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1 自主トレ

 沖縄南西に位置する小さな島、龍尾島。


 プロ野球がシーズン・オフとなった十二月、男子プロ野球チーム、東京ファルコンズの宮田(みやた)慶吾(けいご)は、自費で建設した球場で専属トレーナーと一緒に自主トレを行っていた。


 宮田は球界一の年俸で、首位打者六回、本塁打王七回、打点王六回、盗塁王四回を記録した球界一の外野手。今年で三十三才になる。しかし、マスコミ嫌いで、シーズン・オフになると、この島にチームの合同キャンプが始まるまで引きこもってしまうのであった。球団との年俸契約も全て代理人任せである。


 早朝、宮田は練習メニュー通り、林道を走っていた。


「ん?」

 宮田はふと走るのをやめ、周囲を見回した。


 いつも誰かがついてくるような気配を感じていたのだが、いつも見当たらない。


「おかしいな」


 その時、パラパラっと、頭上の木から葉が落ちた。


「誰だ!」

 宮田が木の上を見上げて、叫んだ。


 木の上にいた何かが慌てた様子で、別の木に飛び移ろうとした。しかし、飛び移った先の木の枝がボキッと折れ、何かが地面に落ちた。


 宮田が駆け寄ると、そこには汚い服を着た七、八才ぐらいの子供がうずくまっていた。


「おい、大丈夫か?」


 宮田が助け起こそうとすると、子供は驚いて、猿のように木をするすると昇り、葉の生い茂る枝々の中に紛れて、隠れてしまった。


「何て俊敏な奴だ」


 宮田は感心しながらも、再びランニングを開始した。


 その日以来、宮田は猿のような俊敏な動きをする子供の存在が気になっていた。というのも、宮田が林道を走る時はいつも跡をつけてきている気配がするからである。




 一週間後、宮田はこの日、バナナをリュックに入れて、林道に入った。


 十キロほど走ったあたりで、宮田はその場に座り込み、リュックに入れていた一房のバナナの一本を食べ始めた。


「よぉ、いるんだろ。一緒にバナナ、食べないか?」

 宮田は木々に向かって、呼びかけた。


 何の返事も反応もない。


 宮田は黙々とバナナを食べ続け、ついに残り一本になった。


「最後の一本だぞ」


 宮田はバナナを上に翳したが、誰も降りてくる様子はない。


「ここに置いとくぞ」


 宮田はバナナを袋に入れて、地面に置き、ランニングを再開した。


 そして、夕刻、練習終了後、宮田は気になって、林に入ってみると、袋は見事になくなっていた。宮田は少し嬉しくなった。




 翌日、またバナナを持って、林道を走った宮田だったが、この日はなぜか気配を感じなかった。


 途中で何度か呼びかけたが、相変わらず、反応はなかった。


「宮さん、集中力、欠けてますよ。飲み過ぎですか」


 午後二時、球場でトレーナー相手にキャッチボールをしていた宮田は、トレーナーに冗談めかしに指摘された。


「そんなんじゃねえよ」

 宮田はそう言いながらも、目は森の方へ向いていた。


「何かあったんですか?ここのところ、変ですよ」

 トレーナーが言った。


「この辺で猿みたいな子供、見たことあるか?」


「猿みたいな子供って何ですか?」

 トレーナーが笑った。


「木から木へ飛び移って、走ってる俺にピッタリと付いてくるんだよ」


「それ、本当の猿じゃないですか?人間の子供ではあり得ませんよ」


「本当だって。確かこのくらいの背の高さで、ボロボロの赤い服を……」

 宮田はそう言いかけたところで、言葉を切った。


 ボロボロの赤い服を着た小さな子供が白髪で杖をついた着物姿の老人に連れられ、球場に入ってきたのだ。


「ここは立ち入り禁止ですよ」

 トレーナーが老人に注意しようとした。


「いや、いいんだ」

 宮田が止めた。


「何か御用ですか?」

 宮田が老人に声をかけた。


「すみません、昨日、孫があなたのところからバナナを盗んだというので、謝りに参りました」

 老人は子供の頭に手を置いた。


「その子がそう言ったんですか?」


「いいえ。この子が言うには、あなたからもらったというのですが、どうにも信じられなくて」


「間違いありません。僕があげたんですよ」


「そうですか。ですが、孫にはそういうことはしないでもらえませんか?」


「すみません。この子、いつも僕の跡をつけてくるで、誰か知りたかったものですから」


「コラッ、(かえで)、迷惑かけちゃ駄目だろ。謝りなさい」

 老人が強く言うと、「ごめんなさい」とたどたどしい口調で子供が言った。


「お孫さんですか?」


「ええ。事情があって、娘の子を引き取っているんです。何分、老人ばっかりの村で娯楽もないもんで、この子もイタズラばっかりしおって」


(かえで)と言う名前からすると、娘さん?」


「はい。今年で十才になります」


「楓ちゃん、手を見せて」


「ん」

 楓は両手を宮田の前に出した。


 こいつは……。


 楓の手は、猿のように指が長く、大きかった。腕も長く、猫背。肌は小麦色に日焼けしている。


「野球って知ってるか?」

 宮田はボールを見せた。


「知らない」

 楓は首を振った。


「こうやって、投げるんだ」

 宮田はトレーナーに向かって、ゆっくりとボールを投げた。


「楓もやるぅ」

 楓の目が輝いた。


「あのぉ、この子は村でたった一人の子供です。ただのきまぐれなら、あまりこの子を刺激しないでもらえますじゃろか」

 老人は困った様子で言った。


「僕は来年一月までここにいますし、責任持ってこの子に付き合いますよ」


「おいおい、宮さん」

 トレーナーが慌てた。


「別にいいじゃないか。この子がいたって、邪魔にはならんよ」


 宮田は楓に自分の持っていたグローブをつけてやった。


 楓は興味深げに、はめたグラブを開いたり、閉じたりしていた。


「いいか、あのおじさんがボールを投げるから、このグラブを正面に持ってきて、待って、取るんだ」


「うん」


 トレーナーは楓に緩いボールを投げた。楓は言われた通りにボールをグラブでキャッチした。


「よし、次はあのおじさんの胸に向かって、こうやって投げるんだ」


 宮田は投球フォームを楓に見せた。


 楓は教えられた通り、ボールを投げた。


 バシッ!


 ボールは勢いよくトレーナーのグラブに収まったかと思ったが、その球質に押され、ボールを落としてしまった。


「……」


「おじさん、落としたぁ。楓の方がうまい」


 楓はキャッキャッと笑った。


「この子、本当に小学生か」

 トレーナーは驚いていた。


「楓、俺とキャッチ・ボールしよう」

 宮田が予備のグラブをはめ、言った。


「うん」


「いいか、ボールを取ったら、素早くこっちに投げ返すんだ」


 宮田は楓にボールを投げた。


 楓はボールをキャッチすると、素早く宮田にボールを投げた。


 ビシッという鋭いボールが宮田のグラブに収まる。


 もの凄い回転と球質だ。見て、覚えるのも早い。


鷲見(わしみ)

 宮田がトレーナーに声をかけた。「この子に真面目に野球を教えてみないか?」


「あ、ああ、君がいいなら」


「練習より、こっちの方が楽しそうだ」



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