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11.歴代聖女の軌跡

「わたくしのお友だちを悪しように思うのでしたら、護衛騎士を辞退してくださいませ」

「……どういう、ことでしょうか」

「わたくしの目はごまかせない、ということです」

「……」


 ロゼリエッタは、ヴィスキオの瞳から熱がみるみる内に消えていくのを見た。口元は笑っているのに、目が全く笑っていない。

 やはり、という思いが胸を占める。

 会った時から、この護衛騎士には違和感を抱いていた。

 常に優しげな笑みを向けているのに、ルリハへの敬意を全くといって良いほど感じられない。

 どうでもいい。そんな感情が、見え隠れしていたのだ。

 それは、彼の行動の節々からも感じ取れた。


「まず、あなたはルリハに礼儀作法のことを全く教えていませんでしたわ」

「それは……私の仕事は聖女様の護衛ですので。いらぬことを勝手にするのも、どうかと思ったのです」

「間違ってはいませんわね。けれど、ルリハとわたくしが初めて対面したとき、王族と関わる際のマナーを耳打ちしてフォローするくらいのこと、できたのではなくて? あなたは公爵令息のはず。王族に自分から声をかけることも、先に名前を名乗らせることも、失礼にあたると知らないとは言わせませんわ」

「……」

「それに、庭園でわたくしにルリハが声をかけてくれた時も。あなた、ルリハが花壇の影に入って視認できなくなっても、止めることも、ルリハが見える位置に移動することもしていませんでしたわ。護衛騎士として、護衛対象が目の届かない位置にいることを許すなど言語道断」


 パシリ、と扇を音を立てて閉じる。

 ロゼリエッタは、怒気をこめた鋭い視線をヴィスキオに向けた。


「わたくしはあなたを、信頼しませんわ」


 ルリハはロゼリエッタを受け入れてくれた大切な友だちで、この世界において尊い聖女という存在なのだ。


「覚えておきなさい。わたくしは今後も、あなたを見ています。ルリハを傷つけるようなことをしたときは――覚悟するように」


 ヴィスキオはなにも言わず、ただ頭を下げた。

 ロゼリエッタはふんと鼻をならし、この場は引くことに決めた。

 本当は、今すぐにでもこの男をルリハの護衛騎士からおろし、自分が信頼する人物を新たにつけたいくらいだが、ルリハはこの男のことを信頼している。

 ここで、この男の正体をルリハに伝えては、ただただ傷つけるだけになってしまうだろう。

 ロゼリエッタは、自分にできることの少なさに歯がゆさを感じた。


〇〇〇


「ルリハ! こっちよ!」


 とうとう、聖女資料館に行こうと約束していた日が来てしまった。

 ロゼは私をぐいぐいと引っ張り、先導してくれる。

 私は曖昧に微笑みながら、心臓の鼓動が早まっていくのを感じた。

 なぜこんなにも緊張しているのか、と言われても正直自分でもよく分かっていない。

 元の世界への未練はないと断言できるし、元の世界に由来する物を見たって帰りたくなるとは思えない、のだが……いや、少し違うかもしれない。

 私はきっと、帰りたいと思ってしまうことを、恐れている。

 そんなはずはないって、思っているけれど、でもやっぱり、それを前にした自分がどう感じるかなんて、分からないから。

 元の世界に私の居場所なんて、ありはしないのに。 


「聖女様、第2王女殿下がお呼びです」


 ヴィスキオ様に声をかけられ、パッと顔を上げた。

 気づけば、ロゼが資料館の入り口で手招きしていてくれる。


「今行く! ……ありがとうございます、ヴィスキオ様」


 私はざわめく心を抑えながら、早歩きでロゼの元へ向かった。



 資料館は、王宮内にあるが、王城との行き来は一度外に出なくてはいけない。

 外観は王城と変わらない雰囲気だが、中に入るとひんやりした空気が頬を撫でる。

 明るく華やかな王宮と違い、どこか薄暗くシックな空気が流れていた。


「ようこそいらっしゃいました。第2王女殿下、聖女様。ご自由に中をご覧ください」


 この資料館の管理人だという初老の男性が、軽く頭を下げて私たちを見送ってくれる。

 私はそっとロゼの後ろをつきながら、きょろきょろとあたりを見回した。


「ろ、ロゼ……? 展示って、どこからあるの?」

「さっき管理人がこの廊下の先って言っていたわ」

「そっか……」


 細い廊下を3人で抜けると、一気に広い空間に出た。

 そこに、あったのは


「わあっ。すごいわねっ」

「……っ」


 部屋の全方位に飾られたショーケース。

 それらひとつひとつに、歴代聖女の遺品だという元の世界の品々が収められている。

 その光景はさながら、ちょっとした博物館のようだ。


「ルリハ、ルリハ! これはなんですのっ?」

「これは……携帯電話ですね。私たちは、ガラケーと呼んでいました。遠くにいる人と、やりとりができます」

「す、すごいのねっ! こっちは、本みたいだけれど……文字が全く読めないわ!」

「これは『はてしない物語』ですね。子ども向けの冒険譚です」

「そうなのね、そうなのねっ」


 ロゼがキラキラと興奮した顔で質問をしてくれるから、私もつられて笑顔になる。

 と、そこでロゼはハッとしたように立ち止まり、バツが悪そうに口元に手をあてた。


「わ、わたくしったら、ひとりではしゃいでしまってごめんなさい。今日は、ルリハに見せてあげたくて、来たのに」

「いいえ。ロゼが楽しんでくれて、私は助かってるから」

「え……?」


 私はそう言ってから、ぐるりと部屋の中を見回す。

 聖女の遺品だというから、一体全体どんなすごい物が遺されているんだろうと思っていたけれど、案外普通のものだ。

 おもちゃのミニカーだったり、絵の具やシャーペンだったり、壁に洋服がかけられていたり。

 洋服を見た時なんて、最近ではドレスが当たり前になっていたから、こんなにスカート短かったっけ? と驚いてしまった。

 元の世界では当たり前と思っていた物が、こちらでは博物館に飾られている。

 それが、なんだかおかしい。


「ふふっ」


 思わず口から笑みがこぼれて、内心でほっと息をついた。

 私は元の世界の物を前に、帰りたい、という郷愁は浮かばなかった。ただなつかしいな、と。ここではあんなものがこんな風に大層に飾られてしまうのかと、そう軽く思うだけだった。

 そんな自分に、心底安堵する。


「それにしても、ここは本当にすごいね。こんなに物を集めるなんて。というか、結構聖女と一緒にこの世界に来てる物ってあるんだね。……うわ、地図とかある」

「聖女様が召喚される際に近くにある物や、聖女様にとって思い入れのある物が一緒に召喚されやすいと聞きましたわ。けどきっと、こうやってこの場所に聖女様の遺品を集めるのは大変だったと思いますわ」

「どうして?」

「聖女様の遺品ならば、我々が管理すべきだと主張する教会と一悶着あったそうですの」

「教会って……確か、聖女を召喚してるっていう最高神をまつってるんだっけ」

「そうですわ。聖女伝説を広めている機関でもありますわね」


 教会と王族もいろいろあるようで、ロゼは苦い顔をしていた。

 私にはまだまださっぱりなところではあるので、曖昧にうなずくことしかできない。


「ま、教会のことはいいのです。次の部屋に行きましょう、ルリハ! この資料館はとても広いと聞きましたわ!」

「そうだね」


 ロゼはさっさと切り替えて、また私を引っ張ってくれる。

 私は笑顔を返しつつ、ちらりと視線だけで後ろのヴィスキオ様を振り返った。

 彼は静かに、いつも通りの笑みで私たちのあとをついてきていた。

 私はふと、彼も楽しんでいてくれているだろうかと心配になる。

 護衛騎士とはいえ、いつもいつも私の行動に付き合わせてしまっているのだ。

 ロゼにとっては、従者が自分の後ろをついてくるなど当たり前のことかもしれないが、生粋の一般人である私からすると心苦しい部分があった。

 今度どこかで、埋め合わせをしなくては。


「ルリハ、どうしたんですの?」

「ううん、なんでもない」


 私はロゼの後に続いて、次の部屋へと歩みを進めた。



「次が、最後の部屋ですわ!」


 聖女資料館の部屋は、ロゼが言ったとおり、それなりの数があり、最後の部屋に行き着く頃には私もロゼも疲れが出てきていた。

 ここまでも、私の心はなつかしいなと人ごとのように感じるばかりで、元の世界に対する私の認識が〝帰りたい故郷〟ではなく、〝かつて暮らしていた場所〟程度のものなのだと確認できた。

 これだけでも、今日は来て良かったと思える。

 意気揚々と最後の部屋へ入るロゼに続いて私もその部屋へ足を踏み入れ


 ――心臓が、止まるような錯覚に陥った。



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