に心当たりはなく小首をかしげる。
後ろを見れば、ヴィスキオ様も分からないようで不思議そうにしていた。
ロゼははあとため息をつくと、まっすぐにこちらを見てから口を開く。
「ルリハのお披露目が、決まりましたの。1ヶ月後に、大規模な夜会を開くそうですわ」
「お披露目……」
来ると分かっていたことだったが、私はその響きにごくり、とのどを鳴らした。




