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1 出会い

 沢木(さわき)(かえで)皆岸(みなぎし)朋美(ともみ)、二人が出会ったのは私立氷島女子中学校三年の六月であった。




 朋美の母、紀久子は、監督の命令に逆らって、霧原と勝負し、逆転サヨナラ本塁打を浴びて、本人だけでなくチームも敗北。優勝も逃してしまった。さらに霧原との最後の勝負で、速球を投げるためにオーバースローで投げたために再び肩を故障。


 ファンやマスコミから非難され、チーム・メイトからは信頼を失った。


 紀久子は過去においてはチームの功労者であったにもかかわらず、球団から職の斡旋も受けることなく、シーズン・オフにひっそりと解雇された。


 朋美は、紀久子の件で当時、リトルリーグに所属していたチームメイトや学校のクラスメイトからいじめを受け、野球をやめた。


 朋美には母を恨む気持ちは一切なかった。むしろ、母の肩を壊した霧原への憎しみが募った。


 自分がプロ選手になって、霧原を完璧に抑えてやるという気持ちが日に日に募り、独自にトレーニングを積んだ。そして、一日でも早くプロの世界に足を踏み入れるため、中学は全国大会三度優勝という実績のある野球の名門、氷島女子中学校に進学した。


 しかし、氷島中学の女子野球部は全国から精鋭が集まってきているため、野球のレベルが高かった。


 朋美は一年目から控え投手として選ばれたものの、早朝から夜まで高校生並みの過酷な練習で、地区大会を前に足を疲労骨折し、レギュラーから外された。


 半年後、ようやく治療し、部活に戻った時には、既に朋美の戻る場所はなく、レギュラー争いどころか、練習にもついていけなくなっていた。


 元々、人づきあいも苦手で友人もなく、早くにレギュラーだったこともあり、朋美はすぐに浮いた存在となり、同級生の部員からは無視され、先輩部員にはいじめられた。



 四月中旬。


 朋美はレギュラー部員がグラウンドで汗を流す中、他の補欠部員たちと流し場で土で汚れた大量のボールを水で洗う作業をさせられていた。


「私、今日で辞めるから」


 隣でボールを洗っていた藤谷早喜が小声で朋美に言った。藤谷は朋美と仲良しというわけではなかったが、同じ一匹狼のタイプなので、唯一、お互い気兼ねなく話せる相手であった。


「どうして?」


「なんか野球が楽しくなくなっちゃった」

 藤谷が溜息まじりに言った。


「野球、辞めるの?どこへ行ったって、レギュラーになるためにはきつい練習はあるわ」


「練習ね……このボール洗いが?この二年、練習と言えば走るだけ。後は球拾いやら、こんなのばっかり。野球らしいことは何一つしてない。やってられないわ」


「けど……」


「あんたはプロ目指してるんだっけ。まあ、せいぜい頑張って」


「コラッ、そこ、喋ってないで、手を動かしな!」

 監視していた三年生部員が怒鳴った。


「私、辞めますんで」

 藤谷はボール洗いを辞めて、立ち上がった。


「おい、そんな簡単に辞められると思うのか!」


「もちろん。もし私に何かすれば、大会に出場できなくなりますよ。私、もう野球部のことなんかどうでもいいですから」

 藤谷はそう言うと、ロッカーの方へ歩いていった。


 他の補欠部員たちはじっと藤谷の後ろ姿を追っている。


「おい、おまえたちは作業を続けろ」

 三年生部員が怒鳴ると、補欠部員たちはまた黙々とボール洗いを始めた。




 四月下旬。


 野球部のレギュラー選考会が行われた。現レギュラーを除く新入部員も含めた全部員が、監督、コーチの前で、野手なら守備、打撃、走塁、投手ならそれに加え、投球を披露する。部員が百人いる野球部では、事実上、補欠がレギュラーを獲得するチャンスは年に一度、この時しかない。


 既にこのテストを受ける前に練習の辛さに辞めてしまう新入部員も多くいるが、この選考会で落ちると、実質、一年間、補欠が決まってしまうため、ここでも辞める部員が増える。


 朋美にとっても、レギュラーを取り戻す最後のチャンスであった。この日のためにずっと朋美は、野球部の練習以外でも、個人的に練習してきていた。


 どのテストにしても、機会は一度か二度、ミスをすれば、すぐ次の部員に交代となる。


 朋美はどのテストを無難にクリアし、満足のいく状態でテストを終えた。


「これより、追加選手を発表する」


 選考会終了後、コーチはグラウンドで部員たちを前に発表を始めた。


「中川、橋田、本井、久野、江木、南本、半田、以上だ。レギュラー以外はこの場で解散」


 補欠の決まった部員たちがすごすごとグラウンドを去る。


 しかし、朋美だけは納得がいかず、その場に残っていた。


「どうした、皆岸」

 コーチが言った。


「どうして、私が選ばれなかったんですか。テストでミスはなかったはずです」


「態度だ。おまえは礼儀がなっていない。野球はチーム・プレイだ。上の者の指示におとなしく従う姿勢がなければ、機能しない」


「……」

 コーチの言葉で朋美の中にあった野球が崩れ去るのを感じた。


「私……」


「何だ」


「野球部を辞めます……」




 六月。朋美のクラスに一人の転校生が転入してきた。


 それが沢木楓であった。


 楓は不思議な生徒であった。顧問の先生を見つけて、勝手にソフトボール部を結成すると、部員集めに奔走した。既にほとんどの生徒が何らかのクラブに入っているこの六月という時期に、女子野球部があるのに部員を集めなど無理だと朋美はたかをくくっていたが、楓の〈レギュラー確約。練習自由〉という謳い文句が功を奏し、部員が九人集まってしまった。


 しかし、急造クラブだけあって、学校の施設であるグラウンドは使えず、ソフトボール部は校外の児童公園で練習をしていた。




 ある日の放課後、朋美が退屈そうに本を読んでいると、目の前にソフトボールのユニフォームを着た楓がやってきた。


「何か用?」


「暇そうだね」


「暇じゃないわ。本を読んでるの」


「朋ちゃん、野球好き?」


「朋ちゃんって、馴れ馴れしくない?」


「藤谷って、朋ちゃんの友達でしょ」


「別に友達ってわけじゃ……」


「藤谷が、うちの部に朋ちゃんを誘えって言うの」


「あなたの部に藤谷がいるの?」


「うん、うちのキャッチャーだよ」


 野球なんか楽しくないって言って、辞めたのに。


「入ってくれる?部員は私を入れて九人だから、朋ちゃんが入ったら、リリーフ投手にしてあげる」


「ふざけないで、もう私は野球をやめたの」


「えー、そうなんだ。じゃあ、また始めようよ」


「あんた、自分の言ってることがわかってる?」




「キャプテンっ!!」


 その時、慌てて教室に入ってきたソフトボールのユニフォーム姿の女子生徒二人が楓に呼びかけた。


「どうしたの?」

楓がきょとんとした顔で言った。


「大変なんです。児童公園で練習してたら、王路中の男子野球部がやってきて」


「あれ、もう来たんだ」


「……とにかく、キャプテン、来て下さい」

 二人の女子生徒は強引に楓の手を引っ張っていく。


「朋ちゃん、待ってるからね」


 楓は女子生徒たちに引っ張られ、廊下から姿を消した。


「……」


 朋美はしばらく考えていたが、席を立ち、楓の後を追いかけた。


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