17.捜索の開始
ヴィスキオは一通り語り終え、ふうと息をついた。
最後に、苦笑を浮かべつつ付け足しをする。
「実際、両親はとても良い人ですし。私も不自由なく暮らしています。あの時の母の選択は、母なりの正解だったのだと、大人になった今なら分かっています」
そこまで言って、ふと、聖女が先ほどから一言も発していないことに気がついた。
お人好しなあの女であれば、一言くらい慰めの言葉があってもいいと思うのだが。
ヴィスキオは少々不思議に思って、聖女の方に視線を向け、ギョッとする。
聖女は、ポロポロと静かに涙を流していたのだ。
「せ、聖女様?」
ヴィスキオは、めんどくさいことになったと額にしわをつくる。
これは、慰めるべきだろうと、ため息を押し殺して笑みを貼り付けた。
「すみません、こんな話、気分が悪いですよね。なにか、お茶でも」
「いいえ! そんなことはありません!!」
思わぬ大声に、再びギョッとする。
ヴィスキオがハンカチでも渡すべきかと逡巡していると、聖女はゴシゴシと腕で乱暴に涙をぬぐって、見たこともないような険しい表情で地面を睨み付けていた。
「私の方こそ、簡単に聞いてしまってすみません。城下町にも、本当は来たくなかったですか? すみません、私がもっと聞いておけば」
意味が、分からなかった。
きっと、哀れみの視線を向けられるのだろうと、思っていた。
もしくは、どうしたらいいか分からないという、戸惑いの視線。
だが、実際の聖女はそのどちらでもなく――見間違いでなければ――瞳に怒気を宿していた。
聖女の言動、全てが分からなかった。
同情されてる、とも思ったがその涙はどう見ても同情ではない。同情で、こんな風に怒りを顕わにするわけがない。
ヴィスキオは混乱した。
混乱して、思わず口をついて出たのは無謀な要求。
「もし、私を可哀想に想うなら……母のことを見つけてくださいよ」
言ってから、自分で自分に嘲笑を浮かべる。
そんなこと、出来るわけがない。なにせ、ヴィスキオでさえ母の今の行方を知らないのだ。
公爵は知っているだろうが、聞くつもりは毛頭ない。
それを、この世界に来たばかりの聖女が、そんな無謀なことを、するなんて思えなかった。
けれど、次に聞こえたのは
「分かりました」
肯定の、言葉だった。
は? と思う間もない。
「私が、見つけます」
きっぱりとした、彼女の、その宣言に。
ヴィスキオは、間抜けにもポカンと口を開けてしまった。
〇〇〇
私は、ヴィスキオ様と王都に出かけた次の日から行動を開始した。
ヴィスキオ様の、お母様を見つけるために。
「聖女様、聖女様! お待ちください!」
「なんでしょうか」
「なに……じゃありません!! 本気で言っているんですか?」
「はい。本気です」
「……っ」
なぜか、母親を私に探してほしいと頼んだヴィスキオ様の方が驚愕している顔をする。
私はその顔を見て、くすりと笑みをこぼしてしまった。
「わ、笑い事では……っ」
「とにかく、私は本気です。時間が惜しいので、もうよろしいでしょうか」
「……!」
ヴィスキオ様は、信じられない物を見るような目で私を見ていた。
正気でないとでも思われているのだろうか。
だとしても、私は行動を止めるつもりは毛頭ない。
「失礼いたします」
ヴィスキオ様の返事を待たず、私は自室をあとにする。
目的地は、王都の最北端にある住宅街。
外出許可は、昨日帰ってきてからすぐに取っていた。
ヴィスキオ様のお母様を見つけるため、なにから始めようと考えた時、まずは聞き込みだと思いついた。
ヴィスキオ様から聞き取ったお母様と住んでいた地域や外見の特徴・年齢などを元に、かつて2人で住んでいたという場所近くで聞き込みを行うつもりである。
私の足取りは迷いがなく、力強かった。
「お待ちください。聖女様」
「待ちません。私を止めても無駄です」
「……もう、止めませんよ。私はあなたの護衛騎士です。あなたの元を離れてしまうと職務放棄と言われかねません」
「ふふっ。そうですか」
後ろから追いかけてきたヴィスキオ様はそう言い、じっと無表情に私を見下ろす。
昨日の私の宣言を受けてから、ヴィスキオ様の私に対する態度に変化が見られた。
もちろん基本的なところは変わらないのだが、こういうふとした瞬間に、突き放すような言葉を口にしたり、笑みを消したりすることがあるのだ。
もしかしたらこちらが素なのかもしれないと思えば、悪い気はしない。
素を見せてくれたというよりは、取り繕いきれていないと言う方が正しいのかもしれないが。
どちらにせよ、常に笑みを絶やさないヴィスキオ様の表情を崩すことができたとあらば、これほどおもしろいこともない。
私は上機嫌に、ふわふわと笑う。
ヴィスキオ様はそんな私に気味悪そうな視線を向けた。
「聖女様、先に申し上げますが、私は護衛をするだけで一切手を貸すつもりはございません。せいぜい質問に答えるくらいです」
「はい。それで構いません。どうか、ヴィスキオ様は見ていてください」
こうして、私がこの世界に来て初めての大きな挑戦が幕を開けた。
――その話を口にする彼は、迷子の子どもの様に見えた。




