chapter.1 開示可能な情報
いつもより早めに家を出て、伊織は健太郎と待ち合わせてからラボに飛んだ。
「あれ? お、おはよう……?」
館花は二人を見るなり、分かりやすく目を丸くした。
出勤時間より少し早めの朝のラボ。まだ全員揃ってはいないようだ。
「どうしたの。今日はV2出てないけど……」
伊織と健太郎がラボに行くのは大抵戦闘直後のクールダウンタイムと決まっていただけに、突然の来訪は館花にとってかなり予想外だったらしい。
八時過ぎに突撃するのは無謀じゃないかと伊織は事前に健太郎に話していたのだが、健太郎は気にするな、どうせ夜勤が居るの一点張り。やはりと言うべきか、この時間は館花と大川の二人だけだった。
「聞きたいことが聞けたら帰りますから」
健太郎は館花にそう言ってラボの中をプラプラし始めた。備品を手に取ってみたり、研究資料を捲り始めたり。その度に大川がハラハラしながら健太郎を目で追っている。
「あ、あの。僕で良ければ答えますけど」
「京司君じゃダメだな。もっと上の人じゃないと」
「わ、私に聞いて貰っても……」
「教えて欲しいです。館花さんに情報開示権限があればね」
健太郎の言葉に、館花は大きな背中を丸めて押し黙った。
エンジェルステラの開発責任者ではあるけれど、V2対策の責任者ではない。だから言えない。ハッキリと示されてはいないが、恐らくそうした情報については緑川、更科、三ツ浦の三人の誰かが権限を持っているのだと、前日健太郎は伊織に伝えていた。その通りのようだ。
キュアキュアのコレクションブースを眺めながら、三人のいずれかが来ないかと待っていると、入り口のドアが開いて三ツ浦がやって来た。
「お、朝から珍しい」
三ツ浦は眉毛を大袈裟に動かして驚いたような顔をして見せた。
「おはようございます、三ツ浦先生」
「おはようございます」
館花と大川が挨拶。
「おはよう、ございます……」
遠慮がちに伊織が挨拶すると、被せるように健太郎の一際大きな声。
「おはようございます。三ツ浦さん、お待ちしてました」
あまりにもハキハキとした挨拶にご機嫌を良くしたのか、三ツ浦は「おはよう」と皆に挨拶した後、思いっ切り口角を上げて健太郎に目配せした。
お互い何かしら言いたいことがあったのか、三ツ浦は何も言わずにこちらへと奥の方に健太郎を案内する。お前も来いと健太郎が手で合図して来るのを見て、伊織は駆け足で二人の方へと向かっていく。
「そろそろ来る頃だと思っていたよ」
パーティションで区切られたミーティングコーナーに伊織と健太郎を案内すると、三ツ浦は何だか嬉しそうに「コーヒーでいいかな」と聞いてくる。
「ブラックで。伊織は子どもなんでジュースとかコーラで」
「オッケー。大川君、ブラック一つとコーラお願い」
「は、はい。分かりました」
パーティション越しに大川に指示を出してから、三ツ浦は席に着いた。
「さぁて。昨日の狸か」
三ツ浦は腕を組み、にまにました顔で話し始めた。
「狸です。変じゃないですか」
「変だな」
「どう考えても、不自然です」
「そうだね。私もそう思う。狸は野生動物で、臆病で、まず人間のそばには寄ってこない。となると、接触不能な動物との融合は可能なのかという疑問がまず出る」
「この前の小学校のカミキリもですよ。検証の余地があるんじゃないかと」
「あるね」
事前予告もしていないのに、よく話が通じるなと、伊織は二人に感心した。
目をぱちくりさせながら話を聞いていると、大川がトレイにコーヒー二つとコーラを載せてやってきた。
ありがとうございますと受け取って、伊織はコーラに口を付けた。
「だいぶデータも集まってきたんじゃないですか。もし、開示可能な情報があれば教えていただきたいなと思って」
「なるほどね。現場が何も知らないというわけにはいかない、ということかな、渚君」
「そういうことです」
健太郎はニッと口角を上げていたが、目は笑っていなかった。
大人同士の何か難しい駆け引きみたいなヤツだ、と伊織は思った。
修羅場を何度も経験しているらしく、健太郎はこういうやり取りを普段から楽しんでいるようにも見える。
「ティンクルとブリンクが採取してきたV2モンスターの細胞を解析した結果、罹患者の体内で細胞が変化した原因は他の生物との融合であったと、以前更科さんから君達に情報提供があったはずだ。そしてウイルスが地球外のものであったということも。恐ろしい仮定だったが、決して間違いではないと結論づけられた。有識者の中で共有すべきかどうか、今でも迷っている。本当のことが分かれば混乱するだろうからね」
「まだ報告してないんですか。政府の方には」
「地球外のものである、というところまでは報告したよ。何も分からなかったなんてことは言えないからね」
「なるほど」
三ツ浦がコーヒーを口に含んだのを確認してから、健太郎もカップを手に取った。
「少し気になることがあってね」
そう言うと三ツ浦は少しだけ間を置いて、よいしょと立ち上がった。
ミーティングコーナーから一旦離席しノートパソコンを抱えて戻ってくると、カタカタとキーボードを叩き始めた。
「君達がエンジェルステラになる前の資料が少なくて……、それでもないよりはマシだと思って、細胞データを出現順に並べてみたんだ。V波の増幅は前々から分かっていたことだが、それ以外の変化はないかと思ってね。このグラフを見てくれるかな」
クルッとノートパソコンの向きを変え、三ツ浦は二人に折れ線グラフを見せてきた。
「緑色の折れ線が抽出された細胞から放出されるV波の最大値。グラフの左側の目盛りが数値になっている。横軸にあるのはV2モンスターの出現日。時間が経過する度に出現回数が増えているのが分かる。出現回数の増加に比例するようにV波が増幅している。そして赤い折れ線。これが問題の数値」
同じような傾斜の、別のグラフ。緑色の線に比べて緩やかではあるが、右肩上がりになっている。
「浄化魔法――つまり、君達が放つ必殺技に対して、どの程度耐えられるかを数値化したもの。抵抗力が、どんどん増している。要するに、相手はどんどん強くなっている、ということだ」




