chapter.3 偽アカウント
戦闘が終わると、二人は大抵強制的にラボに飛ばされる。
《ステラ・ウォッチ》や羽型のヘッドドレスに搭載されたマイク、現場周辺に飛ばした小型ドローンの映像などからある程度の状況をラボでもリアルタイムで確認しつつ、正体を隠して活動する二人の安全を確保するための措置だ。
「二人ともご苦労様。ギリッギリのところでありがとう、渚君」
ラボの研究員館花藤吾郎は、白衣の下ではち切れそうなお腹を揺らしながら健太郎を労った。
「いや、反応が遅れてあんなことに。もう少し早く行けたらよかったんですが」
「結果オーライだよ。休みの日なのに申し訳ないね」
「V2に休みは関係ないですから」
土曜出勤の御園優里亜に出されたアイスコーヒーのグラスを傾けながら、健太郎はフッと静かに笑った。
休日なこともあって、健太郎はTシャツにスウェットパンツというラフな格好だった。
なぎさに変身していた時はいつも通りの彼女だったが、何だか様子がおかしい気がして、伊織はンッと首を捻った。
「どうしたの、まどかちゃん」
ススッと御園が伊織の直ぐそばまで寄って、アイスコーヒーを差し出してくる。
ピッタリと肩がくっつくくらいまで近付かれ、伊織は飲み物だけ受け取って、慌てて距離を取った。
「あいつ、大丈夫かなって」
「大丈夫って?」
「無理してるんじゃないかなと」
「あ~、そういう……」
チラリと御園の視線が健太郎に向く。
「彼も大人だから。責任感強いよね、さすがなぎさちゃん」
「大人だから、何にでも耐えられるってわけじゃないと思うんです。あいつ、相当無理して……」
伊織がそこまで言ったところで、健太郎が館花に軽く頭を下げているのが見えた。
「え、ちょっと話したいことがあったんだけど」
「すみません、館花さん。俺、ちょっと今は。後で聞きます。御園さん、アイスコーヒーごちそうさま」
「お疲れ様、なぎさちゃん」
「健太郎、もう帰るの?」
伊織が声を掛けると、健太郎は軽く手を振ってくる。
「昨日はありがとう。またな」
伸びかけた髭。いつもはしゃんとしているのに、目元にはくっきりと濃いくまができている。寝癖もある。明らかに、いつもの健太郎とは違う気がする。
昨日の今日で吹っ切れるような問題ではなかったはずだ。
違和感を確認しているうちに、健太郎は《ステラ・ウォッチ》の転移機能でパッと消えてしまっていた。
「あ……、行っちゃった……」
引き留める間もなかった。
ぐったりと肩を落としていると、御園がポンと背中を叩く。
「まぁ、今のなぎさちゃんには話しても無駄かも知れないから、まどかちゃんだけ聞いてってよ」
「それは、確かに……」
ついこの前まで戦線離脱していたことを考えると、今は自分がと思わなくもない。
伊織は氷の入ったグラスを傾け、冷たいアイスコーヒーを喉へと流し込んだ。
ラボの中は冷房がしっかり効いていて気持ちいいくらいだが、外は朝からそれなりの気温になっていた。スカートにヘソ出しの衣装でも、動けば暑くなる。こういうときに貰う冷たい飲み物は格別なのだ。
「円谷君も、なるべく早く帰りたいよね。夏休み入ったんだっけ」
ノートパソコンを片手に近くのテーブルまでやって来た館花は、おいでおいでと伊織を手で呼んだ。
「そうです、今日から。実は友達と一緒にいたところで」
「友達? 昨日の?」
「あ、そうです。アリバイ作りに協力して貰えることになったので」
「アリバイ作りか。確かに。長期休みとは言え、息子と急に連絡が取れなかったら親も心配する。……と、これ見て」
そう言って、館花は手元のノートパソコンの画面を指さした。
Xyのタイムラインと、生配信のタグが付けられたYouTuneの動画が張り付けてある。
「今日も今日とて、特定班の仕事が捗ってたみたいなんだ」
「特定班?」
「ネット上の画像や映像から、個人の情報を割り出すのを得意としているネットユーザーのことだよ。バイトテロとか、虐めとか、学校名、個人名に卒アルまで即バレするアレだよ」
「あぁ……」
ブルッと、伊織は思わず肩を震わせた。
「大丈夫大丈夫、まどかちゃんとなぎさちゃんの正体はバレてないから」と御園。
「で、ですよね。良かった……」
「困ってるのはナイトスカイと連絡を取った偽エンジェルステラの方」
「偽エンジェルステラ……? 僕らの偽者がいるんですか?」
「いるよ? あれ、もしかしてまどかちゃん、SNSチェックしてない……」
「してないです。精神衛生上、あんまり良くないと思って」
だよねと苦笑いして、館花と御園は目を見合わせた。
「先日の一億円の話が出てから、急にエンジェルステラを名乗るアカウントが多数出現しててさ。それ自体は別にどうだっていいというか、公式にはアカウント作らないつもりだから、どれもこれも全然関係のない、偽アカウントなんだけど。多分ね、ナイトスカイ側だって当たり前に本物が手を上げるとは思っていないっぽいんだよね」
ノートパソコンの画面にあったのは、Xyの検索画面。そこには数え切れないくらい大量の《エンジェルステラ》偽アカウントがずらりと並んでいる。アイコンは当然無断使用のまどかとなぎさの写真やイラストで、何ともむず痒く、気持ちが悪い。
「うっかり本物が紛れ込んでいたら嬉しい、という意図と共に、炎上するなら思いっ切りして欲しいという下心も透けて見えるのがいやらしい。これは、ナイトスカイ側から一度面接の連絡を貰ったっていう、とあるアカウントに掲載されていたメールのスクショなんだけど」
まどかとなぎさのアイコン、“エンジェルステラ♡なぎさ【本人】”という名の偽アカウントのメディア欄、張り付けてあるスクショに書かれている文字を、伊織は目で追った。
《こちらのアカウントがエンジェルステラご本人様ではないという客観的な事実が見つかりました。
つきましては、面談の件はなかったこととさせていただきます。
大変申し訳ございません。》




