7 勝負
「じゃあ、行きまぁす」
楓が手を挙げた。
「十球投げるうち、一球でもわたくしが柵越えすれば、わたくしの勝ちとし、四番の座はいただきますわ。ただし、ボール球は一球に入りませんことよ」
「十球ってせめて三球にしたら。自信あるんでしょ」
ベンチで観戦に回っている千鶴が大声で言った。
「うるさいですわね。わたくしは久しぶりに野球をやるんですのよ、ハンデは当然ですわ」
「さっき、自宅で三百球打ち込んでるんだが」
監督の宮田は千鶴に耳打ちした。
「えげつない奴……」
千鶴はボソッと呟いた。
「楓、それでいいですわね」
「はい、美登里様」
「では、勝負」
美登里はバットを構えた。
楓は大きく振りかぶり一球目を投じた。
ふっ、ただの棒玉ね。マシンより遅いですわ。
百三十キロ台の低めのストレート。美登里は余裕でバットを振りにいった。
しかし、ベースの手前に来た瞬間、ボールが急角度で上昇した。
な、なんなの……
美登里のアッパー・スイングは見事に空を切った。ボールはがっちりと朋美のミットに収まる。
「か、からぶり……」
美登里は少し動揺した。「何なんですの、今のは。反則ですわ」
「どこが反則なのよ」
千鶴が文句を言った。
「外野はお黙り!」
美登里は打席でベンチの千鶴を睨みつけた。
「もう一度、投げてみなさい」
美登里がバットを構える。
楓が二球目を投じた。
今度も百三十キロ台のストレート。
上昇するなら、そこを打つまで。
美登里がボールの上昇を想定して、バットを振りにいった。しかし、ボールはベース付近でストンと落ちた。
またも美登里のバットが空を切った。
「騙しましたわね、フォーク・ボールなんて」
美登里は苛ついた。
「真剣勝負ですから」
楓は真顔で言った。
この子、勝負になると、顔つきが全然変わる。そう、いいわ。
美登里の顔も真剣になった。
楓が三球目を投じた。
またも、百三十キロ台のストレート。ベース付近で今度は上昇する。
今度は打つ!!
美登里のバットがボールを捉えた。しかし、わずかにバットの上に当たり、フライとなった。楓がマウンドからほとんど動かず、ボールを捕った。
「……」
美登里は無言のまま、バットを構えた。
その後、楓のフォーク・ボールとハイライズ・ボールのコンビネーションで美登里を打ちとり、九球まで全て楓の後ろを越すことはなかった。
「後一球だよ」
千鶴が囃し立てた。
マウンドの楓はロージン・バッグを一度つかんでから、その場に捨てた。
「次こそは」
美登里は楓を睨みつけ、バットを構えた。
楓は大きく振りかぶり最後の一投を投げた。外角低めの速球。
負けるわけには行きませんわ。
美登里はバットを振りにいった。
ボールは全く変化しない。ストレートだ。
カキーン!
ボールを捉えたバットは小気味よい音を立てた。
ボールは楓の頭上を越え、ぐんぐん伸びる。
楓は後ろも振り返らず、大きく息をついた。
ボールはフェンス間際で失速し、外野に落ちた。
「ほぅーっほほ、ヒットですわね。まあ、引き分けというところかしら。今日のところは許して差し上げますわ」
美登里は高笑いした。
「どこが引き分けよ。フェンス越えしなかったから、あんたの負けでしょ」
千鶴が文句を言った。
「風がなければ入っていましたわ」
「じゃあ、もう一球、勝負しなさいよ」
「千鶴さん、もういいです。美登里様、とても楽しかったです」
楓がマウンドを降りて、美登里に握手を求めた。
「いい心がけね。また、勝負して差し上げますわ」
美登里はそう言うと、グラウンドの入口へ歩いていく。
「おい、帰るのか?」
「わたくしはいろいろと忙しいのです。練習スケジュールは竹川に伝えておきなさい」
美登里はそう言うと、さっさとグラウンドを後にしてしまった。
「死ぬほど練習しろとかいってたくせに」
「好きにさせてやれ。あいつなりに今の勝負でショックを受けてるんだ」




