1 開幕戦1回の攻防
女子プロ野球が開幕し、スター・レイカーズ対ブルー・ライナーズの第一戦が午後一時より東京ダイヤモンド・スタジアムで始まった。
試合は開幕戦と言うこともあり、超満員であった。
スターレイカーズの先発は、
一番 ライト レン
二番 センター 秋月
三番 ピッチャー 沢木
四番 ショート 横山
五番 サード 朝野
六番 キャッチャー皆岸
七番 ファースト リンダ
八番 レフト 堀
九番 セカンド 廣橋
というオーダーが発表された。
一回の表。スター・レイカーズの攻撃。
ここまでレンのオープン戦の成績は三十二打数七安打〇本塁打一打点。打率.二一九という芳しくない成績であった。
彼女は守備に関しては平均的なものの、打撃に関しては鞘から刀を抜くような構えから刀のように逆手、かつ右手一本でバットを振るという独特なスイングで、とてもボールが飛ぶ打撃フォームとは言えないのだが、宮田監督は彼女の打撃フォームに関して、一切注意はしなかった。
しかし、相手チームの方はレンのような打撃フォームでは打てないとわかっているのか、他の打者に比べはるかに前進した守備を敷いていた。現に彼女の打球は一度として外野に飛んだことがなく、当然ヒットも全て内野安打であった。
「監督はどうしてレンの打撃フォームを注意しないの?あれでは、いつまでも打てやしないわ」
ベンチで宮田の隣に座っていた千鶴が話しかけた。
「そうか?七本もヒットを打ってるじゃないか?」
「どれも相手の守備のジャックルでヒットになったものよ」
「そうだ。だが、あれだけの前進守備を敷き、慌てる必要もないのにジャックルする。不思議とは思わないか」
「え?」
「今日あたりは本当の実力、見せてくれるんじゃないか」
「……」
レンが打席に入った。
マウンドにはブルー・ライナーズの先発投手、東瀬が上った。右のオーバーハンドで、昨年は十四勝五敗の成績を残したエース投手である。
守備はレンの構えを見て、極端な前進守備を執っている。
東瀬が第一球を投げた。
レンがボールを刀で切るかのようにバットを振った。
ボールがバントでもしたかのように力なく三塁線に転がった。
レンが一塁へ走る。
捕手が前進し、ボールを素手で捕ろうとした。
なにっ!
しかし、ボールは鼠花火のように回転して、砂煙を上げ、捕手はボールをなかなかつかめない。
捕手がやっとボールをつかんだ時にはレンは既に一塁に達していた。
「何やってんだ」
三塁手が捕手に声をかけた。
「ボールが妙な回転をして……」
続いて二番、秋月が打席に入ろうとした。
「瑞香ちゃん」
楓が慌ててベンチを出て、瑞香に声をかけた。
「ん?」
「例の作戦、わかってますね」
「ああ」
「それじゃあ、頑張ってね」
楓はニコッと笑って、ネクスト・バッターズ・サークルに戻った。
瑞香は右打席に入ると、最初からバントの構えをした。
一塁のレン・チェンはかなりのリードをとっている。
セット・ポジションの東瀬は一塁へ牽制球を投げた。
しかし、レンは素早く一塁に戻り、セーフとなる。
そして、東瀬が再びセット・ポジションに入ると、一塁を離れ、大きくリードをとる。
ちっ。
東瀬は再度、牽制球を投げた。レンは頭から一塁に戻って、セーフ。
東瀬の牽制球はそれから三球続いた。
イライラしながらも、ようやく東瀬が捕手の方へ一球目を投げる。
盗塁阻止のために高めに速球を投げた。倉田はバットを引いて、見送る。レンは走る構えだけで走らず、一ボールとなった。
ランナーが気になるなら、素直にバントさせてしまっていいわ。
捕手は外角低めへのストレートのサインを東瀬に送った。
東瀬はうなずき、二球目を投げた。
三塁手がもの凄い勢いで前進してくる。
よし。
瑞香はバントの構えからバットを引いた。
なにっ!
次の瞬間、瑞香は外角低めのストレートを踏み込んで、バットに当てた。
打球はいい当たりではなかったが、前進してきた三塁手の横を抜ける。
瑞香は懸命に走った。
東瀬がすぐにマウンドを降り、ボールをつかんで、一塁ベースカバーの二塁手へ投げた。だが、瑞香の足がベースにつくのが、一瞬速くセーフとなった。
「ノーアウト一塁二塁だわ」
一塁ベンチの千鶴が声を上げた。
宮田は腕を組んだまま、じっと戦況を見守っていた。
〈三番 ピッチャー 沢木〉
ウグイス嬢のアナウンスが流れた。
楓が右打席に入った。
捕手がマウンドの東瀬のところへ向かう。
「あの沢木って子、この前の試合には出てなかった。他チームとの対戦を見る限り、打撃は要注意よ」
「まだ、十五才の子供よ。気にすることはないわ」
「私もそう思いたいけど、気をつけるのよ」
捕手はそう言って、守備位置に戻った。
楓が打席で構えた。
東瀬は捕手のサインを見た。
内角高めへ一球。脅かしてやろうというわけね。
東瀬はセット・ポジションから楓への一球目を投げた。
楓の顔の近くへストレートが行く。楓はすっと顔だけ後ろへ引いて、ボールを避ける。
「ボール」
と審判のコール。
もっと驚くかと思ったけど。
東瀬は楓の落ち着きぶりが意外でならなかった。
東瀬は捕手のサインを見る。
もう一球、同じところ?いいわ。
東瀬は二球目を投じた。
またしても高めの速球。しかし、コントロールが微妙に狂いボールが真ん中付近へ行く。
しまった。けど、あんな子供に高めの速球を打てるものか。
東瀬はそう自分に言い聞かせた時、楓のバットが東瀬の速球を上から覆い被せるようにして打ち返した。
まさか。
東瀬の頭上を越える打球に東瀬は振り返った。
打球はぐんぐん伸び、レフト・スタンドへ飛び込んだ。
バック・スクリーンの電光掲示板にホームランという文字が表示される。
「スリーラン・ホームラン……」
楓の本塁打に驚いたのは、ブルー・ライナーズの選手たちだけでなく、スター・レイカーズの選手たちもであった。
楓はベースを一周し、最後に本塁ベースを踏んで、ベンチへ戻ってくる。
ネクスト・バッターズ・サークルにいた四番打者の千鶴は楓とタッチをかわした。
「恐ろしいわね」
千鶴はベンチを出た選手たちとハイ・タッチをしていく楓の後ろ姿を見ながら、ぽつりと呟いた。
一回裏、ブルー・ライナーズの攻撃。
スター・レイカーズの選手たちが守備に散った。
投手が投球練習をしている間に遊撃手の千鶴が投手の楓のそばに駆け寄って声をかけた。
「気楽にね」
「はい」
楓が元気に返事をした。
「あの子には、声、かけるまでもなかったか」
千鶴は三塁の守備位置に着いた。
ブルー・ライナーズの一番打者・藤江が入る。
楓が第一球を投げた。
外角のストレート。藤江は初球からボールを投手に向かって打ち返した。
速く鋭い打球は投手の横を抜け、センターへ向かう。
完全にセンター前ヒットという当たりであった。
しかし、まさに二塁ベースを抜けようとしたその瞬間、廣橋が待ちかまえていたかのようにスルスルと打球の前に現れ、ボールをすくい上げると、素早く一塁へ送球した。
「アウト!」
一塁塁審のジャッジ。
「そんな――」
ヒットと思っていた藤江は唖然となった。
ブルー・ライナーズのベンチでは、串田監督がチーフ・コーチと話をしていた。
「あれはナイト・アローズの廣橋だよな」
「ええ。無償トレードで移籍したようです」
「そうか」
沢木といい、秋月といい、廣橋といい、この前の試合ではいなかった選手。この試合、注意が必要だな。
続く、二番打者・金居には、球を見極められ、一ストライク三ボールからフォア・ボールを出してしまう。
打席には三番打者・石崎が入った。
朋美のサインに頷き、楓が石崎への一球目を投じた。
甘いか。
投げた瞬間に捕手の朋美は危険を察知した。
外角を要求したストレートがシュート回転で真ん中へ入っていく。
四球後の最初のストライク・ボールということで石崎は待ってましたとばかりにバットを振りにいった。
ボールをバットが真で捉える。
カーンという小気味よい音。打球がライトへ飛んだ。
秋月の方だわ。捕れるかしら。
朋美は立ち上がり、打球を目で追った。ぐんぐんと伸びていく打球をライトの瑞香が追いかける。瑞香はグラブを出した。
捕って、お願い。
朋美は祈るような気持ちであった。
しかし、無情にも打球は瑞香の伸ばしたグラブの数十センチ上を越えた。
一塁ランナー・金居が二塁を回る。
瑞香がフェンス近くまで転がったボールを拾い上げた時、金居は三塁ベースを蹴っていた。
「この野郎!」
瑞香は思いっきり本塁へ向かってボールを投げた。
「取らないで!」
瑞香からのボールをカットしようとした廣橋に楓が叫んだ。廣橋はその言葉でさっと避ける。
矢のような返球が真っ直ぐ本塁を守る朋美へ向かう。
金居も真っ直ぐ本塁へ突っ込んでくる。
点はやらない。
金居がスライディングを敢行する。ボールがストライクで朋美のミットに収まった。
何とか本塁ベースにタッチしようとする金居の背中に朋美は強くミットを叩きつけた。
「アウト!」
審判がコールした。
今のプレーに観客席から歓声が上がった。
何て肩だ。いや、打球の処理も上手くなってる。
ベンチの宮田は思わず腰を浮かした。
朋美は何事もなかったかのように立ち上がると、マウンドでしゃがみ込んでいる楓を睨みつけた。
「楓、こういう時は捕手のバック・アップでしょ」
「ごめん、ごめん」
楓が頭を掻いた。
二アウト、ランナー三塁と依然、ピンチであった。
打席にはついに四番打者、霧原が入った。
ついに来たわ。
朋美は、打席でもの凄い威圧感を発する霧原を見て、呟いた。
「ここまで沢木は一球も魔球を投げてない。霧原対策というわけだな」
串田監督は呟いた。
初球はメガ・スライダーで行くわよ。
楓は自分からブロック・サインを朋美に送った。
オーケー。
楓は振りかぶって、横手から第一球を投げた。右打者への内角の速球。
霧原は、自分にぶつかりそうな速球にもかかわらず、全く腰を引かない。ボールはベース手前で急角度で左へ曲がり、ベースの左端をかすめて通過した。
「ストライク!」
審判のコール。
「……」
霧原はバットをピクリとも動かさず、見送った。
メガ・スライダーに腰一つ引かない。信じられないわ。
朋美は少し動揺していた。
霧原は構えた。
続く二球目。霧原は、積極的にメガ・スライダーを狙って踏み込んだ。
ボールは内角いっぱいのストレート。今度は曲がらなかった。
「何だと、うぐっ」
ボールはバットを振った打者の腹に当たった。
「ストライク!」
審判のコール。
「今のデッドボールだろ」
ネクスト・バッターズ・サークルの五番打者が文句を言った。
しかし、霧原は彼女の言葉を右手を出して、制した。
「私が踏み込んでいった結果、当たったものだ。ストライクだ」
何て冷静なの。
朋美は楓に三球目のサインを送った。楓が三球目を今度は上手から投げた。
霧原は、ハイライズ・ボールと睨んでバットを振りにいった。
しかし、ボールはストンとベース付近で落ちた。霧原のバットが空を切った。
「ストライク、バッター・アウト!」
審判がコールした。
「……」
霧原はバットを持ち、無言のまま、ベンチへ帰っていく。スターレイカーズの野手たちも足早にベンチへ走っていく。
第一ラウンドは勝った。けど、霧原麗華、恐すぎるわ。
朋美は、早くも心臓の鼓動が高まっていた。




