chapter.5 ナイトスカイの目的
伊織が御園の言葉を理解するのには、少し時間を要した。
血の気が引いた。
喉が急激に渇いていく。
「え、ちょ……ちょっと待ってください。今、何て」
「ナイトスカイ・エンターテインメントがエンジェリック・ラボに接触をしてきた、と言ったのよ、まどかちゃん」
普段は柔らかな印象の御園が見せる、厳しい一面。
目を逸らすことすら許さないような雰囲気に、伊織は気圧されてしまう。
「高校生のまどかちゃんには理解が及ばないかも知れないけど、少し難しい話をするね。エンジェリック・ラボはそもそも、株式会社ホープクリエイターの研究部門なの。生成AIやネットワークセキュリティ関連の会社……って言えば分かるかな。IT関係の仕事を主にしている会社の中に、IT技術を利用した遺伝子工学やバイオ工学の部門があって、それがこの科学研究所エンジェリック・ラボ。V2が初めて出現した直後からラボでは専門的にV2に関する研究を行っていて、今ではV2調査研究機関として政府からの補助金を受けて様々な仕事をしているの」
健太郎から聞いた話だ。
ラボには何かある、所長の緑川瑠璃絵は何かを隠しているという話を聞いた時に耳にした内容。聞いていてよかった。何も知らなかったら、もっと困惑していたかもと、伊織は健太郎に心の中で感謝した。
話は続く。
「例えば地方公共団体にV波探知装置の設置を依頼して、V2モンスターの出現をいち早く警察や消防に通報する仕組みを作ったり、教育機関にV2についての正しい知識を広めるための教材を提供したり、教職員に対して指導を行ったりするのが主な仕事。V2に関してはまだまだ不明なことが多くて、専門的に研究している機関が少ないから、厚生労働省からの依頼で幅広く業務をこなしているの。今回ナイトスカイは、そうしたラボの表側に連絡を取ってきたってわけ」
表側――エンジェルステラ開発室のあるこの階ではなく、その下の階にある研究室の方だ。
「僕らの正体に感付いて、とかじゃなくて?」
「エンジェルステラがV2モンスターの出現をいち早く察知することは分かってるから、そっち方面で色々探ったのかも知れないって、所長が言ってたかな。まぁ……厚労省に問い合わせるか、ネットで検索すれば直ぐにウチのラボに辿り着くから、当然と言えば当然だけど」
なんとなく、伊織にも理解出来た。
要するに直接エンジェルステラに接触できないことが分かって、別ルートを探っている、という訳らしい。
「昨日の夕方連絡があって、所長と三ツ浦さんが応対することになってる。三ツ浦さんは大学の教授まで務めた人だから、弁が立つはず。政府の委託事業の責任者にもなってるから適任かな」
付け足すように館花が話してくれる。
「ナイトスカイの目的は、恐らくV波探知装置のレンタルだとか、エンジェルステラについての情報収集なんじゃないかと思ってる。エンジェルステラとの関係は絶対に秘密だからね。所長と三ツ浦さんが上手いこと誤魔化してくれるはず。……ただ、仮にV波探知装置のレンタルが決まったりしたら、V2モンスターとの戦闘後にナイトスカイが接触してくるリスクが上がるだろうから、そこが一番心配かな。万が一にもあり得ないと思うけど」
「……どうしてそんなに、エンジェルステラと契約したいのかな」
ボソリと伊織が言うと、館花と御園はフンッと鼻息を漏らし、揃って肩を竦める。
「そりゃ、たくさんのお金が動くって確定しているからでしょ」
「そうそう。リアル魔法少女なんて、それだけで話題だからね。CM、映像作品、書籍、アパレル関連事業、おもちゃ販売まで、契約さえしてしまえば何でもできるようになる。一億円払うだけでその何十倍、何百倍も儲けることができるのだとしたら、そりゃあ熱意を持って動くよね」
「魔法少女はアイドルでもタレントでもないって言ったところで、彼らは理解できないでしょうしね。最悪最悪」
おもちゃは何となく想像できていたが、CMや映像作品、書籍……? となると、全く想像が及ばない。健太郎と二人、変身して何をやらされることになるんだろうと考えると、伊織の背筋は激しい悪寒に襲われるのだった。
「そういうわけだから、今まで以上に警戒は怠らないでね」
「友達にも、このことは内緒ね」
忠告してくる館花と御園の、まだ何か隠しているような態度に一抹の不安を抱えつつ、伊織はラボを後にした。
*
「あ、やっと来た」
「おつかれさま~」
すっかり暑くなってきた公園の木陰で、優也と安樹星来が休んでいる。
駆け足で伊織が戻ると、軽く手を上げて合図をしてくれた。
「ごめんごめん。遅くなって」
「良いって。それより、これ伊織の分」
木陰にやって来た伊織に、優也はサイダーのペットボトルを渡してきた。キンキンに冷えている。ついさっきまでラボで涼んでアイスコーヒーまでご馳走になったのだが、優也の気遣いに思わず伊織は頬を綻ばせた。
「ありがとう。助かる」
栓を開けてグイッとひと飲み。喉を通る炭酸が気持ちいい。
「ごめんね、直ぐに戻れなくて」
「正義の味方が何言ってんだよ」
「Xyにいっぱい投稿上がってたよ。なぎさも来たんだ?」
「うん。まぁ」
いつ戻るとも知れぬ自分を暑い中待っていてくれたことに、伊織は罪悪感を覚えてしまう。どこか涼しいところに移動すれば良かったはずなのに、ここに戻ってくるという自分の言葉を信じて、ずっと公園にいたのだろう。
「伊織も来たことだし、どっか建物の中入ろうぜ」
「賛成~」
「どこ行く?」
「どこでも良いけど……ゆっくり休めるところが良いな」
事情を知っている誰かがいる、待ってくれている誰かがいる。
それだけでこんなにも心が軽くなるのかと、伊織は思う。
そして健太郎には――……今はそういう人が誰もいなくて、また何事もなく日常に戻ったんじゃないかと思うと、少し彼が気がかりで。
心のどこかに引っかかりを残したまま、伊織は優也達との夏休みに戻っていくのだった。




