chapter.2 間一髪
思わぬ事態に、まどかは高速で思考を巡らした。
勢いに任せて剣を振り下ろせばどうなるか。
男の子の行動が読めない。
父親が気付いて走り始めているが、まどかの放つ必殺技スターライト・スラッシュがV2モンスターに届くまで間に合いそうにない。技が決まる時、確実に起きる衝撃波。それにあの小さな男の子が巻き込まれる可能性は十分にある。
父親は木陰を出たばかり、男の子は既にグラウンドの中央付近。一般市民に被害が及ばぬよう、なるべくトラックの内側で戦うことを心掛けていたつもりだったのに、彼らの行動にまで気が回らなかった。
視野が狭くなっていた自分に腹が立つ。全体を見て戦わなければならないのに、魔物のことばかり。
子ども達の他にもたくさん大人の姿があった、それに甘えてしまっていた。
もう少し何かできたんじゃないか。
学校に現れた蝉の魔物の時は一人でもどうにかできたのに。
言うなればあのときは偶々校内、しかも渡り廊下から昇降口という閉鎖的空間だった。
今回は小学校のグラウンドで、敷地という一応の区切りはあるものの、明らかに開放的な空間だ。更にスポ少の少年少女、その保護者、幼児、指導役の大人達――たくさんの人間が右往左往している状態。
もっと迅速に動かなければならなかった。
人命第一なのに、自分一人でどうにかするという考えばかりが先行した。
守れるはずの命が危険に晒される。
倒せばその衝撃波で男の子は吹き飛ばされるはずだ。
倒さなければ存在に気付いたカミキリの魔物が振り向きざまに男の子を襲うかも知れない。
一瞬の間にぐるぐると思考が巡り、呼吸が浅くなった。一時的に脳が酸欠状態になったみたいに頭の中が無になっていく。
躊躇する。振り下ろそうとした剣を構え直す。
その間にも、重力はまどかを離さない。
どこかの瞬間に技を放つ必要がある。
どこかの瞬間で男の子を父親の元に届ける必要がある。
魔法少女が絶望を与えるわけにはいかない。
誰も傷付けず、V2モンスターを倒す。倒して浄化する。これ以上、魔物と化した誰かが他人を傷付けないように――……
――黄色い閃光が、まどかの視界に入り込んだ。
高速で移動した何かが、男の子のいるV2モンスターの背後へ。
「まどか!! こっちは任せて!!」
長い金髪のポニーテールに、黒とピンクの衣装。
なぎさだ。
まどかの頬がフッと緩んだ。
「オッケー、なぎさ!!」
握り直した剣を、まどかは思いっ切り振り下ろす。
同時になぎさが男の子を抱えて飛び退き、父親の方へと向かっていくのが見えた。
スターライト・スラッシュの光と衝撃波がV2モンスター目掛けて走る。衝突、光が弾け、浄化――…………
突風がグラウンド全体に広がって、激しい砂埃を巻き起こした。
ザザッと木々が揺れる。
目映さと、風。全てが終わった合図。
光の消えたステラ・バトンを手にして、まどかは地面に片膝を付き、激しく肩で息をした。
「終わっ……た……」
声が震えている。
なぎさが来なかったらと思うと、今更のように震えが止まらなくなる。
「よかったな、しょうちゃん!!」
「危ないから手を離さないでくださいね」
「ありがとうございます、なぎささん!!」
無事に父親の元へ戻った男の子の頭を優しく撫でるなぎさの姿が、グラウンドの端っこに見えた。
にこやかに微笑むなぎさ。
「エンジェルステラ、マジ可愛い!!」
「本物だ! 本物!!」
「魔法少女、強いね! 凄いね!!」
「写真撮ろ、写真!!」
「パパにも見せなきゃ! 本物に助けられた証拠!!」
気が付くと、まどかの周囲にも人集りが出来ていた。
あちらこちらからスマホを片手に沢山の人が駆け寄ってきて、いつものようにパシャパシャと写真や動画を撮られている。
「こっち向いてまどか!!」
「可愛い!!」
「本物の方が断然可愛い!!」
「肌綺麗!」
「握手してください!!」
逃げ場もなく、どうしたら良いのか分からないまどかは、言われるままに手を振ったり、笑顔を振り撒いたり、子ども達と手を握ったり。
それもこれも、なぎさが駆け付けてくれたからだ。
もし、あの男の子が傷付いていたら、こうは……
「まどか!!」
一際通るような声で自分を呼ぶ声がして、まどかはふと顔を上げた。
跳ねるような軽快な足取りで、なぎさが手を振りながらこちらへと向かってくる。
「なぎさ!」
「なぎさ美人!!」
「背高い、可愛い!!」
なぎさに気付いた人々が、一斉に道を空ける。
ありがとうと礼を言いながら、寄ってくるなぎさは、いつもと同じように見えた。
「てっきり来ないのかと」
「ステラ・ウォッチが震えたからね。慌てて向かったけど、間に合って良かった」
それからしばらく、小学校のグラウンドは撮影・握手会の会場と化した。
いつも通り知らない誰かが二人の動画や写真を投稿し、生配信し……それがまた、別のところで問題になっているなんて、彼女達は思いも寄らなかったのだった。




