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ガールズ・リーグ ~女子プロ野球青春物語  作者: mf
第7話 デビュー戦
33/50

3 デビュー戦

 三月下旬、横浜プリズム球場で、スター・レイカーズとライト・パンサーズとのオープン戦が行われた。この日は平日のデーゲームということもあり、客足もまばらであった。


 宮田はこの試合で初めて楓と朋美の先発起用を決めた。


 試合前、楓は朋美を相手にキャッチボールをしていた。


「……」

 朋美は最初は黙って楓のボールを受けていたが、どこか気のないボールに腹が立った。


 楓のボールを受け取ると、すぐさま速い球で返球した。


「きゃっ」


 よそ見をしていた楓は、朋美の速いボールを思わずグラブで取るのではなく、叩き落としてしまう。


「な、何よぉ、びっくりするじゃない」

 楓は怒った。


「今日は先発で投げるのよ。ボーッとしてる場合じゃないわ」


「そんなこと、わかってる」


「もっと集中して。今日はあなたにとってもプロとしての第一歩でしょ。私も楓が頑張ってくれなきゃ、試合に出られないんだから」


「そんなことないよ」


「私は楓のおまけ。自分の立場くらいわかってるわ」


「朋ちゃん……」




 午後三時、試合にプレイボールがかかった。


 スター・レイカーズの先発マウンドには楓が上がった。


 捕手は朋美、一塁手はリンダ・ナグルスキー、二塁手は羽佐間、三塁手は美登里、遊撃手は千鶴、レフトはレン・チャン、センターは倉田、ライトに堀が入った。


「プレイボール」

 審判が試合開始を宣告した。


 これがプロのマウンド。もう夢じゃない。現実のマウンドなんだ。


 一回の表、ライト・パンサーズの攻撃。一番打者の小野が入った。


 ライト・パンサーズの国枝幸雄監督はベンチ前列の右はじで腕を組んで、マウンドの楓を見ていた。


 あれが沢木か。妙なボールを使うと言うが。


 朋ちゃん、行くよ。


 楓が振りかぶって第一球を投げた。ど真ん中のストレート。


 もらった。


 小野は積極的に打ちにいった。


 しかし、ベース直前でボールは急角度で上昇した。


 小野のバットは空を切った。


「ストライク!」

 審判のコール。


 何だ、今のボールは……


 国枝監督は思わず腰を上げた。


 続く楓の第二球、ボールは真ん中低めのストレート。


 ボールだな。


 小野は余裕で見送った――はずだったが、またしてもボールがベース直前で急上昇し、ストライク・ゾーンを通過した。


「ストライク!」


「なに……」

 小野は愕然とした。


 子供のくせにふざけたボールを投げやがって。


 楓は振りかぶって三球目を投げた。


 今度も真ん中低めのストレート。


 今度こそは打つ!


 小野はハイライズ・ボールを想定し、バットを振りにいった。


 ところが今度はボールが低めからストンと落ちる。


 小野のバットはまたしても空を切った。


「ストライク!バッター・アウト」


 審判のコールの後も小野はしばしその場に立ちつくしていた。


 魔球と見せかけて、フォークか。だが、最初から変化球に頼って、最後まで持つかな。


 国枝監督に笑みがこぼれた。


 続く二番打者も初めて見るハイライズ・ボールにタイミングが合わず、打ちとられた。


 ベンチに戻ろうとする二番打者にネクスト・バッターズ・サークルの三番打者の麻上が尋ねた。


「今のボール、どうなってるの?」


「わからない。どこをどう投げたら、あんな上がり方をするのか」

 麻上が打席に入った。


 所詮、十五才の投げる球、力で打ち崩してやる。


 麻上はこれまでの打者と違い身長は百八十センチと高く、体格も大柄で腕は丸太のように太かった。


「プレイ!」

 審判がコールした。


 麻上が打席で構えた。


 楓が朋美のサインに頷き、麻上への一球目を投げた。


 低めのストレート。


 せいぜい一三〇台のストレート。ぎりぎりまで引きつける。


 ボールがベース直前で急上昇した。


「よし、もらった」

 麻上がバットを振り下ろした。


 上昇するボールに麻上は上からバットをぶつけていく。


 バットとボールが衝突した。


「なにぃ!」

 ボールの鋭い回転が一瞬、バットを押し返した。


「負けるかぁ!」

 麻上はバットを力で振り抜いた。


 打球はバウンドせず、土にめり込んだ。


 麻上が一塁へ走る。朋美はすぐに前に出て、ボールを取ろうとするが、ボールが回転して手に付かない。


「くっ」

 朋美はボールを踏んづけ、強引に回転を止めると、素早く拾って一塁へ投げた。


 足の遅い麻上より早くボールは一塁手のグラブに収まった。


「アウト!」

 一塁審判がコールした。


「よかったよ」


 ベンチに戻る際、楓が朋美の背中を軽く叩いて、労いの言葉をかけた。


「後何回持つかしら」


「朋ちゃん……」


 朋美の一言に楓の表情が一瞬曇った。




 一回裏、スター・レイカーズの攻撃。


 マウンドにはライト・パンサーズの右腕投手、豊中が上った。


 一番のレン・チャン、二番の倉田を打ちとり、簡単にツー・アウトを取った後、三番の千鶴がセンター前にヒットを放ち、一塁に出た。


〈四番ピッチャー、沢木〉


 楓が打席に向かおうとした。


 投手にして四番までやらせるとは、宮田の奴、何を考えているのか。


 国枝監督も少し驚いていた。


「楓」

 五番の朝野美登里が呼び止めた。


「はい?」


「必ずわたくしにチャンスを回すのよ。アウトになったら、減給。わかってますわね」


「はい」

 楓で右打席に入った。


 投手でも甘い攻めはしないわ。


 豊中は一球目を投げた。


 内角の速球。


 楓はボールが来る直前に少し体を起こして見送った。


「ボール!」

 審判のコール。


 直前までボールをよく見てる。ただの子供じゃないわね。


 捕手は外角ぎりぎりのスライダーのサインを送った。


 しかし、豊中は首を横に振る。


 こんな子供になんか打たれはしない。速球勝負。


 豊中は捕手にサインを送った。


 捕手は仕方なく了解のサインを送る。


 豊中は二球目を泣けた。


 真ん中高めのストレート。ホップして、ボールが少し浮き上がる。勢いのあるボールだ。


 いいぞ。


 捕手も自信を持った。


 しかし、次の瞬間、楓のすっと出したバットがボールに当たった。


 最初は勢いのない打球に見えたボールがライト方向へぐんぐんと飛び、フェンスに激突する。


「そんな……」

 豊中は後ろを向いた。


 フェンスに跳ね返ったボールを外野手が内野に返球した時には、楓は二塁に到達していた。


 速い球に対し、ボールの威力をバットに吸収させて、素直に受け流した。打つのではなく、方向を変えてやってるだけ。あれが一五才のやるバッティングか。


 ベンチの国枝監督はきゅっと唇をかみしめた。


「よくやりましたわ、楓。次はわたくしが打ちますわ」


 美登里が意気揚々と打席に入る。


「ストライク、バッターアウト!」


 しかし、美登里は三球三振で一回裏が終わった。


「チャンス作ったのにね」

 守備につく際、千鶴が美登里に皮肉っぽく言った。


「ええい、うるさいですわ」

 美登里はカッカして言った。




 試合は両投手の好投で0対0のまま、五回表を迎えた。


「監督、うちのチームが四回まで相手をゼロに押さえた事なんて今まであった?」

 守備につく前、千鶴が宮田監督に小声で言った。


「まあな。牧野、白木、投げる準備しとけ」


「はい」

 牧野、白木がベンチを立って、ブルペンへ行く。


「監督……」


「ここからが勝負だ」

 宮田はぽつりと呟いた。


 マウンドには楓が上った。打者としても二回出塁していることもあり、楓は幾分肩で息をしていた。


 ここまでライト・パンサーズの全打者をノーヒットに押さえてきた楓は、この回、四番岩井を迎えた。


「ボールをよく見ていけ」

 国枝監督が指示した。


 岩井が右打席に入った。


 楓の一球目、ボールが大きく高めに上昇し、朋美がジャンプして取った。


 とうとうボールの押さえが効かなくなったみたいね。


「タイム」

 朋美は審判にタイムをかけ、マウンドの楓に駆け寄った。


「もう無理ね」

 朋美はミットで口を覆いながら、言った。


「まだ、大丈夫よ」


「プロは甘くないわ。もうボールを見切られてる」


「バージョン2を使うわ」


「バージョン2?何それ?」


「ただの応用」

 楓が朋美に耳打ちした。


「そんなこと、出来るの?」


「まあ、見てて。もし次で駄目なら使うから」


「わかったわ」

 朋美はマウンドを降り、ポジションに戻る。


 いつまでもあんな魔球にやられるとは思うな。


 岩井にはハイライズ・ボールを打つ自信があった。


 ハイライズ・ボールは上昇軌道が同じ。ぎりぎりまで引きつけ、魔球一本に絞れば必ず打てる。


 岩井は構えた。


 楓が振りかぶって、一球目を投げた。


 外角のストレート。ベース間際でボールが急上昇する。


「もらった!」


 岩井のバットがボールを打った。


 引っ張った打球がレフトへぐんぐんと伸びる。


「やられた!」

 朋美が思わず立ち上がった。


 しかし、打球はボールの外側を横切り、ファールとなる。


「へぇ、さすがプロだなぁ」

 楓はロージン・バックを右手でいじりながら、呟いた。


「次、行くよ」

 楓はウインクした。


 もう魔球は見切った。次は打つわよ。


 岩井がバットを構えた。


 楓が振りかぶった。


 さあ、来い。何……


 岩井が戸惑った。


 上手投げの楓が横から投げたのである。


 楓の手から放たれたボールは岩井に向かっていく。


「うあっ」

 岩井は思わずのけぞって避ける。


 ところがボールはベース寸前で急角度で曲がり、外角へ大きく逃げながら、ベースを横切る。


「ストライク!」

 審判がコールした。


「バカな!」

 ボールを避けたつもりで尻餅をついていた岩井はすぐに立ち上がり、激怒した。「あれのどこがストライクだ!」


「ベースを通過している。高さも問題ない」


「くっ……」

 岩井は楓を睨みつけた。


「何て子なの……」

 遊撃手の千鶴は感心した。


「ハイライズ・ボール、バージョン2。名付けてメガ・スライダーよ」

 楓は朋美からボールを受け取ると、ニコッと笑って言った。


「メガ・スライダーだと」


 岩井は歯をぐっと食いしばり、バットを強き握りしめ、打席に入った。


 カウントはツーストライク、ワンボール。


「勝負」

 楓はふりかぶり、再び横手から投げた。


 ボールはまたも岩井の方を向かっていく。


 これはまやかしだ!


 岩井は今度は逃げずに踏み込もうとする。


 しかし、ボールはまっすぐ岩井の方へ向かってくる。


 よけなくていいのか。本当に魔球なのか。


 岩井は一瞬迷った。


 ボールは全く方向を変える様子はない。


「うわぁ」

 岩井は土壇場になって体をのけぞらせた。


 だが、ボールはベース直前付近でまたも急角度で内角から外角へ逃げ、ベースを素通りする。


「ストライク!バッター・アウト」


 岩井が尻餅をついた時、審判が非情なコールをした。


 観客席から客が少ないにもかかわらず、いっぱいの歓声が上がる。


「あのピッチャー、なんて奴だ」


 ライト・パンサーズ側ベンチの国枝監督もさすがに驚きを隠しきれなかった。


 続く五番、六番もメガ・スライダーの前に三振を喫し、五回の表は終わった。




 試合は結局七回まで楓の前にライト・パンサーズはノーヒットで押さえられ、楓はこの回で降板。八回表からはスター・レイカーズの二番手、幸田輝美投手がマウンドに上った。


「よく投げた」

 ベンチ裏の控え室でアンダーシャツを着替えて戻ってきた楓に宮田監督は労いの言葉をかけた。


「いいえ。まだまだ体力不足ですね」

 楓は笑顔で答えた。「座っていいですか?」


「ああ」

 楓は宮田の隣りに座った。


「……」

 楓はじっと宮田の顔を見ていた。


「どうした?」


「私をこれからも使ってくださいね」


「ん?」


「私、監督のためなら、毎日でも投げますから」


「あまり頑張りすぎるなよ」

 宮田は楓の頭を撫でた。




 九回裏、スターレイカーズ、最後の攻撃。


 試合は九回表に輝美の押し出し四球で一点を取られ、一-〇で負けていた。ツーアウトながら、二塁に千鶴を置き、最後の打者、美登里を迎えた。ここまで彼女は五番打者として四打席全て三振であった。


「朝野、あんたのチームなのよ、いいかげん打ってよね」

 千鶴は声を大にして、二塁塁上から打席の美登里に言った。


「くぅぅ、そんなことわかってますわ。見てらっしゃい」


 美登里はバットを構えた。マウンドにはライトパンサーズのリリーフ投手、マリア・ストライプが上っていた。マリア・ストライプは大リーグから移籍の白人投手である。


 一八五センチの長身から一球目を投じた。


「今後こそ!」

 美登里はバットを振りにいった。


 しかし、マリア得意のナックル・ボールにタイミングが合わず、セカンド・ゴロとなった。


「やってられませんわっ!」


 美登里は一塁へは走らず、バットを投げ捨てた。


 二塁手が余裕でボールを取って一塁へ投げ、スリー・アウトとなりゲームは終了した。


「ちょっと待ちなさいよ」


 ふて腐れてベンチに帰っていく美登里に向かって、二塁から千鶴が駆け寄った。


「何ですの?」


「どうして一塁へ走らないの?」


「わたくし、無駄なことはいたしませんの。走ったところでどうせアウトですわ」


「あなた、プロでしょ。プロなら、試合が終わるまで全力でプレイしなさいよ」


「相変わらず、体育会系ですこと。何でも全力でやればいいというものではありませんわ」


「じゃあ、あんたはいつ全力を出すのよ。楓と私で何度もチャンスを作ったのに凡退しやがって」


「たかが、オープン戦に全力は出せませんわ。実力を出すのは公式戦に入ってからですわ、おほほほほ」

 美登里は高笑いした。


「……」

 千鶴はムッとして、美登里から離れ、ベンチへ去っていった。




 試合終了後、宮田は他の選手は全員帰し、一人控え室に残って、椅子に座り試合のスコア・ブックを見ていた。

「おじさま、ちょっといい?」

 私服に着替えた千鶴が控え室に顔を出した。

「ああ」

 宮田はスコア・ブックから顔を上げた。

「沢木楓、使えそうね」

「どうかな」

「今日の活躍を見ても疑うの?」

「今日はどのくらい投げられるか見たかったから七回まで投げさせたが、正直、公式戦なら打者一回りだな」

「そうかしら」

「ハイライズ・ボールにしてもメガ・スライダーにしても決まっているうちはいいが、球数が増えてくると押さえが効かなくなる。今日はまだ相手の打者が見慣れてないから、かなり翻弄されていたが、正直先々は疑問だな」

「冷たいのね」

「低い評価をしているつもりはない。どんな形であれ、うちのチームで今年一番のゲームだったからな。ただ――」

「ただ?」

「俺は迷ってる。今日の試合を見てもわかるが、沢木は投げるより打つ方が天才的だ。だが、打って塁上に出れば、体力も消耗し、ピッチングに影響する」

「このまま彼女を四番に据えるなら、投手は無理ってわけね」

「そういうことだ。高校野球ならいざ知らず、長丁場のペナントレースで投手と野手併用で全試合出場させるのは、無謀だからな」

「でも、それを楓が納得するかしら」

「監督命令でも聞かないか?」

「私の立場として言わせてもらえれば、無謀でもあの子には投手も野手もやって欲しいわ。だって、見ていて面白いもの」

 千鶴はそう言うと、控え室を出ていった。


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