14.いざ、王都へ
「……私は、聖女様の護衛騎士ですので、聖女様が出かけられるのであればついていきますが」
「そ、そうじゃなくて! ですね。その、私に王都を案内していただきたくて……護衛騎士としてというより、個人的についてきてほしい、というか……」
私はごにょごにょと言い訳のようなことを呟く。
閃いたときは、いつも私がヴィスキオ様を振り回してしまっている埋め合わせになるのでは、と思ったのだが、的外れだっただろうか。
王都であれば、きっとヴィスキオ様も行ったことがあるだろう。
どうせ護衛騎士としてついてこなくてはいけないなら、できうる限り遊びに行くような気軽な気持ちでついてきてくれれば、なんて。
そうすれば私も、ひとりで行く、ではなく、ヴィスキオ様と行く、という感じになるし……。
私がちらちらと見ていると、ヴィスキオ様はほんのりと微笑む。
「聖女様がよろしいのでしたら、ぜひ」
私はほっと胸をなでおろした。
そして、段々と楽しみな気持ちがわき上がってきて、自然とはにかむような笑みが浮かぶ。
「楽しみです、ね」
衣服を見つくろってもらわなくては。いつものドレスではさすがにまずいだろう。
私はるんるんと、いつもより浮かれた心地で侍女さんに声をかけにいった。
――だから、私はヴィスキオ様の瞳から光が消えていたことに、気づかなかった。
王都へのお出かけ、当日。
「ふあぁっ」
私は町娘風の衣服に身を包み、フィッツェ王国の王都に足を踏み入れていた。
王都は石畳の道が曲がりくねり、道に面したところに店がずらりと並ぶ。
赤い屋根が特徴的な建築物が並び、どことなく歴史を感じされるたたずまいだった。
どこかの物語の中から引っ張り出してきたかのような街並みに、私の胸は大きくはずんだ。
あちこちに花も咲き誇っている。
「すごいっ、とっても綺麗です。ね、ヴィスキオ様」
私は後ろについてきているはずのヴィスキオ様を振り返り、ピタリと動きを止めた。
……ヴィスキオ様が、かっこいい。
いつもの護衛騎士としての制服もいいが、今日の街に紛れるようなラフな格好もとてもよく似合っていた。
一応、街の青年を装っているのだろうが、溢れ出る気品と輝く白金の髪から高貴な身分であることが一目瞭然だ。
対して私の、なんと平凡なこと。
いや、元の世界では一般市民なのだ。平凡で当たり前。だが、こうもキラキラしているヴィスキオ様を見てしまうと、彼の隣を歩くのが自分でいいのかと思えてしまう。
「聖女様、なにかおっしゃいましたか?」
「いっ、いえ、なんでもないです」
いきなりこちらを向かれたので、じっと見ていたのがバレたかと思った。
ドキドキと騒がしくなりかけた心臓を抑えて、ヴィスキオ様を見上げ
――ふと、違和感を覚える。
ヴィスキオ様の顔が、ひどく暗く沈んで見えたのだ。
ヴィスキオ様は私の視線に気がつくと、パッと笑顔になってしまう。
「知っていますか。この街は花の都としても有名なんです」
「そ、そうなんですね」
今、誤魔化された……?
私はヴィスキオ様が心配になり、胸がもやっとする。
も、もしかして、王都に来るの嫌だった、とか。
そうだとすれば、私のわがままに付き合わせてしまったのかもしれない。
私はさあっと顔を青ざめさせるが、にこにことして街のあちこちを指差し始めたヴィスキオ様を見る。
今のヴィスキオ様の顔は、私とのお出かけを楽しんでくれているように、見える。
先ほど暗く見えたのは、連日私についているから疲れてしまったとか、ストレスがたまっていたりするのかもしれない。
だとしたらなおさら、ヴィスキオ様には楽しんでもらわなくては。それに、毎日護衛騎士として一緒にいてくれてはいるが、私は彼のことを全く知らないのだ。これを機に、距離を縮めたいとも思っている。
私はむん、と気合いを入れ直して、ヴィスキオ様の元へ駆け寄った。
〇〇〇
――ああ、帰りたい。
ヴィスキオの頭は、それだけで占められていた。
「ヴィ、ヴィスキオ様!あの、おすすめの昼食の場所はありますか?」
「ああ、それでしたら」
王都に出てからまだ数十分しか経っていないが、すでにヴィスキオは鬱屈とした気持ちで胸が重く沈んでいた。
王都の街並みは、相も変わらず騒がしい。
人が多くて、ゴミゴミしていて。
少し歩けば、人と当たってしまいそうで。
うっとうしくて、煩わしくて、仕方がない。
しかも今日は、護衛対象まで一緒なのだ。変装しているとはいえ、こんな人混みの中、気を張り続けなくてはいけないというのも疲労がたまる。
いつも貼り付けている笑顔の仮面をなんとか保ってはいるが、そろそろ剥がれてしまいそうな気がした。
隣できゃっきゃとはしゃぐ聖女は、ヴィスキオのこんな気分も知らずに楽しんでいるのだと思うと、腹立たしさすら感じる。
「ヴィスキオ様、あちらのお花がとても綺麗に咲いています」
「そうですね」
それがどうしたというのだろう。
聖女はなぜか張り切っているようで、しきりにヴィスキオの名前を呼ぶし、ヴィスキオの様子を気にする。
ヴィスキオとしては、こちらを気にして欲しくはないし、ひとりで勝手にやってくれという気分だったのだが。
聖女の浮かれたような声に取り繕った笑みで応えながら、ふと、街中を歩く壮年の女性を目で追ってしまった。
それは無自覚の行動で、ハッと我に返ると、すぐさま首を横にふる。
なにをしているんだ。自分は。
自分で自分を戒めようと、より一層笑顔の仮面を貼り付けるが、壮年の女性が視界に入ると、知らず知らずのうちに視線を向けている。
そんな自分に、イライラする。
「あの、ヴィスキオ様、なにかを探していらっしゃいますか?」
昼食のために入った街中のレストランで、聖女は小首をかしげてそう聞いてきた。
このレストランは庶民の家庭料理を出していたが、聖女はそれをいたく気に入ったようで、おいしいおいしいと言いながら頬張っている最中だった。
彼女は料理に夢中だったから、こちらを気にはしないだろうと油断した。
「なにも、探していませんよ」
「そうですか? でも、さっきからずっと、きょろきょろしているような気がして……いえっ、勘違いかもですね。すみません」
「いえ」
不覚だった。
騎士として鍛えているヴィスキオであれば、聖女の視線くらい気がつけるのに。
それほどまでに、ヴィスキオはいつもの調子ではない、とも言える。
なぜ、こんなにも壮年の女性を気にしてしまうか、という疑問に対する理由は、ヴィスキオはちゃんと自覚していた。
自覚してはいたが、認めたくはなかった。
――かつての母親を、探してしまう、なんて。




