chapter.5 誰も知らない時間軸
「おおよその話は分かった。不信感が完全に拭えた訳じゃないけど、まぁ……納得はした。女史の正体を知っているのは俺の他に、更科さんと三ツ浦さんだけってことで良いんだよね。あとは未来から来たことを親会社の上の人達が知っている」
「概ね、そのような認識で間違いない」
ひとしきり話を聞いた後で、健太郎は緑川に情報の整理を促した。
話したいことを一通り話しきってホッとしたのか、緑川の表情はだいぶ柔らかくなっていた。
「三ツ浦さんが恩師……ってことは、大学時代の? 伊織も同じ大学に?」
「同じ目標を掲げていたからな」
「なるほど。これから随分親しくなる予定なんだな」
「さぁ……どうかな。私の知る過去とは違うルートを辿る可能性もある」
過去に戻ることで、そこから先の未来が書き換えられるという話は、健太郎も耳にしたことがある。あくまでフィクションでの話だが、現実に起きたとしてもそうなるだろう。
緑川瑠璃絵として何年くらい前に過去に戻ったのかは分からないが、そこから時間軸の分岐が始まり、彼女が関わった人物や物事の辿るはずだった未来が未来が徐々に形を変えているに違いない。
「つまり、伊織も俺も死なない未来がくる」
「現に、あの電車のなかで、君達は怪我を負わずに済んだ。後遺症が残ることもなくなった」
「エンジェルステラに変身出来るようになって、耐性もついた」
「そういうこと。君達はもう、誰も知らない時間軸で生きている」
荒唐無稽にも程がある、とはもう言えなかった。
ここまでの覚悟を知らされたのに目の前の彼女を詰るなんて、健太郎にはできっこなかった。
健太郎も伊織も死んだ。もっともっとたくさんの死と絶望を味わってきたのだろうと思うと、同情すらしてしまう。
「――分からないから気持ち悪い。分からないから、警戒する。分かってしまえば、こんなもんか」
ククッと自虐的に笑う健太郎に、緑川は何も言わなかった。
「更科さんはV2研究の第一人者だから、直ぐに引き入れたかった。三ツ浦さんは恩師だから、今後どんな研究をしていくことになるのか知っていた。他のメンバーは……」
「君達と同じような運命を辿った」
「なるほどね。俺はあなたを、とんでもない悪女かと」
「悪女だろう。何もかも知っていて、君達に辛い運命を押しつけた」
「素の自分を隠して、悪女になりきるのも疲れたんじゃないの?」
「過去に戻る選択をした時点で、私は過去を書き換えた大罪人だ。悪女には違いあるまい?」
いっそ清々しいくらいの悪女っぷりだと、健太郎は眉根を上げた。
長い告白、誰にも言えない、言えなかった話。
彼女の苦しみを少しでも和らげることができたならと、健太郎の中にはそんな感情すら生まれていた。
――が、本題はここから。
健太郎が緑川瑠璃絵にコンタクトを取ったのは、もっともっと重要な事項について、自分の考えと覚悟を示すため。
「……緑川女史」
健太郎は姿勢を正して手を膝に置き、息を整えて彼女の名を呼んだ。
「俺がここに来たのは、あなたの正体を問い詰めるためじゃない。確かに問い詰めはしたが、それはあなたが信用に足る人間なのか知る必要があったから。もし卑劣で冷酷な人間なら、別の方法を考えようかと思っていた」
「何かね」
緑川もまた、足を組み直して健太郎に真剣な目を向けた。
「ナイトスカイと、契約してください」
唐突に飛び出した発言に、緑川は目を丸くした。
「何を言い出す!」
バンッとローテーブルを叩いて立ち上がる緑川。
見上げる健太郎。
「契約してください。これ以上、世間を巻き込むわけにはいかない。あいつらの目的は金です。世界平和なんかじゃない。金さえ儲かれば黙っていてくれる。一般人巻き込んでエンジェルステラ探しに躍起になって……迷惑なんです。契約さえしてやればヤツらは大人しくなる。儲けさせれば良いんです。グッズでもおもちゃでも関連商品でも、作って売って儲けてりゃ満足してくれるんだから、こんなに簡単なことはない」
「渚氏! 君は何を!!」
「エンジェルステラの活動に関しては、裏で政府に根回しでもしているんでしょう? でなければ、俺達は警察にとっくに捕まってるはずだ。器物損壊、業務妨害、営業妨害、道路交通法違反……上げればキリがないくらいの罪を犯している自覚がある。V2殲滅のための行為は政府の補助金によって保証される――俺だって色々調べたんですよ。俺達の行動を罪に問えないようにした。そういう土台を作ってから俺達をエンジェルステラに変身させた」
「それは当然――」
「魔法少女として戦うことに不満はない。いや、不満だけど、それはそれで楽しませて貰っている。問題は、そこに邪魔が入ること。俺はそれが許せない。金儲けの手段になるのも許せないが、金のために危険な行動に出る人間が増えるのはもっと許せない」
肩を怒らせる健太郎に、緑川は息を呑んでいた。
云わんとしていることは分かるとばかりに、長く溜め息をつき、困ったように頭を降って、彼女はもう一度ソファに座り直した。
「……もっともな意見だ」
「そうでしょう」
「もっともな意見だが、賛成したくない」
「我が儘だな」
「商売道具にするつもりはないのだ。分かって欲しい」
「分かってますよ」
「だったら」
「分かって言ってるんです」
健太郎は譲らなかった。
狼狽える緑川をじっと見つめ、凄まじい気迫で決断を促した。




