8 ルール
練習終了後、選手たちはロッカー・ルームで着替えをした。
そんな中、幸田輝美が朋美に再度注意を与えていた。
「皆岸、さっきは監督がああいったかも知れないけど、後輩が先輩の指示に従うのは当然のことよ。今後、注意しなさい」
「……」
「皆岸、聞いてるの?」
「……」
朋美は無言のまま、スポーツ・バッグを持って、ロッカーを出ていってしまった。
「何なの、あの子」
「幸田、ほっときなさい」
千鶴が言った。
「でも――」
「あの子は楓に任せて。どんな理由であれ、チーム内でもめることは絶対許さないわ。わかったわね」
千鶴が厳しい口調で言うと、輝美は渋々うなずいた。
楓とレン・チャンが話しながら、寮に戻ってくると、ロビーのソファに一人ぽつんとスポーツ・バッグを抱えて座っている朋美の姿があった。
「朋ちゃん、どうしたの?」
楓が声をかけた。
「カエデ、ワタシ、先に行ってるヨ」
「うん」
レンは先に階段を上っていった。
「どうしたの?」
楓は朋美の横に座った。
「私って駄目だよね」
「今日のこと、気にしてるの?」
「後輩だからとか、年下だからとか、そういうので命令されてなにかやるのって嫌いなの」
「みんなでやるんならいいの?」
「うん……」
「じゃあ、あたしがみんなでやるように提案するよ」
「そんなことしたって無駄よ」
「とりあえず、あたしが今日は朋ちゃんの部屋へ行く」
「え?」
「朋ちゃんはあたしの部屋に行きなよ」
「そんなこと……」
「まあまあ、レンちゃんには話しておくから」
楓はそう言うと、ニコッと笑った。
「失礼しまーす」
楓がスポーツ・バッグを持って、三階のA号室に入ってきた。
「沢木、あなた、この部屋じゃないでしょ」
輝美が驚いた様子で言った。
「朋ちゃんと替わっちゃいました」
「それは許可得てるの?」
「事後承諾ってことで」
楓は朋美のベッドに座った。
「ちょっといいかげんにしなさいよ。皆岸といい、あなたといい、いったい何なの?生意気な態度ばかりとって」
「あたしは思うんですよ。誰が決めたかわからないようなルールよりみんなで話し合って納得して決めたルールの方がいいと思うんです。だから、寮のみんなで話し合いませんか?あたし、みんなに話してきます」
「それは、あんたが楽をしたいから言ってるんでしょう」
「幸田さんは自分も新人の時に雑用をやってきたから、あたしたちにもやらせたいんでしょ」
「私は先輩を敬う心を身につけさせるために――第一、それがここが社会人チーム時代の慣習だったんだから」
「もうここはプロ・チームですよ」
「わかったわ。話し合って納得するなら、いいのね」
「はい」
こうして、寮の選手全員が食堂に集められることになった。
「ただいまから、うちのチームのローカル・ルールを決めます。まず、最初の提案として、新人だからという理由での雑用分担の廃止についてです」
楓が寮の選手たちを前にホワイトボードの前で司会の進行にあたった。
「新人が雑用をやるのは寮での生活や習慣を覚えるためよ。いきなりなんでもできないでしょう」
選手の一人が言った。
「それは言えてます。でも、それだと、覚えるまでの期間限定でいいわけですよね。習得期間を過ぎたら、後は全員の持ち回りと言うことでいいですか?」
「雑用は新人がやるものって決まってるの。理屈じゃないのよ、わかってないわね」
「そんな納得のいかない慣習はここでなくしてしまいましょう。少なくともうちのチームでは」
「反対!」
一部の選手が声を上げた。
「でも、別にいいんじゃない。私も新人の頃、やらされたから、正直、今やるのは嫌だなって思うんだけど、そう思う気持ちは新人君も同じなのよね」
「何言ってるの?それじゃあ、秩序が成り立たないじゃない」
「秩序も何も、成績残せなきゃ、クビなんだから関係ないんじゃない。私も平等でいいわ。新人選手が雑用なんてルールになるぐらいなら」
「それでは、評決を取ります。現在行われている新人の雑用は、チーム環境に慣れるまでの一月限定とし、以後は選手たちのローテーションで行うことにいたします。賛成の方は挙手してください」
楓の言葉で賛成の選手たちが手を挙げた。それは過半数を上回った。
「過半数を超えたので、可決します。それでは次に――」
こうして、スター・レイカーズのローカル・ルールが次々と決められ、紙に記録されていった。
「えー、これで本日のローカル・ルール決定会議は終了いたします。次回にまた決めることがありましたら、実行したいと思います。その時はぜひあたしに言ってきてください。それでは、みなさん、遅くまでありがとうございました」
楓が選手たちに頭を下げると、選手たちから拍手が起こった。
選手たちはぞろぞろと自分の部屋へ戻っていく。
そんな中、輝美が楓に声をかけた。
「あなたには負けたわ。部屋に皆岸を呼んできて。私の方から折れるから」
「ありがとうございます。さすが、先輩、大人ですね」
「おだてたって駄目よ」
そう言うと、輝美は出ていった。
「楓」
会議に参加していなかった朋美が静かに会議室に入ってきた。
「朋ちゃん、もう会議、終わっちゃったよ」
「外で聞いてた。ありがとう」
朋美は静かに言った。
「あたしはあたしのためにやっただけだよ」
「不思議な子だね、楓は」
朋美は少しかすれた声で言った。




