5 母と娘
「ただいま」
朋美がアパートに帰宅した。玄関には、見慣れた母のハイヒールがあった。
朋美は靴を脱いで、部屋に上がった。
「お帰りなさい」
紀久子は居間に座っていた。
「あの、私……」
朋美は何かを言いかけた。
「少し話しましょう」
紀久子はいつもと雰囲気が違っていた。
「うん」
朋美は紀久子とテーブルを挟んで向かい側に座った。
「ごめんなさい、私、あんなこと言って」
「怒ってないわ。本当のことだから」
「違う。私、反省してる。あんなこと、言うつもりじゃなかった。ただ、悔しくて……」
「朋美は本当に高校に行かないつもりなの?」
「うん……プロ野球選手になりたいの」
「まだ、あなたは十五よ。高校卒業してからでも、間に合うわ」
「それじゃあ、遅いの」
「どうして?」
「霧原と勝負がしたい」
「朋美……」
「あいつを打ちとって、お母さんの仇を討ちたい。三年も待ってたら、霧原は引退してるかもしれないじゃない」
「あなた、そんなにまで……」
「それに、もしプロになれば、お金が入るし、お母さんも……」
「朋美!!」
紀久子はテーブルを強く叩いた。
思わず朋美は体を萎縮させた。
「お母さんはあなたにいつお金が欲しいと言ったの?」
「だって、お金が少しでも入れば、お母さんだって楽できるじゃない」
「楽?何言ってるの?母さんはね、朋美は幸せな人生を送れるなら、苦労なんてなんとも思わないのよ。朋美が自分の決めた人生をしっかりと歩んでくれることが母さんにとっての幸せなの」
「……」
「プロはそんなに甘い世界じゃないわ。お母さんのためなんて甘いこと言って、乗り切れる世界じゃないの。やるなら、自分のためにやりなさい」
「……」
「止めはしないわ。あなたの選択なら」
「お母さん」
朋美は顔を上げた。朋美の目は涙で潤んでいた。
「自分に言い訳をしない人生を送りなさい」
紀久子は朋美の頬に流れた涙を指で軽くすくった。




