chapter.1 夏休みの悪夢
夏休み最初の週末、小学校の広いグラウンドにはスポーツ少年団のサッカー少年達が練習のために集っていた。コーチや監督、保護者を含めるとかなりの人数になる。子ども達の声や大人達の声援で、グラウンドはかなり活気づいていた。
夏の日差しから少しでも逃れようと、大人達は木陰にレジャーシートを敷いたり、タープテントをあちこちに設置したりして子ども達の活動を見守っている。
見学している保護者の中には、小さな子どもを抱えた親も多くいた。小学校入学前の子ども達は兄や姉を応援したり、同じ年頃の子ども同士で遊び合ったりと、自由な時間を過ごしている。親達も、子ども達の近況を伝え合ったり、日頃の悩みを相談し合ったりするのが日常だった。
幸いこの日は風もあり日差しもそれほど強くはなかったが、時間が経つにつれ気温が高くなる予報だったこともあり、活動時間を短くしようと監督から朝一番に指示があった。
熱中症を予防するために、普段より頻繁に休憩を挟む。
休憩の度に子ども達は日陰やテントの下にいる保護者の元に戻り水分と塩分を補給していた。
「あっちーね」
「汗やばい。早く帰りてぇ~」
「帰りアイスね」
他愛のない言葉を交わしつつ小休止する子ども達の一人が異変に気付いたのはそんな時。
「――コーチ?」
今の今まで普通に会話を交わしていたコーチの身体が突然歪み、膨れ上がり、皮膚は黒く硬く変化し、人間ではない何かに変わり果てていくのを、多くの人が目撃してしまう。
「コーチ!!!!」
「ぶ、V2が!!」
「早く、早く逃げろ……!!」
悲鳴を上げる余裕もなく腰が抜けて動けなくなる子どもや大人、動けなくなった人を引っ張る人、叫ぶだけ叫んで身動きの取れない人、必死に呼びかける人、警察と消防に連絡する人――……
爽やかな夏の朝が一気に地獄絵図に変わる。
「助けて、助けて誰か……!!」
幾つもの節がある細い手足、頭蓋の先端から突き出した長い二本の触角、鋭い顎。
カミキリ虫のような姿へと変貌したV2モンスターは、声にならない声をグラウンド中に轟かせた。
たどたどしく足を踏みしめ、一歩一歩前へと進んでくる魔物に、子ども達も大人も皆恐怖して泣き叫んだ。
「ギギ……ウガガ…………」
何かが軋むような声。
四本に増えた腕を交互に振り回し、今にも逃げ遅れた少年の一人に襲いかかろうと――……!!
「させ、るかぁ――――ッ!!!!」
ドンッと突風が吹き、砂埃が舞う。弾丸のような速さで、何かが魔物目掛けて突っ込んでくる。
白と紫、そして靡くピンク色のツインテール。
「え、エンジェルステラ……!!」
間一髪、助けられた少年の瞳に映ったのは、凜々しいまどかの横顔だった。
右ストレートで弾き飛ばされた魔物は数回転し、小学校の外壁まで吹っ飛んでいく。ガンッと壁に当たる音、が、直ぐに体勢を立て直してまどかの方に向かってくる。
「逃げて! あとは僕が!!」
少年の手を引いて立ち上がらせ、手を延べる大人達の方へと走らせる。
駆けていく背中、確実に少年が家族の元へ辿り着いたことを視界の端で確認、ありがとうの声。
視線を戻す、ガバッと大きな前ばねを広げたカミキリ型の魔物。薄い後ろばねを激しく震わせて発生させた重低音がそこら中に響き渡ると、現場は益々混乱した。
拡げた羽は数メートルにも及び、ただでさえ大きな虫型のシルエットを更に大きく見せている。高くなった日差しが地面に魔物の濃い影を落とす。
「くっ……!!」
まどかは地面を蹴り上げ、自ら魔物目掛けて突っ込んだ。
彼女の背後には逃げ惑う民間人が大勢いた。まだ小学校に入りたての小さな子どもも大勢いる。中にはお腹の大きなお母さんもいた。ベビーカーに乗せられた乳児も。
「僕が、盾にならなきゃ……!!」
ドン……ッ!!
衝突、そのまま空中で応戦、拳で連打、びくともしない。
ビュッと、今度は魔物の長い四本の腕が交互に伸びる。躱す、グラウンドに降りる、砂煙が立つ。更に攻撃、上下左右に躱す。思い切り屈む、長いツインテールに魔物の視界を遮る、懐に入る。
「てやあっ!!」
足元を掬うように回し蹴り、体勢を崩す魔物、地面に付いた手を軸にしてぐるんと数発蹴りを入れる。
ガガッと鈍い音。手応えがない、体勢を戻し振り向く。威嚇するように後ろばねを拡げた魔物が、口を大きく開けてまどか目掛けて突進してくる。
「ステラ・バトン、スターソード・モード!!」
まどかが叫んだ。
か細い手の中に、細身の片手剣が現れる。拡げた羽をイメージしたガードの真ん中に、トレードマークの星がきらめいている。
キラキラと光る刀身が、魔物の攻撃を受け止める、弾く、斬り込む――!!
次々に襲いかかる長い四本の手、弾いたかと思うと剥き出しの鋭い歯で襲われる、すんでで躱す、空気を裂く、スパッと切れた髪が散る。
攻撃が入らない。押される。
いつもと違ってなぎさに頼ることはできないのにと、まどかはギリリと歯を食い縛った。
「まどかぁ~~!! がんばれぇ~~!!」
声援に気付く。
「まどか~~!! 負けるなぁ~~!!」
「エンジェルステラ、がんばってぇ~~!!」
グラウンドを囲う木々の後ろに隠れるようにして、サッカーのユニフォームを着た子ども達が大人と一緒になって、必死に声を上げている。
子ども達が見ている。
――負けるわけには、いかない。
「頑張る、頑張るよ……!!」
大きく斬り込む! まどかの攻撃に、魔物の足元がグラッと揺らいだ。
今だ。
距離を取る。
浄化のための必殺技、力を溜める、スターソードが目映い光を放ち始める。
「スターライト……、スラッ…………」
飛び上がり、強烈な光を帯びた刀身を、今まさに振り下ろそうとしたその瞬間――……
まどかの目に飛び込んできたのは、木陰からグラウンドに向かっててくてくと笑顔で歩いてくる、小さな男の子の姿だった。
お読み頂きありがとうございます!
ご感想、リアクション、評価★★★★★、ブックマーク、レビューなどお気軽にどうぞ!
文学フリマ東京会場で頒布していたエンジェルステラグッズは、BOOTHでも入手出来ます……!
ページ下部の【天屋本舗】のリンクから飛んでみてくださいね!
遅くなってしまって申し訳ないです……!
月曜日中にはと思っていたのに、火曜日だし深夜だし、とにかく更新しました。
難産でした……
今後も毎週少しずつではありますが更新していきますので、お付き合いいただきますと幸いです……!!




