10.思わぬ提案
ロゼとお友だちになってから数日。
「ルリハ! 来たわよ!」
ロゼは当たり前のように私の部屋に遊びにくるようになっていた。
私は元気に扉を開け放つロゼを笑顔で出迎える。
「いらっしゃい、ロゼ」
普段はおしとやかで礼儀作法に厳しいロゼだが、自分が楽しみなことに直面したり、気を許した相手の前だとこういった大胆な一面が見える。
そういうときのロゼは、太陽のような笑顔で見ているこちらまで心があたたかくなるのだ。
「今日はどうする? 私、ロゼに教えてもらいたいことがあるのだけれど」
「任せなさい! わたくし、今日はカップケーキを持ってきたの。ルリハの質問に答えたら、いっしょに食べたいわ」
ロゼが私の部屋に来るときは、決まってお菓子を手土産に持ってきてくれた。
お菓子はどれもおいしくて、私は毎回楽しみにしているのだ。
ロゼは王族としての教育も受けているので、フィッツェ王国内のことはもちろん、国外のこともよく知っていた。
私は本を読みこの国のことを学んでいたが、独学では限界があり、分からないことはこうしてロゼに聞いているのだ。
私の質問を終え、2人でお菓子を囲む。
ロゼが持参したカップケーキは紅茶の茶葉で風味づけられており、すっと鼻からぬける香りがいい。
思わず頬を押さえると、じっとこちらを見る視線があった。
「なあに、ロゼ」
「なんでもないわ。ルリハはかわいいと思っただけよ」
「いっ、いきなりそんなこと言わないでよっ」
「本心よ」
ロゼはふふっと笑みをこぼすと、ふいになにか考え込むようにくちびるをへの字に曲げた。
私はそんなロゼが心配になり、眉根をよせる。
「ロゼ……?」
私の声にロゼはハッとし、誤魔化すような笑みを浮かべた。
「ご、ごめんなさい。少し考え事をしていたわ」
「考え事って……?」
「そう、ね」
ロゼはそこまで言うと、再び考え込むように視線を下に向けてしまった。
私の心配がいよいよ天井突破しかけた時、ロゼは意を決したように口を開く。
「ねえ、ルリハ。ルリハは、聖女資料館って、知っているかしら」
私はぱちくりと目をしばたく。
せいじょしりょうかん。と頭の中で復唱し、その言葉が記憶にないことを確かめる。
「聞いたことないかな」
「そう」
ロゼは、ちらりと私の後ろで控えるヴィスキオ様に目を向け、すぐに私の方に向き直った。
「聖女資料館は、王宮内にある歴代聖女の遺品を収めた場所よ」
「え……?」
歴代聖女の、遺品。
どくり、と心臓が大きく跳ねた。
「わたくしたちの国、フィッツェ王国は、召喚された聖女が最初に足を踏み入れる平原を領土に持つわ。だから、歴代の聖女は全員、ここフィッツェ王国で暮らす時期があるの。フィッツェ王国に永住した聖女も多いと聞くわ。聖女の始まりの土地だから、教会の総本山もフィッツェ王国内にあるのよ」
その話を聞き、私は召喚された直後のことを思い出した。
頭上で尾を引く流星群とどこまでも広がっているように見えた草原。
歴代の聖女たちは全員、あの地からはじまるのだという。
「だから、遺品を収めた資料館がある、の?」
「ええ。聖女たちがこちらに召喚されるとき、向こうの世界のものが一緒に召喚されることもあるらしくて……そうした異世界の物がたくさん収められているそうよ」
私はどくどくと心臓が鳴る音を聞く。ごくりと唾を飲み込んだ。
湧き上がるのは、動揺。
私以外の聖女たち、おそらくはいらないなどと思われなかった、必要とされ待ち望まれた聖女たちがどのような物をこの世界に遺したのか……気にならないと言えば、嘘になる。
ロゼは私を気遣うような視線で、おずおずととある提案をしてくれた。
「ねえ、ルリハ。もしよければ、一緒に聖女資料館に行ってみない?」
口の中が乾いて、すぐに答えは返せなかった。
声がうまく出せず、一度紅茶を口に含んで口内をしめらせる。
「行く。行ってみる」
答えは案外するりと口から出てくれた。
この心臓の高鳴りが何を意味するのか、私はまだ、知らない。
〇〇〇
「じゃあ、またね。ロゼ」
「ええ。また」
ロゼリエッタは、ルリハに見送られ部屋をあとにした。
扉を開け、部屋の外まで見送りに出てくれたのはヴィスキオだ。
ロゼリエッタは胸に手をあて、バレないように小さく息をつく。
実のところ、聖女資料館に行く提案をすることは、相当な覚悟が必要なことではあった。
故郷の品々を見れば、ルリハがもう帰れないことを思って悲しみを抱くかもしれない。
帰りたいとルリハに言われても、ロゼリエッタにはどうすることもできないのだ。
何も出来ないまま、友人の悲しみを見るしかできないのは、想像しただけでも辛い。
「殿下、お部屋までお送りいたします」
そう声をかけられ、ロゼリエッタはヴィスキオの顔を見上げた。
ヴィスキオは相変わらずの笑みを貼り付け、ロゼリエッタのことを見下ろしている。
ロゼリエッタは頭の中で、彼の情報を羅列した。
――ヴィスキオ・テール。テール公爵家の養子であり、次期当主。騎士団の中では中隊の副隊長を担っていた男。
ロゼリエッタはふと、これは良いタイミングかもしれないと思った。
ずっとずっと、この護衛騎士を見てからずっと、言ってやりたいと思っていたことがあったのだ。
ロゼリエッタは扇を取り出し、ばさりと広げて口元を隠した。
「送っていただくのは結構よ。それより、わたくしのお願いを聞いてくださらないかしら」
「なんなりと」
ロゼリエッタは冷たい光を瞳に宿し、目を細めてヴィスキオを見上げた。
「わたくしのお友だちを悪しように思うのでしたら、護衛騎士を辞退してくださいませ」




