20.待っていたもの
王宮に常駐している医師だという人に、今後は休息をよくとるようにと言われてしまった。
休息すれば、熱は自然に下がるとも。
「ルリハ!! 無事ですのッ?」
「ロゼ、来てくれたんだ」
お見舞いに来てくれたロゼは、ベッドに腰掛ける私を見ると明らかにほっとした表情を見せる。
そっと私の元へ近づくと、ギュッと抱きしめてくれた。
「……本当に、心配したんですのよ」
「うん。ごめん」
ロゼは私から体を離し、ほっと笑うと、次いでベッドの横に立つヴィスキオ様に鋭い視線を向けた。
「あなた、ルリハをこんな目にあわせて、なにをしていらっしゃったの?」
「申し訳ございません」
「ろ、ロゼっ、ヴィスキオ様は悪くなくて。私が」
「ルリハは黙ってらっしゃい」
ロゼは取り出した扇を手のひらに打ち付けると、感情が高ぶった様子でヴィスキオ様を睨めつける。
「わたくしは、ルリハを傷つけるようなことがあれば覚悟しろと、そう言ったはずです」
私は覚えのない言葉にえ? と、戸惑ってしまう。
そんなやりとりが2人の間であったのだと、今さらながら知ってしまう。
「わたくし、そこまで優しい人間ではありませんの。……やはり、あなたはルリハの側に置いておくべきではなかった」
「ロゼッ!」
最後に言い捨てるように付け加えられた一言は、私が見過ごせるものではなかった。
ロゼは私に名前を呼ばれてハッとしたようにこちらを見ると、バツが悪そうな顔で視線をそらす。
「ごめんなさい、ルリハ。体調を崩しているあなたの前で言うことではありませんでしたわ」
私は、言葉が出てこず複雑な気持ちを込めてロゼを見つめる。
ロゼは自分の激情を鎮めるように息を吐くと、扇を開いて口元を隠した。
「この場はお暇しますわ。ルリハの顔を見られて安心しましたし、わたくしも、冷静になる時間が必要のようですわ。……本当にごめんなさい、ルリハ」
「私は、別に……」
ロゼは使用人に開けられた扉まで行くと、最後にちらりとヴィスキオ様に視線を向けた。
「わたくしはあなたのことをずっと、見ていますわ。ルリハのためにならないと思ったら、今度こそわたくしは容赦しませんわ。……ごきげんよう」
私はぱたりと閉じられた扉をじっと見つめる。
不器用な優しさを持つロゼのことだ。私のことを思ってくれるからこその、怒りなのだろう。
けれど、今回の体調不良は私の体調管理不足だし、これが原因でヴィスキオ様が責められるのは申し訳がない。
「ヴィスキオ様、すみません。私が自分の管理不足だったばかりに」
「……別に、私は気にしませんので。それより、もう少し横になられては? まだ熱があるでしょう」
「そう、ですね。そうします」
私はごそごそとベッドに横たわりながら、ふわっとヴィスキオ様に笑いかける。
「治ったらすぐに、調査を開始しますから。絶対、見つけてみせますね」
そう、告げた瞬間、ヴィスキオ様の顔からするりと表情が抜け落ちた。
まるで能面でもかぶってしまったような、そんな顔だ。
表情が抜けたヴィスキオ様の口が、「どうして」と動く。
「どうして、諦めないんです。こんなになったのに」
「諦めたくないだけです。結構わがままなんですよ、私」
私は私に苦笑する。
これは私のわがままだ。ヴィスキオ様に頼まれたからとか、そういうことではない。
確かに始まりはヴィスキオ様がもらした頼みだったが、あれが冗談に近いものであったことは私だって分かっている。
だから、私がただ、やりたいだけ。ヴィスキオ様に非は一切ない。
「もう、いいです。もう、やめてください。見つかりっこありません」
それなのに、ヴィスキオ様はそう私に言ってくる。
私はヴィスキオ様にお前にはできないと言われたような気がして、ムッと口をへの字に曲げた。
「嫌です。やめたくありません。絶対絶対、見つけるまで続けます」
だって、これは私のわがままだから。
それなのに、ヴィスキオ様はくしゃりと顔を歪める。
「もう、諦めろと言っているんです……っ!」
その感情がこもった言葉に、私は面食らってしまった。
「こんな風に倒れてでも、見つけて欲しいなんて言っていません。俺は、そんなこと頼んでない……っ」
「わ、私は頼まれたからやっているわけじゃ……。むしろ、これは私のわがままでっ」
「そんなことありません。どうせ無理です。見つかるわけがない。……見つかったとして、俺はどうしたらいいんだ……っ」
「――……」
それが、ヴィスキオ様の本音なのだろうか。
見つかって欲しいけど、見つかって欲しくない。
会いたいけど、会いたくない。
話したいけど、話したくない。
そんな矛盾した思いを、抱えていたのだろうか。
そうだよね。そうに決まっている。自分を捨てた母親なんて、どう接したらいいか分からないに決まっている。
私は今、ヴィスキオ様の心の柔らかいところに触れている。
「ヴィスキオ様……」
私が手を伸ばすと、ヴィスキオ様は体をビクリと震わせた。まるで、幼い子どものように。
「……私も一度お暇します。どうぞ、ゆっくりお休みください」
そう言うと、私の手から逃げるように部屋をあとにしてしまう。
私は熱でボウッとする頭でありながら、扉をしばらく見つめ続けた。
数日間、じっくり体を休めた私は熱も下がり、すっかり元気になっていた。
うーんと体をのばすと、久々に外に出たくなる。
早速今日からでも、調査を再開するつもりだ。
ヴィスキオ様は護衛騎士として、ずっと私についてくれているが、視線を向ければふいとそらされる。
ロゼはすでに私の部屋に来てくれて、仲直りをすませていた。
「ヴィスキオ様、今日からまた王都に行きたいのですが、ついてきてくださいますか?」
「私は、あなたの護衛騎士ですので」
その一言だけで、今は充分だ。
私は休んでいた分も取り戻そうと、ふんと気合いを入れた。
「聖女様、失礼いたします」
さあ、王都に出かけよう。としたところで侍女さんが部屋に入ってくる。
すでに出かける用意は終わっているのに、どうしたのだろう、と首をかしげると侍女さんは一通の手紙を差し出した。
「教会からの、お手紙です」
「……っ」
ずっと待っていた、教会からの返事だった。




