19.諦めたくない
その後も、私が捜索を休むことはなかった。
ロゼの助言通り教会に匿名で問い合わせはしつつ、聞き込みも絶やさず行った。
ヴィスキオ様とお母様の住まいだった場所を中心に、徐々に範囲を広げながら様々な人にお母様のことを知らないか聞いていく。
今日は住まいがある村を少し出たところで聞き込みを行っていた。
「あ、あの、以前このあたりに住んでいた女性についてお聞きしたいのですが」
「はあ、知りませんねえ」
手応えなどあったものではない。空振りすぎて、少々頭が痛くなってきたくらいだ。
空もどんよりと暗く、雲に覆われていた。
あと少しすれば雨も降ってきそうだが、私は足を止めなかった。
「すみません、少々お話しをお聞きしてもよろしいでしょうか」
そんな私の後ろで、ヴィスキオ様は私のことを見つめ続ける。
宣言したとおり、一切手は出してこない。
ただただ、無表情に、たまに瞳の奥に痛みを宿して、私を見つめていた。
「あ、雨……」
予想通り、雨がぽつぽつと降ってきた。
慌てて雨宿りの場所を探すが、雨は徐々に強く土砂降りになっていった。
ようやく雨宿りできそうな石畳の回廊を見つけ、その下に駆け込む。
服も髪も、すっかりびちょびちょだ。
「降られちゃいました、ね。ヴィスキオ様も、濡れてしまって……これ、ハンカチ使ってください」
「いえ、私はお構いなく」
ヴィスキオ様は乱雑な手つきで、体についた雫を払っていた。
私は持っていたハンカチで、少しずつふいていく。
雨が冷たくて、服がじっとりと肌にくっつき気持ち悪い。
心なしか頭がほわほわとして、体が一気に冷え込んだ気がした。
私とヴィスキオ様は無言で並び、回廊の中で空を見上げる。
「雨、やみそうにない、ですね」
「……」
「天気予報がないのって、不便なんです、ね。私、知りません、でした」
「……」
「ちょっと、寒い、ですね。どこか、暖まれるところ、は」
私はぶるりと体を震わせ、自分で自分を抱きしめる。
腕をさするが、なかなか寒気が去って行ってくれない。
ヴィスキオ様はそんな私を見かねてか、小さくため息をついて自身のマントを外し私に差し出してくれた。
「よければ、お使いください」
「え、でも……」
「私は鍛えていますので、問題ありません」
私が眉根を寄せて逡巡していると、しびれを切らしたヴィスキオ様が、マントを私に羽織らせようと近づいてくる。
「失礼しますよ」
ヴィスキオ様は、マントを私の肩にかけようと手を回しながら、怪訝そうな顔をする。
「聖女様、少し顔が赤いような」
「え?」
手が、私の肩に触れた瞬間、ヴィスキオ様は目を見開いた。
そして、なぜか手荒に私の両肩をつかむ。
「い……っ」
つかむ手の力があまりに強くて、顔をしかめるが、見上げた彼の顔は眉間にしわがよりひどく険しかった。
「ヴィスキオ、様……?」
「失礼します」
ヴィスキオ様は問答無用で目を白黒させる私の額に手をあてると、さらに顔をしかめる。
「熱い……」
私は一瞬、ヴィスキオ様が何を言っているか分からずきょとんとする。
熱いって、一体なにが熱いのか。
「えっと、どうされま、し、たか?」
「どうした、じゃないです。聖女様、熱がありますよ」
「え? そ、んなわけ」
「あります。高熱です」
私は首をかしげて自分で自分の額に手をあてるがよく分からない。
体もダルいとか、体調不良の時特有の不調もないし……。
私はへにょりと笑って、ヴィスキオ様を見上げる。
「だいじょ、ぶ、です。雨、やんだら、もう一度聞き込み、続けま、しょ」
私がそう言ってもヴィスキオ様の顔が晴れず、私は彼の心配を取り除きたくて力こぶを作って見せた。
「私、元気、です。ほらこの、通り……へ?」
瞬間、くらりと頭がまわり足下がおぼつかなくなる。
平衡感覚が一気になくなり、足がもつれて体が斜めになった。
「……っ!」
倒れる――と思ったときには、ヴィスキオ様の腕の中に収まっていた。
「あっぶな……」
「あ、ありがと、ございます」
私は、ヴィスキオ様に抱き留められたのだと自覚し、慌てて体を立て直そうとする。
だが、どうも足に力が入らずうまくいかなくて、さらに頭が混乱してきた。
そんな私を見ていられなくなったのか、ヴィスキオ様はキッパリとした声音で私に声をかけた。
「聖女様、調査はしばらく休みましょう」
「……っ」
私は彼の言葉に衝撃を受け、抗議するために力を振り絞って顔を上げる。
だが、そこでなにも言えなくなってしまったのは、私以上にヴィスキオ様の方が辛そうな顔をしていたからだ。
「ここで倒れては、元も子もありません」
「分かり、ました」
こんな顔で言われてしまったら、従うしかない。
私が大人しくこくりとうなずくと、ヴィスキオ様のため息が降ってきた。
そうして、おもむろに体がふわりと浮く。
「……へ?」
最初は、自分のおかれた状況が全く分からなかった。
だが、近くなったヴィスキオ様の顔と、背中と膝の裏に感じるしっかりした腕の感触を確かめて、徐々にこの状況がなんというか飲み込めてきた。
こ、これって、お姫様だっこ……!?
私は、熱とは別の意味で顔がほてるのを感じる。
「さあ、帰りますよ。馬車を待たせていますから、そこまで走ります。いいですね」
私は返事をするのも難しく、首振り人形のようにこくこくとうなずいた。
ヴィスキオ様は私の顔の赤みを病状の悪化と捉えたようで、眉間のしわを深くする。
「……急ぎます。つかまっててください」
そう言うなり、ヴィスキオ様はマントを私の頭からかぶせると、回廊から飛び出す。
私は迷惑をかけてしまった申し訳なさに震えながら、お姫様だっこされている羞恥で内心もだえた。
私の熱は、やはり過労がたたったものだという診断が下された。




