chapter.6 緑川瑠璃絵の決断
「契約すれば、ヤツらは堂々とエンジェルステラの名前と意匠を使って商売をするでしょう。非公式の偽アカウントが蔓延っているSNSにも公式アカウントが整備されるはずだ。公式以外は全部偽者と判断されるから、一般人がエンジェルステラの名前を使った詐欺や犯罪に巻き込まれる心配もなくなるだろうと思う」
SNS上で有名人の名前を騙った詐欺が横行し、年間数億円の被害が出ていることは、世間でもよく知られている事実。エンジェルステラの名前を騙るアカウントを利用した詐欺、性犯罪も散見される。
ラボがそうしたニュースをどこまで把握しているのかは分からないが、少なくとも健太郎は偽者に対して全く良い感情を抱いてはいないのだ。
「公式アカウント開設のために写真が必要なら、撮影くらい付き合いますよ。継続的なタレント活動は拒みますが。それでも商売になれば相手は文句がないでしょう。ヤツらは俺達がV2モンスターを倒すことより、魔法少女であることに価値を見いだしているんだから」
そうきたかと、緑川は片手で顔を覆った。
しばらく、彼女は無言だった。
簡単に答えの出せる問題じゃないと、健太郎も思っていた。
「……月曜日、ナイトスカイの幹部と面談の予定が入っている」
ボソリ、と緑川が呟いた。
「バレたんですか」
「違う。この研究所は政府のV2対策特別チームにV2調査研究機関として登録されている。ナイトスカイ側は、V2モンスターの出現が探知できれば、本物のエンジェルステラと接触できると考えたんだろう。V波測定器に関しておたずねしたいと、そんな感じのメールが飛んできた。……私と、三ツ浦先生が対応する予定だ」
「じゃあ、その時に話してください。本物の証はある、エンジェルステラはナイトスカイと契約すると」
「円谷少年にはなんて説明する」
「説明なんかしなくていい。決定事項だと伝えてください」
緑川の顔色が変わる。
全身で嫌だと訴えている。
「伊織には言いたくない。……好きだった男だから?」
「それは」
「俺達の心は遠慮なく抉っておいて、自分は逃げる気ですか」
「違う! 私は……!!」
動揺している。
緑川瑠璃絵は明らかに動揺して、本来の、安樹星来の部分を濃くしているように健太郎には見えていた。
「伊織に嘘をつき続けるために、そういうキャラでやってるんでしょう? 安樹星来とは掛け離れたキャラクターであり続けなければならないから。だったら最後まで、冷徹で強引な女史緑川瑠璃絵を演じてください」
フフッと、緑川は小さく笑った。
それからゆっくりとソファに背中を押しつけて、長い髪を掻き上げた。
「一番知られてはいけない人間に、秘密を話してしまったようだ。……しくじったな」
「お褒めに預かり光栄です」
「褒めたわけじゃない」
「最高の褒め言葉ですよ」
健太郎は、そのままソファからすっくと立ち上がった。
「『魔法少女は、世界を救う』――俺もそう、信じてるんです」
緑川は咄嗟に、彼の視線を避けた。
「ナイトスカイの件、お願いします」
健太郎はそれだけ言い残して、スタスタと所長室から出て行くのだった。
*
V2モンスターの出現もなく、夏休みの平和な時間が過ぎていく。
伊織は連日朝食後には家を出て、優也達と合流した。
人目を気にしすぎるのも不自然だという優也の助言に従い、ファミレスや喫茶店、ショッピングモールのイートインコーナーを転々とする。
ビクビクせず自然体に話をする、緊急招集時はひと気のない場所に速やかに移動する、伊織が戻るまでなるべく移動しない――そんな簡単な約束をして、それ以外は普通の高校生の夏休みを満喫していた。
「毎日戦ってるわけでもないのな」
「そりゃそうだよ。出現に法則性があるわけでもないし。それに、毎日だと疲れる」
「シッ! 声が大きいよ二人とも」
図書館の自習コーナーにノートとテキストを広げ、三人で課題を進める。
それぞれ得意な科目を教え合うルール。
初めはあまり会話の弾んでいなかった優也と安樹も、いつの間にか楽しそうに会話をするようになっていた。
夏休みは兄が家にずっと居てくれると信じていたのどかには申し訳ないが、家に居ては色々と誤魔化すのが難しくなる。そういうのもあって、天気の良い日はなるべく外で過ごすよう心掛けていた。
苦手な古文の文法問題に頭を悩ませていたとき、ふと左腕の《ステラ・ウォッチ》がぶるんと震える。
出動かと慌てて通知の内容を確認した伊織の目に飛び込んできたのは【緊急】の文字。
「招集?」
「うん。多分」
「多分?」
「何か……いつもとは違うっぽい」
伊織の胸は妙にざわついていた。
「優也、もし戻れなかったら、僕の荷物片しといてくれる?」
「おっけー。明日持ってきてやる」
「頼む」
親指を立てて見送る優也と、行ってらっしゃいとばかりに小さく手を振る安樹に、伊織は軽く手を降ってから急いでトイレに向かった。
歩きながらスマホの通知も確認する。
専用アプリの方に詳細。
「『契約事項に関して、重要な変更あり』……なんだこれ」
難しいことを言われても分からないぞと思いつつ、伊織はトイレの個室に駆け込んで転移機能を発動させた。
*
ラボへ急ぐと、健太郎が先に到着していた。
平日だよなと首を傾げ「早くね?」と訊くと「まぁな」と答えてくる。仕事中のはずなのにスーツじゃない。休みか、と伊織は勝手に納得して小さく頷いた。
ラボには珍しく、研究員が全員揃っていた。
伊織の到着を待っていたのか、作業の手を止めて皆難しそうな顔をして立っている。
いつもと明らかに雰囲気が違うような気がして、伊織は背筋をブルッと震わせた。
「円谷少年で最後か。皆揃ったようだな」
カツンカツンとヒールの音を響かせて、所長の緑川留理絵が部屋の奥からやってくる。
ピリピリと張り詰めたような空気のなか、皆が一斉に緑川に目を向けた。
「皆に、大切な知らせがある。私達の進めてきたこの“エンジェルステラ・プロジェクト”が大きな転換点を迎えたことを、私は報告しなくてはならない」
緑川の表情は硬かった。
厚ぼったい唇をギュッと噛みしめ、眼鏡の奥で何かに耐えるようにギュッと目を瞑り深呼吸したあと、彼女はゆっくりとラボ全体を見渡した。
それからおもむろに小脇に抱えたファイルから一枚の紙を取り出し、皆に見えるようスッと前に突きだすのだった。
「ナイトスカイとエンジェルステラの契約が成立した。今後、プロジェクトの広報部門として、ナイトスカイが公式SNSアカウントの開設・管理、運営を行う。加えて玩具メーカー大手のNANDAI、プライズ大手のGEEGAとの契約も決定している。今後、プライズ、アパレル関連含め、多くの公式グッズが販売される見通しとなった。今まで息を潜めて開発に勤しんできた諸君、身を粉にしてV2モンスターと戦ってきた渚・円谷両氏に朗報だ。この契約により、エンジェルステラは正体不明ではない、皆に待望される魔法少女へと進化を遂げるのだ」
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と ん で も な い こ と に な っ て ま い り ま し た !!
今後の展開は何となく考えてあります。
何となく。
後は野となれ山となれ。
今後も毎週少しずつではありますが更新していきますので、お付き合いいただきますと幸いです……!!




