18.迷子のように
『当時、公爵は子どもがおらず、次期当主となる養子を探していたそうです』
そう話し始めた彼は、淡々とただの事実を語る声音で自分の過去を語った。
私は、そんな彼が、自身の感情を押し殺しているように見えてひどく哀しく思えてしまった。
だって、重なってしまったから。
かつての母を失ったときの私と、重なってしまったから。
『なんで、どうして……お母さん』
あの時の私は、母を思い出す全てのものを遠ざけた。
ずっとずっと大好きで続けていたピアノも、あまりに母との思い出が多すぎて、もう見るだけで辛くなってしまった。
ピアノ教室で知り合い、親しくなった燈花のことも、拒絶した。
本当に最低だったと今では思う。
それでも、母との思い出がつまったものを隠して、自分の中にこもってしまわないと、どうにかなってしまいそうで。
かつての私は、あまりの悲しさに母との幸せな時間すら、捨てようとしていた。
ヴィスキオ様と私は形は違うけれど、悲しみに耐えるためにあったはずの幸せな時間すらなかったことにする、そんなところが似ている気がした。
――ヴィスキオ様、私はあなたに伝えたい。
あの時のあなたが泣いている幼い迷子に見えたのは、きっと気のせいではないから。
大丈夫だと、あなたはひとりではないのだと、そう伝えたい。
悲しいことは悲しいと言って良いんだと、辛くて耐えられないのならば逃げても良いんだと、言ってあげたい。
きっと、それが出来るのは私だけだと思うから。
――ヴィスキオ様、本当のあなたがどんなあなたであれ、私は受け止めましょう。
今まで見てきた彼は、自分で自分を抑圧したあなたなのだから。
本当のあなたがどんな人間でも、私は構わない。
知りたい。教えて。どうか、教えて。
『もし、私を可哀想に想うなら……母のことを見つけてくださいよ』
『分かりました』
信じられないと言わんばかりのあなたの顔は、見たこともない顔で、嬉しく思った。
母のことを見つけて、なんて私をからかうくらいの気持ちだったんでしょう。
分かっています。それでも、私は本気にします。
だって、本当のあなたを知りたいから。きっと、私が無茶をして崖から飛び降りるくらいの気持ちでなければ、あなたの心には触れさせてはもらえないでしょう。
母を亡くした時の私が、母を思い出す全てを拒絶したように。
『私が、見つけます』
私はいらない聖女だけれど、あなたのことを知りたいと願ってしまったから。
それから1週間、私はヴィスキオ様のお母様の行方を捜し続けた。
ヴィスキオ様とお母様が暮らしていたという家には、すでに別の家族が居を構えていた。
その家周辺に住む人たちに聞き込みを続け、なんとかヴィスキオ様のお母様を知っているという人には出会えたけれど、その行方までは知らないようだった。
ただ、お母様が家を去る直前に話をしたという人から、国外には出ていないようだという証言が得られ、心の底から安堵した。
国外に行ってしまったのだとしても捜索を諦めるつもりはなかったが、今以上に難しくなってしまうだろう。
そうではなかったことに、ほっとした。
ただ、そこで手詰まりになってしまったのは事実だ。
私が真っ先に相談を持ちかけたのは、ロゼだ。
「え、行方不明の人の探し方、ですって?」
「うん、うん」
「どうして急にそのようなことを?」
「そ、それは、なんとなくといいますか」
「……まあ、いいけれど」
いきなり人の捜索方法を聞いてきた私をうろんげな目で見つめつつ、ロゼはフィッツェ王国の仕組みについて教えてくれた。
「まずは、国に届け出をすることが最初ですわね。捜索届を出しておけば、宿屋や国境に情報を回し、その人だと思われる人がいるなら、通報してくれるわ。あとは、教会に問い合わせるのもいい手かもしれませんわ。教会には身寄りのない人が集まりますし、いざというときに教会へ助けを求める人は多いと思いますわ」
「なるほど。ありがとう、ロゼ」
捜索届の方は、あまり期待はできないだろう。
お母様は、ヴィスキオ様と2人暮らしだったようだし、近所の人たちもお母様が自分の意志でその場を去っていることを知っている。
当時、届け出を出してくれた人はいないだろう。
期待が持てるのは、教会に問い合わせる方か。
教会なら、身元がよく分からない人でも受け入れてくれるかもだし……うん、考えるほど、教会に問い合わせるのは有効な気がしてきた。
「ルリハ、危険なことをしようとしているわけじゃ、ないですわよね?」
ロゼが、心配そうに眉根を寄せ、そう聞いてくる。
私はにっこりと笑みを浮かべて首肯した。
「危ないことじゃないよ。ただ、私がやりたいと思ったことをしているだけ」
「それならいいですけれど……もし、教会に連絡をとるつもりなら、聖女であることは隠した方がいいですわ」
「え?」
「教会は、本来聖女を管理するのは自分たちだと主張しているのです。聖女伝説を広めているのも教会ですし……基本的に聖女は国が保護する今の仕組みに、教会は納得していないのですわ」
「なるほど。……あれ、そういえば、私の存在ってもう公にされてるんだっけ」
「いいえ。フィッツェ王国の要人と、教会の教皇、ルリハの身の回りを世話する人たち、だけですわ。ああ、あとは、王国騎士団でルリハの護衛に入る可能性がある人たちには伝えられていますわ」
それは、迂闊に自分は聖女なので、情報を見せて欲しいとは言えないわけだ。
私が頭を悩ませると、ロゼはそういえば、と言葉を続ける。
「そういえば、そろそろルリハのお披露目をしようという話もありますわね」
「え、そうなのっ?」
「ええ。各国の要人や教会の人、この国の貴族を呼んで聖女の存在を宣言するとお父様が、いえ、国王陛下がおっしゃっていましたわ」
それは初耳だ。
私はなんということだ、と顔を青ざめさせる。
「ど、どうしよう。ロゼ」
「大丈夫ですわ。お披露目といっても、ルリハが特別なにかをすることはないでしょうし。わたくしもおりますもの!」
どーんと自分の胸を叩くロゼは勇ましい。
私は確かにロゼがいればなんとかなるかも……と気持ちを落ち着けた。
「それより、本当に大丈夫なんですのね?」
「うん。大丈夫」
私は、心配そうな表情を崩さないロゼに苦笑する。
相手がロゼであっても、本人の許可もなくヴィスキオ様のことを語るわけにはいかない。
今も笑みを貼り付け私の後ろに控える彼が、なにを思っているかなど知るよしもないが。




