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2 対戦

 楓たちが児童公園に行ってみると、男子硬式野球部の部員に女子ソフトボール部のメンバーが囲まれていた。


「はーい、待った、待った」

 楓が女子部員を囲む野球部員の中に割って入ってきた。


「何だ、おまえ?」

 野球部の部員が言った。


「沢木楓。ソフトボール部のキャプテンよ」


「俺は|王路(おうろ)中野球部主将の長倉(ながくら)(しょう)だ」


 長倉は楓と同じくらいの背の高さ、スポーツ刈りで体格のがっちりとした少年である。他の部員達と比べると少し大人びた雰囲気がある。


「おまえか、うちの野球部に果たし状のボール、投げつけたのは」


「そうだよ」


「噂に聞いてるぞ。この前、吉佐(よしさ)中の野球部を完封したんだってな」


「あれ、もう広まってる?もしかしたら、負けるの恐くて、断りに来た?」


「ふざけんな。勝負、受けてやるよ。今からうちのグラウンドへ来い」


「オーケー、みんな、行くよ」


「オー!」

 女子部員から元気な声が上がった。




 かくして、男子軟式野球部と女子ソフトボール部との野球ルールに則った試合が行われることとなった。


「負けた方が勝った方に土下座だ。いいな」


「もちろん」

 先攻のソフト部がベンチの前で円陣を組んだ。


「キャプテン、大丈夫ですかね。この間の野球部より強そうですけど」


「そう?別にいいじゃない、楽しんでやろ。負けて元々。勝てば儲けものよ」


「先輩って、すっごく楽観的ですね」


「そりゃそうよ、野球に負けたって死ぬわけじゃないもの」


「それもそうですね」

 部員たちの間で笑いが起こった。


「先発メンバー、もう一度確認するわよ。

 一番 セカンド  山根。

 二番 ショート  名川。

 三番 ピッチャー 私。

 四番 キャッチャー藤谷。

 五番 ライト   西野。

 六番 ファースト 内田。

 七番 レフト   境。

 八番 サード   田村。

 九番 センター  長谷川。

 以上よ。みんな、頑張ろう」


「オー!」

 女子部員が円陣を解いた。


「それじゃあ、お願いします」


 女子部員と男子部員がグラウンド場に整列して、挨拶を交わし、ベンチに戻った。


「プレイボール!」


 野球部員の一人が審判となり、試合開始を宣言した。




 本気で男子と試合をやる気なんだ。


 楓たちの後を追いかけてきた朋美は、グラウンドの外から試合を見つめていた。


 王路中は都内でもベスト八に入る中学。決して弱小野球部じゃない。そんな野球部に平然と勝負を挑むなんて。


 朋美には理解ではなかった。




 マウンドには野球部のエースピッチャー板倉が上がった。


 バッターボックスには一番の山根が入る。


 少し脅かしてやるか。


 板倉は第一球を投げた。


 一二〇キロ近いストレートがキャッチャーミットに突き刺さる。


 は、はやい。


 山根はあまり早さにバットすら出てこなかった。


「ストライク!」

 審判がコールした。


「タ、タイム」

 山根がそう言って、慌ててベンチに戻っていった。


「どうしたの?」


「キャプテン、速くて打てません。無理です」


「バット、短く持って、コンパクトに当てて行きなさい。金属バットだから、当たれば何とかなるよ」


「は、はい」

 山根は打席へ戻っていった。


しかし、山根は続く二球目、三球目のストレートにバットを振ったものの、空振りし、三振に終わった。


 続いて二番、名川(ながわ)が打席に入った。名川はベースからかなり離れた場所に立っている。


 びくびくしちゃって。どれもう一球、ストレートで行くか。


 板倉はど真ん中にストレートを投げた。


 しかし、名川はボールに全く手が出ない。


「名川、もっとベースよりに!」

 楓が声を出した。


「はい」

 名川はベースよりに近づいた。


 板倉は第二球を投げた。今度は内角のストレートだ。


「きゃっ」

 名川は後ろへひっくり返って避ける。


「ツーストライク!」

 審判がコールする。


「ひゅーひゅー、バッター、びびってるよ」

 野球部ベンチからヤジが飛んだ。


 名川は起きあがると、またベースから離れて打席に立った。もう打ち気が全く見られない。


「ストライク、バッターアウト」


 結局、名川も三振した。


「すみません」

 ベンチに戻った名川は楓に頭を下げた。


「謝ることないよ。次はあたしね」


 楓がバッターボックスへ向かった。


 沢木楓か。他の奴とは違うみたいだな。


 楓は右打席で構えた。前の二人と違い、臆するところが全く見られない。


 楓は頭上にバットを掲げ、クローズド・スタンスで構えた。


 何だ、変な構えしやがって。一球、外角のストレートで様子を見るか。


 板倉は振りかぶって、楓に第一球を投げた。

 外角の速球。楓は踏み込んで、バットを出した。


 カーン!


 金属音と共に打球は一直線に飛び、あっという間にレフトフェンスを越えた。


 ホームランであった。


「な、なに?」


 板倉はいきなりのホームランに呆然と後ろを向いた。捕手も立ち上がる。


「やっほぅー」


 楓はガッツポーズを取って、塁上を回った。


 ホームベースのそばにはソフト部員全員が出迎え、祝福した。


「先輩、すごーい」


「尊敬しちゃう」


「まだまだこれからよ」

 楓で笑顔で言った。


「おい」

 捕手が板倉のもとに歩み寄った。


「出会い頭だよ」

 板倉がふてくされたように言った。


「出会い頭でおまえのストレートが打てるのか」


「……」


「沢木には次から慎重に行くぞ」


「ちっ」


 次の藤谷が倒れ、一回の表の攻撃が終わった。


「いいか、最初から手を抜かずに取れるだけ点を取るぞ」


「オーッ」


 一番バッターが打席に入った。


 マウンドの楓は周囲を見回し、野手の守備位置を確認した。


「プレイ!」


 さあて、あたしの球、打てるかな。


 楓は大きく振りかぶって、第一球を投げた。


 百キロ前後の低めの直球だ。


 もらった。


 あまりにも絶好球にバッターは初球から振りにいった。


 なにっ。


 だが、ボールがベース間際に来た瞬間、急角度で上昇した。


 カンッ!


 ボールはバットの上っ面に当たり、空に高く上がる。ほとんど伸びることなく三塁手が定位置でキャッチした。


「アウト」

 塁審のコール。


「ちっ」

 一番バッターがバットを叩きつけて、ベンチに戻る。


「力の入れすぎだぞ。あんな棒球に詰まるなんて」

 長倉が言った。


「今の見なかったのか。恐ろしく上昇したぞ」


「上昇?」


「気をつけろ。あいつ、ただのピッチャーじゃないぞ。あの球をストレートのつもりで打ちに行くと、打球があがっちまう。上から叩いていった方がいい」




 今のボール。あれは……


 朋美の表情が驚きに変わった。




 二番バッターが右打席に入った。


 さて、次はどう来るかな。


 楓は第一球を投げた。


 真ん中低めのボールがまたもベース直前でアッパーカットのように突き上げてくる。


 何だ、この球は。


 バッターは呆然と見送った。


「ストライク!」

 審判のコール。


 この判定にバッターはおろか野球部ベンチのメンバーも総立ちになった。


「あれがストライクだって!」


 ベンチから見ると、楓のボールはホームベースに当たってワンバウンドしたかのように見えたのである。


「審判、今のがストライクか」

 バッターが納得いかない様子で言った。


「ストライクだ」

 審判は渋い顔で言った。


「わかったよ」


 バッターは再びバットを構える。


 ソフトボールのように下手から投げれば、ライズボールのように浮く球を投げることが出来るけど、オーバーハンドから一度下に向けて投げた球を三〇度以上の角度で浮かせるなんて常識じゃ考えられない。あいつ、一体何者なんだ。


 バッターは頭の中で混乱していた。




 間違いない。あれはハイライズ・ボール。お母さんが昔、研究していたボールだ。ぎりぎりまでボールを持ち、ボールをリリースする直前で、スナップを利かせ、さらに親指と中指の力でボールに強力な回転を加える。人並み外れた握力スナップが要求されるため、お母さんでも一試合で一回投げられるかどうかと言う魔球だった。


 それをどうして、沢木楓が……。


 朋美は戸惑っていた。




「さあ、いくわよ」


 楓は大きな投球フォームから二球目を投げた。


 またしても低めからベース直前で急上昇するハイライズ・ボール。


「くっ」

 バッターは上からボールを叩きに行く。


 かろうじてボールがバットに当たった。


 打球はセカンドゴロになった。


「あっ」

 だが、二塁手の山根は打球をグラブからこぼしてしまった。


 ランナーが一塁に出る。


「すみません」

 山根が楓に謝った。


「どんまい、どんまい」

 楓が笑顔で言った。


「守備はザルだな」

 長倉はニヤリと笑った。「次は俺か」


 三番バッター長倉が打席に入った。


 一塁ランナーは大きくリードを取る。


 右投手の楓はセットポジションから素早く一塁へ牽制球を投げた。


 しまった!


 楓が心の中で叫んだ。


 一塁手が一塁ベースについていなかったため、牽制球を一塁手が取れなかったのである。しかも、誰もバックアップに行かないため、ランナーは走って三塁にまで行ってしまった。


 そっか。ソフトボールでは、ボールが投手の手から離れるまでランナーはベースを離れられないから、牽制の必要なんかないものね。うっかりしてた。さて、困ったぞ。


 守備陣はみんな不安な顔をして、楓を見ている。


「みんな、まだまだ勝ってるんだから、安心していくわよ」

 楓が声を上げた。


 元気がいいのも今のうちだぜ。


 打席の長倉はその間に三塁ランナーにサインを送った。


 さて、この場面で敵さんはどうくるか。


 楓は三塁ランナーをちらりと見ながら、大きく振りかぶった。


 それを見て、三塁ランナーが走った。


 長倉は素早くバントの構えを取る。


 スクイズか!


 楓は投球と同時にホームめがけてダッシュした。


 もらった!


 長倉は低めの中速球をバントしにいった。


 だが、ボールはホームベース手前で鋭く上昇する。


「くそっ!」

 長倉は必死に手を伸ばし、バットにボールを当てにいった。


 カンッ!


ボールがバットの上部に当たった。ボールが小フライになる。


「あっ!」

 長倉が思わず声を発する。


 楓はジャンプして、素手でそのボールをキャッチした。


「ランナー、戻れっ!」

 長倉は叫んだ。


 だが、ホームベース近くまで来ていた三塁ランナーは戻るに戻れず、楓にタッチされアウトになった。


「スリーアウト、チェンジ!」


「やったぁ!」


 楓の周りに野手が集まった。


「畜生!沢木め」


 ベンチに笑顔で帰っていく沢木をよそに、長倉はしばらく打席でバットを手にしたまま立ちつくしていた。




 試合は楓と板倉の投げ合いとなった。


 板倉は、楓にその後、二塁打二本を許すもそれ以外の打者は四球と失策による出塁のみに押さえた。そして、楓も毎回、味方の失策でランナーを出しながらも要所を締め、パスボールで失った二得点に押さえていた。


 そして、試合は二―一と野球部リードのまま、最終回の攻撃。


 この回の先頭打者、名川が板倉のカーブをかろうじてバットに当て、サード・ゴロを打った。

 打った名川は懸命に走る。


 三塁手は素早く前進し、ぼてぼてのゴロを手で拾おうとするが、ボールに妙な回転がかかっていたため、ボールを一度でうまく掴めなかった。慌てて、もう一度拾い直し、一塁へ投げたが、名川のベースを踏む足が一瞬速く、セーフとなった。


「やったぁ!」


 ソフトボール部ベンチは名川の出塁に湧いたが、一塁の名川は蹲っている。


「どうしたの?」


 次の打者の楓が慌てて名川に駆け寄る。


「足を捻ったみたい」


 名川が痛そうに右足首を押さえている。


「走れそうにないか……長倉さん、代走出してもいい?」


 楓は一塁手の長倉に訊いた。


「代わりの選手はいるのか?おまえら九人だろ」


「まだ、順番が先の選手を代走に使うのは?」


「別に構わないぜ」


「それじゃあ……」

 楓がベンチのメンバーを見ようとした時、グラウンドの外で試合を見ている朋美の姿に目に入った。


「いたっ!!!」

 楓が朋美を指さした。


「……」

 朋美はドキッとした顔をする。


 楓は一目散に朋美のもとへ走っていった。


「来てたんだ」


「う、うん……」


「代走、頼める?」


「え?」


「名川が足首、捻挫したみたいなの」


「どうして、私が。ユニフォームだって、着てないし」


「立ってれば、いいよ。靴は貸してあげるし」


「だけど――」


「せっかく来たんだから、一緒にやろうよ、ねっ」

 楓が笑顔で言った。


「わかった」

 朋美がボソッと言った。




 朋美が急遽、代走として名川の代わりに一塁に立つことになった。シューズはベンチに戻った名川に借りたが、服装は制服のままであった。


 三番打者の楓が打席に入った。


 楓を迎えて、内野手が投手の周りに集まった。


「敬遠するぞ」

 一塁手の長倉が言った。


「何だって。冗談じゃないぜ、女相手に敬遠なんかしたら、笑われちまうよ」


「俺だって悔しいさ。けど、今日はあいつにだけ、完璧に打たれてる、あいつさえ押さえれば、他はカスだ。これ以上、点をやるわけにいかない」


「ちっ」

 板倉の周りから野手が散った。


「プレイ!」


 審判のコールと同時に捕手が立ち上がった。


「卑怯よ」


「女に背を向けて恥ずかしくないの!」


「サイテーッ!」

 ソフト部ベンチからブーイングが起こった。


「……」


 あの時と同じだ。


 朋美は、チームの優勝決定戦で、九回裏二塁三塁のピンチで母が監督から指示を受け、霧原に敬遠の四球を与えようとした時のことを思い出した。


楓は黙って、打席で構えた。


 板倉はベースから外れた捕手の方へ山なりのボールを投げる。


 くそっ、何が敬遠だ、こんなんで勝ったって嬉しくねえ。


 板倉はそう思いながら、敬遠のボールを三球投げ、カウントをノースリーにした。


「タイム!」

 楓がタイムを取った。


「代打を送ってもいい?」

 楓が審判に言った。


「代打?」


「板倉君は野球部のエースでしょ。彼にこんな屈辱を味あわせるくらいなら、あたしは打席に立つのやめます」


「何だって」


「代打です。あたしに替わって、長谷川さん。九番だから、今だけあたしと入れ替える」

 楓が長谷川を手招きで呼んだ。


「待てよ!」

 その時、板倉が声を上げた。


「?」


「勝負してやるよ」


「板倉!」

 一塁から長倉がやってきた。


「キャプテン、俺はエースだ。打たれるのが怖くて逃げてたら、野球なんてやってられない」


「本気か?」


「駄目だって言うんなら、俺も代えてくれ」

 板倉の真剣な言葉に長倉は溜息をついた。


「勝手にしろ」

 長倉は一塁の守備に戻った。


「代打のコールはなしでいいですよね」

 楓が審判を見て、言った。


「いいよ」


 再び試合再開。


 沢木、俺の最高のストレートで打ち取ってやる。


 板倉が腕を大きく振りかぶって、投げた。


 伸びのある高めのストレート。


 よし、このストレートなら。


 捕手は板倉のボールに自信を持った。


 だが、ボールがベース上に来た瞬間、沢木のバットがボールを真芯で捉えた。


 カキーンッ!


 快いまでの金属音。


 板倉は後ろを向いた。


 打球はライトフェンスを越え、場外へ消えた。


 楓は今度はガッツポーズを取らず、黙々とベースを回った。


「板倉……」

 長倉が歩み寄った。


「これが勝負だよ」

 板倉が苦笑いを浮かべた。




 その裏、外野にそのまま守備で、朋美が入った。


 野球部の打者は、楓にピッチャーフライとファーストフライで簡単にツーアウトまで打ちとられ、最後のバッターに板倉を迎えた。


「最後の打者か」


 楓はキャッチャーミットめがけてハイライズ・ボールを投げた。


 このまま終わってたまるか。


 板倉が決死のスイングでベース手前で突き上げてくるハイライズ・ボールを打った。


 だが、打球は無情にも楓の頭上に上がった。


 板倉は最後の意地とばかり一塁ベースに向かって懸命に走った。


 楓はそのボールを両手で大事にキャッチした。


「スリーアウト。ゲームセット!」

 審判がコールした。


「やったぁ」


 守っていた野手が、ベンチの部員が楓に集まり、握手を求める。


 ソフトボール部員は喜びでわき返った。


 野球部員は黙ってベンチに引き返した。


「あの」

 楓がマウンドを降り、ベンチの長倉に声をかけた。


「何だ?」


「勝負のことだけど」


「土下座だろ。わかってるよ」


「ううん。冗談だから。試合がしたかっただけなの。今日はいい試合だった、ありがとう」


「沢木……」


「じゃあね」

 楓はそう言って、仲間たちのところへ戻っていった。



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