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 遠坂霊園。


 広い敷地にブロックのように立ち並ぶ墓地。


 平日と言うこともあって、人の姿もほとんどない墓地を朋美が歩いていた。


 朋美は右手に花と線香を持ち、左手には鞄を持っていた。


 朋美はある白い石の墓前で足を止めた。


 墓石には皆岸家の名前が刻まれている。


 朋美は墓石に備え付けの花瓶に花を添え、マッチの火で線香を炊いて線香立てに置いた。


 そして、墓前で目をつむり合掌する。


「お父さん、今年でもう十年になるね。わたし、十五歳になったよ」


 ガサッ。


 その時、朋美の近くで落ち葉を踏む音がした。


 朋美はふっと目を開け、音のした方を見た。


「あなたは……」

 朋美は目を細めた。


 朋美の目の前には長身で杖をついた宮田が立っていた。


「宮田慶吾です」

 宮田は小さく頭を下げた。


「宮田さん。東京ファルコンズの……」


「もう引退しましたがね。君は?」


「私は皆岸泰幸の娘、朋美です。父とお知り合いですか?」


「彼とは同期入団だった。新人の時、一年だけだったが、いいライバルだったよ」


 宮田は杖をつきながら、皆岸の墓のそばに歩み寄った。


「もしかして、毎年、父の命日に花を添えてくれたの、あなたなんですか?」


「ああ」


「どうしてそこまで」


「彼が亡くなる一ヶ月前かな。彼の入院先の見舞いに訪れた時、彼から一冊のノートを渡された」


「ノート?」


「彼の野球の全てを書き写したノートだ。もし自分の夢を実現する能力を持つ選手に出会えたら、このノートを渡してほしいってね」


「……」


「彼は、本当は奥さんにその夢を託したかったようだが、彼には残された時間が少なかった。だから、私に渡したんだろう」


「あなたはそれを沢木楓に渡したんですか?」


「……沢木楓を知っているのか?」


「私のクラスメイトです。母でも完全には修得できなかったハイライズ・ボールを自在に投げてました」


「私も見たよ。引退試合の後、彼女に勝負を挑まれてね。すごい球だった」


「楓とは、どういう知り合いですか?」


「彼女とは、私の自主トレ先のキャンプ地で知り合った。君は人の走るスピードと同じ速さで、十五キロの距離を木から木へ飛び移って、進むことが出来るか?」


「……」


「彼女は私のロードワークにそれでついてきた。まるで猿のようにね」

 宮田は思い出し笑いをした。「彼女の中に、私は自然の中に開花した天性の素質というものを見た気がしたよ。鍛えれば鍛えるほど成長する彼女を見て、私は皆岸が探していた人材は彼女だと思った。だから、彼女にノートを預けたんだ」


「父はどうしてノートを母に預けなかったんですか?」


「ん?」


「そのノートを母に預けていれば、母は魔球を自分のものに出来ていたかもしれない。魔球があれば、母は霧原に打たれることもなかったし、肩を壊すこともなかった」


 朋美の言葉には、悔しさと悲しみが込められていた。


「楓のことを知っていると言うことは、君も野球をやっているのか?」


「はい。中学卒業したら、プロのテストを受けるつもりです」


「君のお母さんはそのことを?」


「母は関係ありません。私は母みたいに負け犬で終わりたくない」


「お母さんのことをそう悪く言うもんじゃない。立派な選手だったじゃないか?」


「負け犬ですよ。だから、父はノートを預けなかった。所詮は、監督の指示を無視して、霧原と勝負したあげく、ホームランを打たれて、チームのみんなを裏切り、解雇されたピッチャー。どこがかっこいいんですか。おまけに今は保険の外交員……」


 その時、朋美の後ろで人の気配を感じた。


 朋美は振り返った。そこには紀久子が立っていた。


「お母さん……」


「……」

 紀久子は悲しそうに朋美を見つめていた。


「くっ」

 朋美はその場を逃げ出すように駆けだした。


「宮田さん、お久しぶりです」

 紀久子は頭を下げた。


「娘さんは勘違いをなさっていますよ。ノートを私に預けるように皆岸に進言したのは、あなたでしょう」


「もう終わったことですから、いいんです。ただ、ちょっとショックでしたけど」


 紀久子はよろけそうになった。


 宮田がそれを受け止める。


「すみません」


「いいえ」


「沢木さんという子、本当にハイライズ・ボールを修得したんですか?」


「ええ」


「では、プロに?」


「プロ・テストは受けると言っていました。私ももうすぐスター・レイカーズの監督に就任する予定ですが、監督となったら、スカウトするつもりでいます」


「お願いがあります」


「はい」


「娘もプロ・テストを受けるチャンスを与えてはくれないでしょうか」


「本気ですか?」


「はい」


「わかりました。考えてみましょう」



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