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ガールズ・リーグ ~女子プロ野球青春物語  作者: mf
第10話 復活への道
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1 イップス

 朝野美登里がレイカーズの監督代行を務めていた日、宮田は、鹿児島県営球場の内野自由席でナイト・アローズとライト・パンサーズのオープン戦を観戦していた。


「よぉ、慶吾。待たせたな」


 宮田の隣に一人の男が座った。木塚要平。ナイト・アローズの球団スカウトで、元東京ファルコンズの外野手。宮田とはかつてのチーム・メイトであった。


「わざわざ、俺をこんなところまで呼びだしたんだ。いい話なんだろうな」

 宮田が言った。


「いい話だと思うぜ」

 木塚は袋に入れた鯛焼きを一つつかんで、食べながら、言った。


「慶吾、廣橋茜を知ってるか?」


「おまえのチームのレギュラー内野手だろ」


「ああ。入団六年目で現在二十三才。一年目に打率.三三六を記録し、新人王。以後、一昨年までは三年連続三割、十本塁打以上を記録している看板ショートだった」


「彼女がどうかしたのか?」


「新聞記事を読まんのか?」


「あいにく、今はうちのチームのことで、精一杯でね。去年までは女子プロ野球の試合なんてまるで観てなかったし」


「廣橋は今、イップスにかかって、引退の危機にさらされている」


「イップス?」


「精神的な障害でプレーに支障を来す病気とでも言うべきかな。野球で言えば、投手なら打者の頭に死球を投げたせいで、内角が投げられなくなったり、打者なら、投手から頭に死球を受けたせいで、内角の球が打てなくなってしまう。他にも、最初は問題なかった守備での送球が度重なるエラーで、自信をなくして、うまく投げられなくなってしまうこともある。いずれも野球選手にとっては致命的だが、廣橋の場合、打撃不振だ」


「死球を受けたのか?」


「ああ。一昨年、九月に頭に死球を受けて、病院に運ばれた。頭蓋骨に少しヒビが入る怪我だったが、幸い脳に影響はなく、一ヶ月後には退院し、翌年には実践復帰できるまでに回復した。二月のキャンプも順調にこなし、オープン戦に入った。だが、実践に入った廣橋は全く内角を打てなくなっていた。相手チームは内角が打てないとわかれば、徹底的に攻めてくる。結局、一軍では一割にも満たない打率しか残せず、二軍でも同じ成績しか残せなかった」


「そいつは気の毒だな」


「実績のある選手だが、うちではもう扱えない」


「ん?」


「慶吾のチームで引き取らないか?」


「何だって?」


「オーナーから引き取り手を探すように命を受けてる。おまえのチームなら、必要だろ。打てなくても、守備はまだまだ一軍級だ」


「無茶苦茶なこと言うな」


「今日はおまえに見てもらうために彼女を試合に出場させてる。事実上、ラストチャンスでもあるがな」




 ナイト・アローズの先発メンバーには八番セカンドで廣橋茜の名前があった。


 ナイト・アローズのベンチでは、茜がベンチに緊張した様子で座っていた。


「廣橋、今日がおまえにとって最後のチャンスだ。結果を残してこい」

 水元監督が茜の肩を軽く叩いて、言った。


「はい」

 茜は力強く答えた。




 三回のナイト・アローズの攻撃。


 マウンドにはライト・パンサーズのエース・ピッチャー、鈴井琴音が上がっていた。昨年は十三勝二敗で最多勝を獲得した右投げの本格派である。


 打席には六番打者の小野。


 鈴井が一球目を投げた。


「ストライク!」


 第一球は内角の直球。


 続く第二球はシュート・ボール。小野は泳がされて、かろうじてバットに当てたものの、サードゴロで簡単にアウトになった。


 よし。


 茜はベンチから立ち上がり、バットケースから自分のバットを抜くと、ネクスト・バッターズ・サークルに入った。バットを両手で握り、感触を確かめる。


 ずっと練習してきたんだ。大丈夫。


 茜は自分で自分に言い聞かせた。


 七番打者も三球目を打って、セカンドフライになり、ツー・アウトになった。


〈八番セカンド、廣橋〉


 アナウンスが流れた。


 客席から歓声が上がる。


 茜は右打席に入った。そして、投手を見て、バットを構える。


 マウンドの鈴井はロージンバックを捨て、捕手のサインを確認し、投球動作に入った。


 第一球が投じられた。


 思いっきり振る!


 茜は踏み込んで外角のストレートに対しバットを強く振った。


 ボールをバットに当たり、豪快なライナーがレフトへ飛んだ。


 鈴井が後ろを見る。


 打球はぐんぐん切れて、わずかにポールの外側を通ってスタンドに入り、ファールになった。客席からため息が漏れる。


 ふうっ、相変わらず長打力は健在ってわけね。


 鈴井はロージンバックを拾い、手が真っ白になるまでつけた。


 ロージンバックを捨て、鈴井は捕手にサインを送った。


 シュートで行くわ。ちょっと踏み込んでくるから。


 捕手は了解のサインを送った。


 いける。今の感じなら。


 一方、茜は今の打球で自分の打撃に手応えを感じた。


 鈴井は大きく振りかぶり、第二球目を投げた。


 しまった!


 鈴井は投げた瞬間、ボールがすっぽ抜けたことに気づいた。


 シュート・ボールが大きく曲がり茜、目がけて飛んでいく。


 ボールが……


 大きく踏み込んで打とうとしていた茜は向かってくるボールに対処できず、立ちすくんでしまった。ボールは茜のヘルメットの上部に当たり、茜のヘルメットをはじき飛ばした。


「デッド・ボール!」

 審判がコールした。


「すまない」

 鈴井はマウンドを数歩降りて、謝った。


 茜は顔面を引きつらせ、唇を震わせて立ちつくしていた。


「だ、大丈夫か?」

 捕手が心配そうに声をかけた。


 茜の手からバットが落ちた。


「いや……」

 茜はぽつりと呟いた。


「え?」


「いやあぁぁぁぁ!!」

 突然、茜は頭を抱え、跪き、泣き叫んだ。


 その恐怖に満ちた叫び声に球場は静まりかえった。



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