第5話 カオナシのヒトガタ
吹き飛ばされて、そのまま壁に激突してしまう。
義手を壁につけてなんとか衝撃を受け流すと、空中で反転して吹き飛ばした奴の姿を直視した。
「な……」
その時の驚きをどう形容すればいいのだろうか。
意外も意外。そこにいたのは紛れもなく、先程ルーナに絡んだチャラい男だった。
社長の鉄拳で顔面を割り砕かれ、窓ガラスから外にまで飛ばされたはずなのに、なぜ。
常人なら動けないはず。
「…………」
その時、俺は見た。
男の顔が血まみれになっている。あのチャラい顔の原型がなくなっていて、頬には僅かな白い色が。頭蓋骨が露出している。信じられない。
それでも動いているのは、やはり胸の青い鉱石が原因か。
アザール鉱石。それが本来心臓があるはずの左胸にある。あれが見えているのは、肋骨が胸の肉から飛び出ていて、僅かな光を見ることができているからだ。
部屋に腐敗臭が立ち込めていく。
男は足をズルズルと引きずり、俺の方に近づいてきた。
窓際にいた奴らはというと、呆然とその元人間の姿を見ていた。声も出ないようで、恐怖の色に染まった顔をこちらに向けてくる。
奴が放った銃弾を受け止めたのを見て、俺ならばアイツをどうにかできると思っているのだろう。
だが、あれは駄目だ。
人では無くなったモノをどうにかする事なんて出来はしない。
「ア"ァッ!」
威嚇するように、カオナシの男は吠える。
一縷の望みを抱いて胸にあるアザール鉱石を破壊して見るのも良いかもしれないが、その先はないのだ。
手に負えなくなれば、いよいよエクスプローラーズの総力を上げてミンチにするしかないだろう。
「……これが群像劇だったらな」
思わずそう呟き、自身の発言の意味の無さに苦笑する。
群像劇。多人数の視点で物語を描く技法。
神様みたいな立場なら、あの男に何があったのか把握できそうなものだが。
意味はない。神様なんて存在すら曖昧なものになれる訳がないからだ。
「う、うわぁぁぁぁぁぁッ!」
社長に誘われて会議室に集まった七人の内の一人の男性が、懐から物騒なものを取り出す。
機関銃。黒い筒の中で火薬を爆発させて弾丸を放つ、殺傷能力が高い武器である。
一般人が手に入れるのは非常に困難なはず。金持ちか何かだ…うか。
それはともかく、彼は機関銃マシンガンの引き金を引いた。
無数の弾丸がカオナシの男に襲いかかる。数秒もしない内にその体の所々に風穴を開けていき、彼が弾丸を打ち尽くした頃にはピクリとも動かなくなっていた。
円卓の影に隠れてその遺体の様子はよく見えないが、相当酷い有様なのだろう。
彼と窓際で話していた女性二人は、吐き気を堪えるかの如く口を手で覆っている。
ガタガタと震え、カオナシの男の死体がある所に銃口を突きつけた。
「し、死ね! 化け物!」
そうして、彼は引き金を……。
「ッ! おい!」
その前に遺体だったはずの男に襲いかかられた彼を見て、思わずそう叫んでしまう。
そのままのしかかられた彼は、カオナシの男にどんどん体を解体されていく。
グチャ、グチャ、と。部屋に生々しい音が響き渡る。
「アァァァァァァッ!!」
「キャアァァァァァァッ!!」
女性陣の叫び声と、それ以上に凄惨な銃を持っていた彼の声が部屋中に響き渡った。
「せ、先輩!」
ルーナは、そう言ってこちらの隣に立つ。
気が気でないし今すぐにでも離れたいのだが、今はそんな事を言ってられない。
それよりも、奴に関しての考察を纏めなくては。
この会議室は、エクスプローラーズが保有している建物の二階にある。
だが、あの男は容易くここまで来てしまった。これはどういう事なのか。
それは、とんでもないジャンプ力があるという事に他ならない。
跳ぶ高さを上げるには、体の様々な部位を鍛えなければならない。言い換えれば筋肉のハードルを容易く踏み超える程の馬鹿力を持っていれば、二階までひとっ飛びで来てしまうジャンプ力を得られるという事だ。
能力の一つとして、怪力があると仮定しておこう。
「ウ"ウ"ッ……ア"ァァァァァァッ!!」
ルーナを誘った時に、あのチャラい男から聞いた声。
アレが、こうなるとは。
「皆さん逃げましょう! このままだと、私達死んじゃいますよ!」
俺に話しかけてきた時とは違う、やや低い声でルーナは言った。
作り声だったのか、さっきまでの声は。
まあ本当に彼女の言う通りなので、ここは黙って退散するとしよう。
俺達は扉の方まで走っていく。それを追いかけてくるカオナシの男。思った以上に速く、このままでは追いつかれてしまう……という所まできた。
「早く早く! 扉開けてよ!」
先頭にいた俺にそういう女性。彼女に言われるまでもなくドアノブに手をかけていたので、そのまま木製の扉を開けようとする。
だが、開かない。
……開かない。
…………開かない。
………………開かねぇ。
……………………なんで開かねぇんだよ。
「──どういう事だ!」
溜まっていたイライラが爆発した瞬間である。
我慢の限界というか、もうこれ以上は耐えられない。ストレスで精神崩壊を引き起こしてしまう。
「クソがァ──」
眠たかったのに朝から無理矢理会議に参加させられたり、ルーナとかいう奴に帰路を妨害されるし、原因不明の手段で吹き飛ばされるし、今も変な奴に殺されかけているし!
「──ふざけやがって! ふざけやがって! ふざけやがって! ああイラつく! 何なんだよさっきからよォ!!」
この部屋にいる女性達が、俺の怒気に当てられてブルリと震えた。
そんな反応に気づきながらも、髪を乱雑に掻きむしったり扉を義手で殴り壊そうとしたり、物にあたったりして何とか怒りを分散させようとする。
「ア"ァッ……ァ"アアッ!」
カオナシの男はなぜかその場に留まり、しきりに円卓を蹴り、殴っていた。俺と同じように。
イライラしているのだろう。直感的にそう悟った。
「……チッ」
溜まりに溜まった怒りを発散する方法は、この場ではたった一つに限られる。
「……ちょうどいい喧嘩相手がいるな」
「先輩? まさかあの怪物と戦うつもりじゃあ」
「ああ、お前らの事は俺が助けてやる」
その後も話しかけてくるルーナにひと睨みくれてやると、彼女はそれっきり話さなくなった。
溜まりに溜まった怒りを発散する方法。
「おい」
それは、そのストレスの全てを何者かにぶつける事だ。
「俺と戦おうぜ? なぁ」
近くで見ると、このカオナシの男はとても不気味で気持ち悪かった。
目があったであろう所には何もなく、ただポッカリと黒い穴が空いていた。顔全体がなぜか腐敗していて、先程からの匂いの原因がコレだと断定する。
体中に開いていたはずの穴は全て塞がっていた。銃撃の威力はすぐに自然治癒する程甘くない。何かあると見ていいだろう。
頭皮には僅かに金の髪が残っていて、それが更に不気味さを際立たせた。
「…………」
無言で抜剣。
刀身は窓から入ってくる日の光で輝き、構えると、向こう側もまた突撃体制をとる。
こちらの武装は、刃渡り八十SLセチルの片手剣。それに旧千年王国の遺産の義手。義手の内部に特殊な杭とそれを放つ為の様々な機構が存在している。
数秒の時間が経過した。
そして、
「ぶっ殺してやる! 来いやァァァァァァ!!」
叫び、カオナシの男に突撃した。




