第8話 奈落の底にて
──見事に騙されたと、光源に照らされた洞窟を見まわしたがら、そう思う。
騙されたというか、こちらの認識が甘かったというべきか。仮面の男に騙されたと思い込まなければ立つ気力すら沸かないのだ、湧いてこないのだ。
「…………」
昇降機エレベーターに乗ってしばらく、俺達はボイドの底へ底へと降りていった。
途中までは良かったのだ。途中までは。
計算違いだったのは、社長に依頼された『ボイドの底にいると思われるナニカを討伐しろ』という、例の依頼である。
どうせ千年王国で作られていた採掘用機械兵何かだろうと思っていた。
採掘に使われていたモノ達が、かの国が四つに分裂するまでの百年間で使われなくなり、暴走。
結果、ボイドの底で人間を襲うようになった……的な。
そんなバックボーンがあるのではないかと、なんとなく推測していた。
再三申し訳ない。だが言わせてもらう。認識が甘かったのだ。
千年王国の技術には失われてしまったモノも多い。
俺が着けている義手だったり、飛行船だったり、機械兵ゴーレムだったり。様々なモノが歴史の闇に葬り去られた。
今回の件は、その中にとんでもないモノが紛れていただけの話。それだけが原因でこうなったのだ。
最下層まで降りていく最中、俺達は巨大な機械兵ゴーレムに遭遇した。見上げるほど大きくて、見下げるほどに小さかった。
ソレが今まで採掘しようとしてきた人達を殺したのだと瞬時に悟った瞬間である。
腕を振るうだけで空気が揺れて、歩くだけで地面が揺れていた。そんな奴にこちらの存在を察知されたら……。
そりゃあ、こうなるに決まっているさ。
結果として、皆が昇降機から落とされた。全員が下に落ちていく中で、唯一縦穴に落ちていった俺は、転がり落ちながらも起き上がり……現在に至る。
ここは番外特区・ボイドの最下層。
日の光すら届かない地底。こんな所なのに息が出来るのはどういう仕組みなのだろう。
様々な要因で酸素欠乏症に陥り、一人ひっそりと死んでいくものとばかり思っていたのに。神様とやらがいるのなら感謝したいくらいだ。
「厄介な事になったな、くそっ」
呟き、周りの状況を確認する。
完全な暗闇という訳ではない。アザール鉱石らしきモノがいくつも壁に埋まっていて、それらが光源となって辺りを青く照らしていた。
ここは昔使われていたのか、整然と整えられた通路が先へ先へと続いていて、
「どうするか……」
迷う。今の所存在している二つの選択肢の内、どちらを選択するのが正解なのか。
一つは元来た道を戻って地上に帰還するというモノ。壁上りの技術はあるし、相当深い穴でも休み休みで行けば登って地上に帰還するのはそう難しくない。まああの巨大機械兵に見つからないのが前提だが。
一つはこの道を進んで未知を見るか。何も得られないよりはそうした方が良いだろうし、むしろこちらの方が最善の選択肢のようにも思えてしまう。
情報か、命か。
究極の選択だ。
ここに他の誰かがいたのなら、この選択肢の中から一つ選んでほしかった。
神に縋る哀れな子羊を演じてもいい。誰か助けてくれ。最良の選択肢を選んでくれ。
だが、現実は残酷だし時は無情に進み続ける。
その場に縫い付けられたように立ち尽くす。俺以外に誰もいないこの場所では、能動的に動かない限りは状況が動かない。
何も考えられない無知なバカなら良かった。
だがものを考えられるからこそ、不確定要素が多いこの空間が恐ろしくてたまらない。
またあの機械兵ゴーレムに遭遇したらどうする。もし他の個体がいたら。あれ以外に何かいたら、戦うのか。……戦えるのか?
俺の武装はチンケな片手剣とこの義手のみ。
義手の機能の一つとして、専用弾の黒い杭をマッハ数一で飛ばすというモノがあるが、飛ばすものを再装填するのに約三十秒もの時間を必要とする。
もし外したらその後はどうする。その先はなく、必殺の攻撃手段を無くした俺は成すすべもなく殺られてしまうだろう。
この黒いコートの内側にはあの重いヤツが十本ある。
義手をくれたガヴィルスさんに無理矢理持たされたのが始まりだった。これのせいで腹筋などの様々な筋肉が鍛えられ、こんなのを持っていても身軽に動けるようにまでなっている。勿論、望んでやっている訳ではないのだが。
あんな高い所から落ちても助かったのは、一重にソレのおかげなのでますますなんとも言えなかった。
──そして、決断する。
このよく分からない道を進もうと、俺は歩き始めた。
「長いな……どこまで続いてんだろ」
体感で数十分ほど、ひたすらにこの道を進み続けていた。
進んでいくごとに道は整えられ、平になり、壁に含まれているであろうアザール鉱石の量も多くなって光源も増えてきている。
正直ここまで長いと思っていなかったので、若干疲れてきていた。それに、目を背けていた食糧問題についても考え始めていく。
「……水に最低限の食糧、ね。持ってきてねぇぞ。どうする? 最悪水はどうにかなるとして、食糧……どうする?」
どんな手段かは敢えて伏せるが、水自体はどうにかなるだろう。
問題は食糧だ。
こんな所にいつまでもいては餓死するのは確定。一刻も早く地上に帰って現状を報告するのが最善だったはず。
なぜこんな所にまで来てしまったのか。
「帰りたいな。こんな事になるなら、この仕事受けんじゃなかった」
誰もいない所がこんなにも恐ろしいと思ったことはない。
引き返せば地上に出られるという事もあり、その気持ちは時が経つごとに強まっていく。
せわしなく辺りを見回して、誰かいないかと無意味な行動をし続ける。
自身の状態に目を向けるよりも重要なのは、この通路についてだろう。
この道は坂道で、道を進んでいくごとに傾斜は急になっていっていた。
それに昔使われていたと思われる機械がそこら中に散乱していて、この道の他にも様々な道が枝分かれしている。
その様子はさながら蟻の巣といった所か。
コツ、コツ、コツ、と。
足を踏みしめる度にそんな音が周囲の空気を震わせている。
周りの暗闇からは視線を向けられているような気がして仕方ない。
それがあの三人のモノだったのなら、どれだけ良かった事だろう。
「…………」
俺はあの三人を見捨ててここにいる。ソレを明確に自覚しなくてはならない。
物語の主人公なら、自身の命を優先せずにあの三人を助けるためにあの縦穴を登るはずだ。
正義感に駆られて、ごく普通の倫理観、価値観を持っている人間ならば助けたはずだ。
だが、俺はそんなモノじゃない。
物語の類型というか、よく見る展開の一つに、『一人の少女を犠牲にして世界を救うか、犠牲にせずに世界を滅ぼすか』なんて選択を迫られるというモノがある。
主人公は当然とばかりに少女を救い世界を捨てるのだ。
どちらを選んでも主人公は報われないし救われない。
そんなバッドエンドでしか終わらない物語が本の中にある。
そんな場に居合わせて、なおかつその選択肢を選べるのなら……俺は躊躇なく少女を見捨てて世界を救うだろう。
たとえそれが愛する人でも、躊躇なく見捨てる事だろう。
なんとなくそんな確信があった。
変な事を考え始めているのは、それほど疲労している証拠なのか。
俺にできる事はただ歩く事だけだ。この場でそれ以外の事なんてできはしないし、たとえ他の事をしても徒労に終わることだろう。
「──あ」
それを見つけたのは、全くの偶然だった。
「けっ、こん?」
けっこん。血痕。血の跡。ポタポタと垂れていて、道標のように洞窟の中に続いている痕跡。
それはここに自分以外の生き物がいる証であり、怪我をしているという証でもある。
ここで、また俺は選択を迫られた。
この血の痕跡の先にいる生き物を一目でも見て、仮に人だったら助ける、人でなければ逃げるか殺す。
それとも、今度こそ助けられる命を捨てて、僅かな可能性に縋ってこの道を進み続けるか。
僅かな可能性、というのは、ここに来る前に仮面の男に聞かされた地上への出入り口についてだ。
昔使われていたとされているそこに行けば、地上に出られる、という、この状況では凄く有り難い希望である。
この血痕を辿って行くのか?
俺は、どうすればいい?
「……助けられる命なら、助けたほうが、いい」
震えた声で呟く。
「物語の主人公なら……主人公なら、そうするはずだ」
足がその血痕を辿ろうと動き始める。
「──主人公なら」
動き、始めた。




