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3 挑戦

 それから一時間後、宮田は球団関係者専用の出口から球場を出た。すでに人気はほとんどなくなっている。


「あのぅ」


 宮田が杖をつきながら、駐車場へ向かって歩きかけたところ、後ろから声がした。


 宮田が振り向く。


「すみません」

 スポーツバッグを肩にかけた一五歳ぐらいの少女が謝った。


「何か?」


「今日の試合、最高でした」


 少年のような短い髪の少女は緊張した様子で言った。少女はタンクトップにジーンズという服装で、肩のあたりの細くしなやかだが締まった肉の付き具合は、何かスポーツをやっているなと言う印象を宮田に与えた。右腕が左腕より少し長いのも印象的であった。


 また、背丈も一八五センチはある宮田が見ても女の子にしては高いなという感じであった。


 少女は宮田と話せたことが嬉しいのか、本当に目を輝かせている。


「悪いが、俺は人と話す気分じゃないんだ。帰ってくれ」

 宮田は素っ気なくそう言い放つと、再び駐車場へ向かって歩き出す。


「ま、待ってください」

 少女は宮田の前に回り込んだ。


「こ、これを」

 少女はバッグから硬球を取りだし、宮田に差し出した。


「これは?」


「私と勝負してください。宮田さんが引退する前にどうしても勝負したいんです」


「ふざけるなっ!」

 宮田は少女の手にしたボールを振り払った。


「あっ」

 ボールが少女の手を離れ、地面に転がっていく。


「バカにしてんのか。俺はプロだぞ。素人と勝負なんか出来るか」


「すみません」


「とっとと帰んな――ん、おまえ」

 宮田は顔を曇らせた。


 少女は目に涙をいっぱいに浮かべていた。


「ごめんなさい、ぐすっ、今まで一度も泣いたことなかったのに涙が止まらない」

 少女は懸命に涙をぬぐおうと目をこすった。「あたし――今年、プロテスト、受けるつもりだったんです。それで、もしプロになれたら、宮田さんと勝負したいと思って……」


「そいつは残念だったな。俺はもう引退だ。もっとも、女子の野球が男子のレベルに追いつくのは百年かかっても無理だぜ。プロなんかやめて、適当に大学行って、就職して、結婚しちまいな」


「あたし、勝つ自信はあります」

 少女は顔を上げた。


「この俺にか」


「はい。あたし、今日まで宮田さん目指して野球を続けてきました。宮田さんと対決するのが夢だったから」


「つまんねえ、夢だな」


「え?」


「この俺と対決するのが夢なら、すぐかなっちまうじゃないか」


「え……」


「投げてみろよ、そのボールで。ただし、一球だけだ」


「はい」

 少女は転がったボールを拾い上げた。


 本気でやるつもりか。


 宮田はバットケースからバットを取り出して構えた。


 少女は野球と同じように宮田からおよそ一八メートル離れた距離に立つ。


「勝負ですから、もし空振りさせたら、お願いを聞いてくれますか?」


「勝ったら、何でも聞いてやるさ」


「本当ですね」


 少女はバッグを置いた。


「いきますよ」


 少女は大きく振りかぶり、腰をひねって、足を空に突き刺さらんばかりに上げた。そして、そのまま足と一緒に腕を振り下ろし、宮田に向かって、ボールを投げた。


 低めのストレート。


 棒球だ。スピードも遅い。


 宮田はバットを振りにいった。


 もらった!


 宮田がそう思った瞬間、ボールが突然、ワンバウンドでもしたかのように急角度で突き上げた。


「なにっ!」


 宮田はバットが空を切った。宮田はバットを振り上げたまま、しばらく動けなかった。


 今のボール……


「おまえ、誰だ?」


「魔球、どうでした?」

 少女が照れくさそうに言った。


「おまえ、楓か?」


 宮田はじっと少女を見た。


「久しぶりです。どうしても、宮田さんに……ううん、慶ちゃんに魔球を見てもらいたかったから」


「元気そうだな」


「あ、あの……」


「何だ?」


「抱きついてもいいですか?」


「あ、ああ」


「慶ちゃん!」

 楓は宮田に抱きついた。「ずっと、会いたかった」


「楓……」


「あたし、中学卒業したら、プロ目指します。ただ、その前にどうしても慶ちゃんと慶ちゃんが教えてくれた魔球で勝負したかった。あたしの魔球、どうでした?」


 潤んだ目で楓が宮田を見上げた。


「合格だよ」

 宮田が楓の頭を撫でた。


「よかったぁ」

 楓は満面の笑みで言った。


 沢木楓か……


 その時、宮田の頭には一つの考えが浮かんでいた。



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