chapter.5 発表の夜
平和な日々はそうそう長く続かない。
重大発表が行われる当日の午後七時半過ぎに《ステラ・ウォッチ》がぶるんと鳴って、久々の夜の出動が決定する。
高層ビルが乱立する大都会の真ん中で、四つ足の獣が暴れているとのことだった。
「昼間だったら優也達にアリバイ頼めるのに」
「文句言わない。早く早く!」
自室で項垂れる伊織を急かすように、《ステラ・ウォッチ》から白うさぎのティンクルが飛びだした。
「マズいな。絶対のどかが覗きに来る」
「鍵は閉まらないの?」
「閉まるわけがないだろ。そもそも付いてない」
「どうにかならないの?」
「どうにかしたい、けど……! 仕方ないっ!」
伊織は部屋を飛び出して一旦リビングに顔を出した。
「ちょっとコンビニ行ってくる!」
食後に寛いでいた父と台所を片付け終わった母がキョトンとした顔をして「行ってらっしゃい」「気を付けて」と声を掛けてくる。誤魔化せそうかなと思った矢先、のどかの部屋のドアが開いた。
「お兄ちゃん! 重大発表八時だよ」
「うん」
「それまで帰ってきてね」
「頑張る」
我ながら何を頑張るのだと思いながら、伊織は玄関を出るのと同時に《ストリームチェンジ》を実行した。
*
すばしっこく闇夜を駆ける毛むくじゃらの魔物。
体型に似合わぬ高めの声で鳴き、太い尾を振り回して路肩に停まる車を薙ぎ倒し、踏み潰して進んでいく。
街灯に照らされておおよその形は見えているが、ハッキリとした姿が捉えづらいのは、恐らくその素早さが原因だろうとまどかは思う。見たことのある動物だということまでは分かるが、なかなか断定ができない。猫か犬か、恐らくその辺り。
バシュッ、バシュッと閃光が視界に走り、魔物の付近でバンと弾ける。上手く当たらないらしく、流れ弾が周辺のビルの外壁に当たったり、或いは看板に当たったりして、その度に通行人がキャアキャアと声を上げているのが見えた。
なぎさだ。先に現場に到着し、魔物の足を止めようと何発か魔法を撃ち込んでいたのだ。
「なぎさ!!」
「まどか! 援護頼む!!」
魔物は丸いフォルムをしていて、人間よりも一回りか二回り大きな身体を弾ませて道路の真ん中を突っ走り、飛び跳ね、歩道橋の上まで飛び上がる。
「何だこいつ!!」
まどかの頭上を越え、魔物はあっという間に遠くへと駆けていく。
オフィス街の道路は混沌として、相次ぐクラクション、怒号、悲鳴、緊急車両のサイレンで既にめちゃくちゃだった。
「足止めできる?」
「任せて!!」
まどかは近くに見えた歩道橋に飛び移り、欄干の上に立った。
眼下には動けなくなった車や逃げ惑う人々が見える。
急いで終わらせなければ。
まどかは頭上で両手を合わせ、目一杯力を込めた。手と手の間から強大な虹色の光が溢れ出ると、周辺は一気に明るくなった。
「エンジェルフェザー……・ガード!!」
両腕を勢いよく広げる。
美しい七色の光が巨大な天使の羽となって視界を埋めつくしていく。
虹色の光は魔物の行く手を阻む光の壁となった。
正面から光の壁に突っ込んだ魔物は、甲高い声で鳴き踵を返した。
「――狸!!」
光の壁に照らされ、漸く魔物の正体が明らかになる。
太い尻尾、黒い手足、耳と顔周りの黒い毛。腹部は白く、全体的にもふもふとした茶色の毛に覆われたそれは、動物園でよく見る狸そのものだった。
「東京、狸いるんだ……」
「いるよ。結構あっちこっちに!」
ひょいっと歩道橋に飛び移り、まどかの隣に立ったなぎさは、既に息を荒くしている。
ふぅと腕で汗を拭い、それから「行くよ!」とまどかに合図。
二人は同時に欄干を蹴飛ばし、宙へと身体を投げ出した。
「バーニング・ショット――ッ!!!!」
手の中で具現化させた《ステラ・バトン》を軽やかに操って、まどかが空中から炎の弾を連射する。
巨大な狸の魔物は炎に驚き、一瞬たじろいで身体に数発の攻撃を受けた。キャウンと高い鳴き声、逃げようとしてビル壁に激突、今度はタクシーに、次はバスに。まるでパチンコの弾みたいにあっちこっち跳ね回った。
その度にビルの窓ガラスは割れ、車体はへこみ、信号や電信柱があらぬ方向に捻じ曲がった。
それでもまだ魔物は逃げようとする。
「逃がさないよ! 喰らえ! ライトニング・ストライクッ!!!!」
走る魔物、追う雷撃。
頭を抱え込んでしゃがむ人々、声援、向けられる無数のスマホ。
まどかの作った光の壁が辺り一面を真っ昼間のように照らし出し、彼女達の動きが、魔物のシルエットが、夜の町にくっきりと浮かび上がっていた。
バチバチッと宙を駆ける狸の魔物に雷撃が命中すると、そこかしこから歓声が聞こえてくる。
ドサリと道路の真ん中に落っこちた魔物に、とどめの一発。
「憐れなる子らに祝福を! 注げ!! エンジェルス・シャワー!!」
二人の合体技が炸裂すると、夜の街は大歓声に包まれた。
光に包まれ消えていく魔物。そして、軽やかに地面に降り立つ二人の魔法少女。
辺りを囲っていた虹色の光の壁が消えた頃、オフィスビルに張り付いた大型の電光掲示板に文字が流れていく――……
《ナイトスカイ・エンターテインメント、魔法少女エンジェルステラとの契約を正式発表》
SNS、YouTune、そして様々なメディアが、それを見た人々が、驚きと歓喜に沸いた。




