13.外出許可
『帰りたい。どうしてこんな世界に来てしまったの? 家族に会いたい。友だちに会いたい。彼に、会いたい。私は、私は聖女になんてなりたくないよ』
最初の方に書かれていたのは、見ず知らずの異世界に来てしまった嘆き。
元の世界の人々を想う言葉の数々。
この日記帳は、1人の聖女によって書かれたものではなく、複数の聖女が自由気ままに書いていたものらしい。
1ページの中に、様々な個性のある文字が躍っている。
私はなんとなく、あるひとりの聖女の文字に見覚えがある気がして、その文字を追っていった。
ページをめくっていくと、日記の内容は段々とポジティブなものになっていく。
『今日は、魔法の使い方を教わった。魔法ってすごい! 人の傷も治してしまえるのよ。とっても素敵!! 周りの人たちもいい人ばかりで……最初は、ただただ拒絶だけをして、申し訳なかった。私も、あんな風に魔法を使えたら良いな。』
私は日記帳の内容に、深く同意してうなずいた。
魔法に感動する気持ちは、よく分かる。
さらにページをめくると、日記の文字はやがて殴り書きになっていき、なぜか悲壮感がただよいはじめる。
『瘴気の進行が早い。魔物も各地で出ているそう。私の護衛騎士をしてくれている人が、今日、私をかばって傷を負ってしまった。私がすぐに治癒したけれど、辛い。私は、この世界でも大切な人ができてしまった。私はもう、聖女になりたくないなんて思えない。私は、この世界の人たちを守りたい。この世界の人たちが傷つくところなんて、痛みに苦しんでいるところなんて見たくない、絶対に』
強い覚悟が、ひしひしと伝わってくるようだった。
私も、もし、魔物や瘴気が出ていれば、彼女のように奮闘したりしていたのだろうか。
無意識のうちに、日記帳の文字をなでる。
いらない聖女である私と違って、彼女たちはこんな風に戦っていたのだと、嫌でも突きつけられる。
次第に心が苦しくなっていくが、私がページをめくる手は止まらなかった。
――が、途中でなぜかページが開かなくなる。
指で必死にひっかいても、つまもうとしても、次のページをめくれないのだ。
日記帳の厚みを見る感じ、続きがあるのは確かなのだが……これはどういうことだろうか。
小一時間ほど奮闘し、それでもめくれず、私はとうとう諦めた。
「今日は、この辺で……」
ふと窓を見て、空が暗闇に覆われていることに気がつく。帰ってきたときはまだ夕日が見えていたというのに。
どうやら、すっかり読みふけってしまっていたようだ。
私は仕方がないので、日記帳をベット横の小さなテーブルの引き出しの中にしまい込む。
きっとまた、取り出して読むこともあるだろうと思いながら。
「外出許可、ですか?」
私はヴィスキオ様に告げられた言葉に、戸惑いを顕わにした。
「はい。どうやら、ミーロ宰相が、王宮から出られていない聖女様を気遣って手配してくださったようで」
久々に聞いた名前に、私はなんとなく懐かしい気持ちになる。
ミーロさんは、私が異世界に来た時に聖女のことを教えてくれた人だ。あの時以来、会ってはいなかったが影ながら生活のサポートをしてくれているとは知っていた。
急なことで驚きはしたものの、王宮の外を見ることができるのは素直に嬉しい。
私はわくわくとしながら、外に出られるならばとヴィスキオ様に頼み事をすることにした。
「あ、あの、それでは、ロゼを誘っても良いでしょうか。せっかく行くなら、お友だちと行きたくて……」
ロゼは以前から、王宮の外に行く時は自分が案内すると言ってくれていた。
きっと声をかければ、二つ返事で了承してくれるだろう、と思っていたのだけれど
「申し訳ございません。すでにロゼリエッタ殿下にもお声がけしたのですが、外出許可が出た日はちょうどご公務があるらしく」
「そっ……そう、なの」
返ってきたのは、思わしくない答えだった。
仕方がない。ロゼはフィッツェ王国の第2王女。いつも私に構えるわけではないのだ。
仕方がない、のだが……外出許可、どうしよう……。
私はもんもんと悩み始める。外出許可が出たのは嬉しいが、たったひとりではおもしろみはないし、どこを見て良いかも分からない。
右も左も分からない土地で、いきなり自由にしていいよ、と言われても右往左往するだけだ。
ロゼが行けないのなら、今回は断念しようか……と考えたところで、私の視界にヴィスキオ様の顔が入った。
ヴィスキオ様はいつもと変わらぬ笑みで、こちらを見下ろしている。
しばらく無言で見つめていたら、ヴィスキオ様が首をかしげた。
「聖女様?」
「そうだ!」
私はあることを閃いて、ぱあっと顔を明るくする。
改めて考えてみても名案だと思えて、私はうんうんと何度もうなずいた。
私は、不思議そうにするヴィスキオ様に近づいて、懇願するように上目遣いで口を開いた。
「ヴィスキオ様、私といっしょに、王都へ行ってくださいませんか?」




