chapter.4 カウントダウン
NV2――進化したヴィラン化ウィルス。
緑川留理絵が安樹星来だった頃、伊織と共に同じ大学に通い、同じ研究室で三ツ浦靖彦教授に師事していた頃。突然変異体が現れたというニュースに震え上がり、怒りを覚え、人間の無力さに絶望したことを、彼女は思い出していた。
緑川が過去に干渉したことで様々な時間軸に予定外の変化が起きた可能性は、確かに否定できない。
だが、早すぎる。
本来であれば今から三年後に現れるはずの変異体の兆候が、この時代に現れているわけがない。
緑川瑠璃絵は不安を払拭するように、ブンブンと頭を振った。
「まさか」
「ないとは言いきれないはずだ」
健太郎は間髪入れずにそう言って、緑川を睨みつけた。
「一億円で早急にNV2対策をしてください。武器の強化でもいい、強化フォーム実装でもいい。仮にあなたの言うような個体が現れたとしたら、とても面倒なことになる」
「私をけしかけたのはそのためか」
ギリリと奥歯を噛んで健太郎を睨み返したが、相手は飄々としたまま態度を崩さない。
「さぁ、どうですかね」
健太郎はフッと小さく笑ってから、よいしょと立ち上がった。
「言いたいことは言ったので帰ります。楽しみにしてますよ、色々と」
それじゃ途軽く手を振って、健太郎はその場からいなくなった。
自由なヤツめと、緑川は独りごちた。
*
ナイトスカイ・エンターテインメントのXy公式アカウントにカウントダウンの表示が現れたのがそれから一週間後。
何のカウントダウンなのか明かされないまま数日が過ぎた頃、今度はYouTuneの公式アカウントに謎のプレミア公開の予告動画がアップされる。
動画タイトルには【重大発表】の文字と日付、時間のみ。
何の動画なのか何の告知なのかと、SNSでは大盛り上がりだった。
人気アイドルユニットの新曲公開だとか、大物同士のコラボ案件だとか、或いは所属アーティストの特別ライブではないかとか、様々な界隈でそれぞれの推理が飛び交った。
《もしかして、もしかする……?》
一億円のポストが削除されてから先、誰からともなくそんな書き込みをするようになる。
《でも、有り得る?》
《ないない!》
《もしそうだったとしたら、とんでもないビッグ案件じゃない!?》
《いや、ないわぁ〜》
カウントダウンが進むにつれ、議論は白熱していく。
当然、伊織と一緒に夏休みを過ごしている優也と安樹星来も同じ反応をするわけで。
「まさか、まさかのまさか、そういう可能性があるってこと?」
「え? どっちの姿で出るの?」
伊織は涼しい図書室の中で汗をタラタラと流しながら二人の質問攻めを必死に無視し続けた。
守秘義務、守秘義務……
頭の中で呪文のように何度も唱え、夏休みの課題に集中しているフリをする。が、全く頭が回らず、解答欄はなかなか埋まらない。
「ここしばらく毎日数時間ずつ出動? してるのってそれ?」
「それより優也、ここの五段活用なんだけど……」
「何するの? お金足りるかなぁ」
「安樹さんは何にお金を使うつもりなの。第一、ご両親が遺してくれた大事なお金なんだから、変な使い方しない方が」
「変な使い方って何。推しに貢ぐのは義務なんだけど」
相変わらず安樹は伊織に対してかなり威圧的だった。
夏休みになって安樹星来と一緒に過ごす時間が長くなったこともあって、伊織は彼女の事情を少しずつ知るようになった。
V2の犠牲になったのは母方の祖父。父方の祖父母は健在だが、事件以来疎遠になっている。事件を起こした安樹星来の母方の親戚を毛嫌いし、星来にも強く当たるようになったため、関係を断っている状態とのこと。
母方の祖父の死亡保険金、そして両親の死亡保険金も全て一人っ子だった星来が受け取ることになり、そのお金を使って学校に通い、生活を続けているのだという。
色目で見るなと安樹星来は伊織と優也に念を押した。色目どころか尊敬しかないと伊織は思うのだが、その話題に触れるだけで安樹がピリピリするのを知ってからは、なるべくそういう話はしないよう心掛けている。
「まぁ、僕もキュアキュア好きだから何にも言えないけど、そういうものかなぁ……」
「そういうもんでしょ。――ってことは、マジ!?」
「えっ、えっ、教えろよ伊織!」
「しぃ――――ッ!! と・しょ・か・ん!!」
毎日お昼過ぎに集合が掛かり、ラボが用意した普段着バージョンの姿に変身して打ち合わせに入る。伊織はまどかという正体不明の美少女になりきってインタビューに答え、写真撮影に応じる。健太郎はなぎさの姿になるとかなりノリノリで、メイクもヘアアレンジも快く受け入れている様子だった。
あくまで契約発表のための撮影。エンジェルステラの戦闘衣装でも写真を撮らされたが、そちらは玩具関係のプロモーションに使うらしい。
偶々V2の出現が少ない時期だったのが幸いして、そっちの仕事に支障をきたすことがなかったのは良かったと伊織も思う。
健太郎のようにノリノリで受けている仕事ではない。可愛い服は恥ずかしい。メイクも微妙な気持ちになる。魔法少女の格好は慣れたけれど、スカートで足元がスースーするのはどうも落ち着かないのだ。
「カウントダウンも順調に進んで、もう明後日……? 夜八時か。正座待機しよ」
安樹は何かを悟ったように鼻息を荒くした。
「俺も俺も。早めに風呂入って、じっくり待つ」
「二人とも待たなくていいから」
「あ! やっぱり!!」
「違ッ!! シッ……!! 静かにってば!!」
人差し指を立てて必死に優也を黙らせようと頑張っていた伊織だが、自習コーナーを使う他の人達にギロリと睨み付けられたのも伊織だった。




