第3話:確変継続
体の奥で、熱のようなオーラを感じる。《悪役令嬢の宿命》の魅力倍増効果が切れるまで、時間はまだ十分ある。
レナードとのお茶会まであと二日。確変状態が続いている以上、正直なところ何もしなくても勝てる。レナードは私に魅了されたまま当日を迎えるだろう。
でも、私はそういうタイプじゃない。
翌日。私は一人で、レナードが指定してきたサロンに足を運んだ。王都の外れにある小さな店だ。
店内を見回す。窓際の席が二卓、奥にボックス席が一つ。午後になると窓際に陽が差し込む。
(こちら側に座れば逆光にならない。私の表情が明るく見える位置だ)
ティーリストに目を通す。店主に話しかけて、おすすめの茶葉と焼き菓子の組み合わせを聞き出しておいた。これで当日の注文に戸惑うこともない。
——我ながら、やりすぎだとは思う。わざわざ下見までする必要があるかと言われたら、たぶんない。
でも、これがガチ勢というものだ。
(スキルだけでも十分勝てる。でも「十分」と「確実」は違う——その差を埋めるのがプレイングだ)
前世の大会で叩き込まれた鉄則。勝率を1%でも上げるために、やれることは全部やる。デッキが強くても、回し方が雑なら負ける。
(……よし。準備完了)
当日。
サロンに入ると、レナードはすでに窓際の席で待っていた。テーブルの上にはティーセットと、小さな花束が置かれている。
レナードが慌てて立ち上がり、私のために椅子を引こうとする。
「あら、ありがとうございます。でも——こちら側の方が、お庭がよく見えますわ」
にっこり笑って、反対側の椅子にするりと座る。午後の陽が、正面からちょうどよく私の顔を照らす位置。下見通りだ。
「お待たせいたしましたわ」
「いえ、僕が早く着きすぎてしまって。——その、これは」
少しはにかみながら、花束を差し出した。白と薄紫の小ぶりな花だ。
「花屋の前を通りかかったら、目に入ったので。お好みに合うかは分かりませんが……」
派手さはないが、品がいい。センスは悪くない。
「まあ、素敵ですわ。ありがとうございます」
令嬢らしく微笑む。レナードの耳がほんのり赤くなった。
(——順調、順調)
注文は、下見で聞いておいた店主おすすめの茶葉と焼き菓子の組み合わせを、さりげなく。
「こちらのダージリンには、レモンタルトが合うと思いますわ」
「へえ、お詳しいですね。僕は紅茶のことはさっぱりで……」
(私も。昨日聞きかじっただけだもの)
お茶会は思いのほか楽しかった。レナードは口下手だが、人の話を聞くのは上手い。私が社交界の噂話をすれば真剣な顔で頷き、冗談を言えば少し遅れてから笑う。
そのワンテンポの遅れが、なんだかおかしくて——
(……いや、あくまで冷静に)
「ヴェルン嬢は、お好きなものはありますか? その……趣味とか」
(カードゲーム、とは言えないわね)
「読書でしょうか。あとは、最近はお買い物が楽しくて」
「なるほど。それなら今度、王都の市場をご一緒しませんか?」
「はい、ぜひ」
レナードの顔がぱっと明るくなった。屈託のない笑顔だ。この男には裏表がない。少なくとも今のところは。
◇◇◇
それから一週間の間に、レナードと更に二回の逢瀬を重ねた。
市場を一緒に歩いた日、彼はさりげなく歩幅を合わせてきた。宝石店のショーウィンドウに足を止めた私に、「買いましょうか」ではなく「似合いそうですね」と言った。押しつけがましくない、程よい距離感。
美術展に誘われた日。並んで絵画を見ながらレナードが真剣な顔で感想を語ったのだが、的外れもいいところだった。思わず吹き出してしまい、「やっぱり変でしたか」と耳まで赤くしている。
「この絵、光の入り方が面白いですわ。左上から差し込む構図で、視線が自然と中央の人物に集まるようになっていますの」
レナードが目を丸くした。「すごい……。ヴェルン嬢は絵にもお詳しいのですね」
(いや、お気に入りのカードイラストと構図が似ているだけなんだけど)
「本で少し学びましたの」
涼しい顔で嘘をついた。レナードは感心したように何度も頷いていた。
(……悪くないのよね、意外と)
社交界での評判も上々だった。「ヴェルン嬢とエルツ伯爵が」という噂は瞬く間に広がり、周囲の反応は同情から羨望に変わりつつある。——男爵令嬢が伯爵に見初められた。なかなかのシンデレラストーリーだ。
四回目の逢瀬は、エルツ伯爵家の庭園だった。
夏の陽射しの中、芍薬が咲き乱れる東屋で午後のお茶を楽しんでいると、レナードが不意に居住まいを正した。
「ヴェルン嬢」
声に、いつもの柔らかさがない。
「はい?」
「僕は——こういうことを申し上げるのが、得意ではないのですが」
首筋に手を伸ばしかけて、途中でやめた。拳を膝の上に置き、まっすぐこちらを見る。
「貴女と——婚約させていただけないでしょうか」
言い終わると同時に差し出されたのは小さな箱だった。開けると、シンプルな細工の婚約指輪が入っていた。控えめだが確かな品質の石が散りばめられている。
(——来た)
内心で、静かにガッツポーズ。《スクラップ&ビルド》で引き寄せ、《悪役令嬢の宿命》で惚れさせ、婚約まで持ち込む。完璧な手順だ。
「……嬉しいですわ、レナード様」
目を伏せ、少し頬を染めてみせる。——令嬢演技は、日に日に板についてきた。
「本当ですか——!」
レナードの表情が一気に輝いた。勢いよく立ち上がりかけて椅子を倒しそうになり、慌てて支える。
——不器用すぎるでしょう、この人。
こらえきれず、笑ってしまった。令嬢の微笑みじゃなく、素の笑いが漏れた。
「ふふ……ええ、本当ですわ」
「ありがとうございます。大切に——必ず、大切にします」
(——大切にする、ね)
転生前の記憶だが、私を断罪しようとしたルフェルトも、最初はそう言っていた。たぶん次の男もそう言う。でも、私に必要なのは「永遠の愛」じゃない。「婚約」と「破棄」、その繰り返しだ。
エルツ伯爵家との婚約は、翌週に正式発表された。
男爵令嬢と伯爵の婚約——普通ならありえない身分差に社交界はざわついたが、当の私はまったく驚いていない。設計通りの結果だ。
ふと鏡を覗く。こちらの世界の新しい顔にもずいぶん慣れてきた。子爵の資産とステータスを吸い取り、伯爵を婚約者に据えた。スキルは完璧に機能している。
窓の外、夕焼けに染まる王都の向こうに、王城の尖塔がそびえていた。——いずれ、このループは王子まで届くだろうか。
指輪に指先で触れる。レナードの不器用な笑顔が一瞬よぎる。
(……もうしばらくは楽しませてくださいね、レナード様)
どうせ、この男も最後はルフェルトと同じ顔を私に向けるのだろうけど。




