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第7話 結局

「……遅いな」


 次の日、俺はボイドの近くにあるカフェで紅茶を飲みながら、あの会議室にいた六人の事を待っていた。

 外には例の巨大な穴が見えていて、今座っている席から外を見れば底なしの穴がある。今からあそこに潜るとなるとゾッとするが、これも仕事なので特に躊躇はない。


「いつまで待たせんだよ、ったく」


 あの後、エクスプローラーズを襲撃した奴らはゾンビと呼称されることになった。

 襲撃してきた奴らの特徴として、顔が腐敗している事が上げられる。動く死体リビングデッドの特徴と一致しているのだ。だから、ゾンビ。


 この騒動の影響で、今日ボイドに侵入するはずの七人は六人に減ってしまった。

 仕事に参加するはずだった新人二人は、精神的なショックでこの組織を黙って出ていく結果となってしまう。


「…………」


 そう、二人である。

 決して全員が組織から出ていった訳ではないのだ。

 実の所、問題はそれなのだ。未だ俺を虎視眈々と狙っている奴が、まだ残っている。

 言わずもがな、ルーナである。理由は不明だが俺を惚れさせようとしているらしい彼女は、鬱陶しいことこの上ない。


 紅茶を飲んで、ついでにため息も飲み込んでいく。

 外の景色は変わらず平和そうで、あの建物で起きた事件の影響は何もないようだった。


 ……エクスプローラーズの施設で死んだ人々が居なくとも、世界は緩やかに廻っていくのだ。

 ある役割を担っていた人が死んだとしても、その代わりは誰かが必ず努めてくれる。

 社会とはそういうもので、かくいう俺もまた、そんな事はとっくに理解している筈なのに。


「……はぁ」


 どうしようもなく気分が悪い。

 この場合ケースに限らず、人の死体を見た後はいつもそうだ。

 いっそ人の気持ちに共感できないサイコパスにでもなってしまいたいが、それもまた無理な話。


 人の性格はそう簡単に変わらない事は、実体験と共に理解している。

 俺は面倒くさがり屋で、無気力で、嘘つきで、人間的な魅力なんて何一つない人間だ。

 何度治そうとした事か。結局治せずに今日まで生きてきたのだからなんとも言えないけれど。


 と、そんな自己嫌悪の念に囚われていたのがいけなかったのか──背後からの人影に、ギリギリまで気づかなかった。



「せーんぱい♪」


 そう言って、ルーナは肩をポンと叩いてくる。

 余計な事を考えられる程度に緩んでいた気持ちが、今の一瞬ですぐ引き締まった。

 相変わらずの作り声。ニコニコと笑うその顔。ああ、駄目だ。そのどれもが胡散臭くて仕方ない。


 例の赤髪は束ねられてポニーテールに。ガッチガチの戦闘服を着ていて、その心意気や良しと社長ならは褒めることだろう。


「前の席、座りますね」


 彼女は言う通りに席に座って、ちょうど側を通った店員さんに「紅茶、注文してもいいですか?」なんて事を口にする。

 礼をしてどこかにいった店員さんを目で追いかけていると、ルーナが話しかけてきた。


「昨日、なんで私達を助けてくれたんですか?」


「単純にアイツにムカついたから。別にお前らを助けた訳じゃない……というか、昨日から気になってたんだけど、あの場にいた新人って何人いたんだ?」


「面倒くさくなって話をすり替えましたね、先輩」


「そんな事ねぇよ……いや、ホント気になってたんだ。エクスプローラーズの構成員は多いし、もしかしたら俺が知らない人もいたかもしれないけど、あの場にいた奴らについて、ほとんど知らなかったもんだから」


 先程の店員さんがルーナに紅茶を持ってきた。

 礼を言った彼女はコップに口をつけて、机に置く。

 カランと、コップの中に入っている氷が音を立てて揺れている。


「あの場にいた新人さんは、私を含めた四人ですよ。予め受けていた面接とか試験とかで出会ったので間違いないです」


「なるほど……」


 新人は四人。

 ここで疑問に思ったのは、なぜ社長は新人を重要な任務に連れて行こうとしたのかという、至極どうでもいい事だ。

 あの人の事だから、仕事を達成させて実践経験を得させようとしていたのだろう。コイツらから見て先輩に当たる俺達三人が守ってくれる、なんて事も思ったかもしれない。

 ホント、ロクでもない人だ。根性論とかと同じくらい信用できない持論を展開する狂人だ。


 ああいうのを熱血漢とでも呼称すればいいか。


「ありがとう。気になってたんだ、ソレ」


「いえいえ、お気遣いなく……」


 そんな他愛のない会話をすること数分。

 店内の壁に掛けられた時計は九時五十五分を指していて、集合時間の十時まであと五分という所まで差し掛かった。


 シーナとレイゼン。あの二人はまだ来ないのか?

 貧乏ゆすりをしながら、アイツらが来るのを待つ。 


 意思を感じさせない機械的な動きで時計の針は進んでいき、遂に九時五十八分を指した……所で、遂に二人が店内に入ってきた。


「おい遅ぇぞ、どんだけ待たせんだよ」


 俺がそう言うと、彼らは口々に言った。間に合ったからいいじゃないか、そうだそうだ、何をそんなに怒っているんだ、などなど。

 五分前集合は基本だろうに。社会人ならそれくらい弁えておくべきだ。

 エクスプローラーズなんて組織に加入している以上、そんな常識的な事を語り聞かせた所で何でもない。それは分かっているが、割り切れない事もある。


「──じゃあ行くか。依頼主は番外特区・ボイドの西側にいるらしいぜ」


 俺の声に、この場にいる四人は頷いた。


 ◇◇


 かつての千年王国は、いくつもの区に分けられていたらしい。

 第一区、第二区など、それぞれの区にはちゃんとした役割があって、どこも今では考えられない程に栄えていたのだそう。 


 それも当然だろうと、話している三人を見ながら思った。仲間はずれというか、一人ぼっちになっている状態で、思った。


 昔は採掘するアザール鉱石の量に気を使わなくても良かった。採掘所はいつの間にか巨大な穴になっているほどなので、よほど調子に乗っていたのだろうか。

 アザール鉱石から得られるエネルギー・ウィスタリアの力で確かに千年王国は発展したが、無論そんな平和が長続きするはずが無い。

 鉄やレアメタルと同じく、アザール鉱石もまた限りある資源なのだから。


 資源はいずれ尽きる。 

 そんな事は分かりすぎるほどに分かっていたはずなのに、


「……冷たっ」


 風が全身を包み込むように吹いていく。 

 今の季節は春の下旬。

 当然の如く冷え切った風が吹いていた。


 気温は冬と春の中間辺りか。

 どんな季節でも左腕の義手を隠すために長袖を着ているが、両袖が長いのはつまりそういう事で。

 特別寒くもないが熱くもない、暖かくもない。

 空には日の光を遮る雲が立ち込めていて、それはちょうど今の俺の気分を代弁しているようだった。


 ──四人は早足で歩を進めていき、やがて依頼主らしき人物に遭遇する。


 その人物は社長に聞いていた通りに奇妙な仮面を被っていて、護衛に二人の男を連れていた。 

 彼らの背後には木製の昇降機(エレベーター)があり、恐らくそれに乗って下に降りていくのだと思われる。

 底なしの穴に降りていく為にあるソレは、俺達の足を萎縮させるのには十分の魔力を放っていて、


「コレ、大丈夫なんですか……?」


 シーナは丁寧な口調でそう言った。

 それには依頼主の仮面の男が答えてくれる。


「大丈夫ですよ。なにせ、十数人を乗せても落ちなかったんですから。仮にコレが使えなくなっても、下には地上に上がる為の道があるのでご安心を」


 その見た目に反して、何処か優しげな印象を与える声だった。彼は大げさな身振りで俺達の視線をあの昇降機(エレベーター)に誘導してくる。


「必要な人数が少ない件についてはガヴィルスさんから聞かされました。大変でしたな」


「あ……いえいえ、大丈夫ですよ。私達エクスプローラーズは、そういうモノに慣れていますから」


 普段のふざけたキャラはどこへやら。

 レイゼンは萎縮して仮面の男に言う。

 目上の存在に弱いのは、どんな人間も抱えている性質なのでなんとも言えないが、その光景を見て少し気持ち悪く感じた。


「では、お乗り下さい。安全性は保証しますよ」


 仮面の男は、先程と変わらない声音で言った。

『一旦』完結。また書き始めます。

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