第4話 人の末路
「そういえば──ボイドの調査なんて仕事、一体誰が任せたんですか?」
一度も話していなかった一人の女性が、手を上げて発言する。意外そうにするガヴィルスさんを見て、また眠気が霧散した。
あんな表情、余程の事がない限りしない。まさか、聞かれたらまずい事情でもあるのだろうか。
「いや、その……」
彼は歯切れの悪い返事を返す。
社長に問いかけた彼女には特に特徴がなく、この国ではさして珍しくもない金髪の女性だった。
興味を無くし、再び外をボーッと眺める。
「実は、俺もよく分からないんだ。二日前に仲介人がここに来てな、ボイドの調査なんて仕事を依頼された」
「仲介人……どんな人でしたか?」
「変な仮面を着けてたな。赤い塗料で全体を塗りたくたやつだった。それ以外に特徴はない」
「なるほど……」
金髪の女性は何か考えるような素振りをしつつ、机を人差し指でトントンと叩き始めた。
何故だろう。少しイライラしているように見えるのは。その間にも会議は進んでいくので、再び話し合いに耳を傾けていく。
どうやら集合時間の話をしているようだった。
社長を司会とするこの会議はスムーズに進んでいき、メンバーの都合のいい時間を聞き始めている。
一人、二人。次々と時間を言う中で、ちょうど真ん中辺りにいる俺に順番が回ってきた。
壁にかけられている時計を見て見ると、時計の針は十時五分前後を指している。
集合時間は十時なので、一応この時間までには間に合うという事なのだろう。
とりあえず十時くらいと答えておく。
その後、全員の都合のいい時間を聞き終えて手元の紙にメモした社長は、少しの間俯いたもののすぐに言った。
「んじゃ、今日と同じ十時くらいにしておくか」
全員が返事をすると、
「今日はこれで解散! 各自、英気を養っておいてくれ!」
そう言って、会議室を出ていってしまう。
……え? 終わり?
「……嘘だろ」
もしかしたら、いつも行われている会議もこれくらい短いのかもしれない。
それはそれで問題だけれど、今度行なわれるものがあるなら参加してもいいかも。
ガヴィルスさんが建てたこのエクスプローラーズは、創立百年の傭兵貸し出し屋……なんて一見意味の分からない事を生業としている。
毎日のように人を雇用し、ある程度の実力がある奴らを傭兵として各地に放つ。
そんな荒唐無稽な事を事業として確立しているのだから、社長の手腕が伺えるというもの。
毎日のように人が死んでは雇われ、死んでは雇われの繰り返しだ。
危険は大きいがその代わりに莫大な金が手に入る、いわゆるハイリスクハイリターンというやつである。
……さて、取り残されてしまった俺達はこれからどうすればいいというのか。
多分だけれど、全員の目的はバラバラなのだと思う。
俺は早く帰りたいし、窓際の男女三人は雑談に興じている。男二人はもうここにはいない。赤髪の少女は椅子に座って円卓の光沢を眺めている。
共通点も何もない。特に俺から少し離れた椅子に座っている少女については何も分からなかった。
このままアイツを放っておけば、あの男女三人が会議室から居なくなっても俯いているに違いない。
なんとなくそんな確信があったが……放っておこう。早く帰ってベッドに潜り込みたいし。眠いし、眠いし。
席から立ち上がり、ゆっくりと扉の方にまで歩を進めていく。
「ん?」
その道中に、なぜか赤髪の少女に袖を引っ張られた。
こう、袖の端を摘んでいるような感じである。
視線を向けると、彼女は上目遣いでこちらを見ていて、
「あの、私、ルーナっていいます。新人なのでまだ分からない事も多いですが、よろしく」
その瞬間、全てを悟った。
言葉の端々から感じられる、どこか演技風な響き。気に入られようとする態度。
男に媚びているというか、俺に話しかける事によって得られるメリットを明確に見据えているような感じがする。
自分で思うのも何だが──俺は弱い。
弱いから、あいての弱手をついて敵を排除する戦法を取るようになった。
その過程で様々な人物の特徴を観察してきたが為に、人から見れば異常と言われる程の観察力と洞察力、分析力を身に着けている。
だから分かるのだ。赤髪の少女──ルーナとかいう奴の胡散臭さが。
「…………」
気がつくと、こいつの事を冷たい目で見下ろしていた。
「早速で悪いんですけど、この後色々教えてくれないですか? 一応試験とか面接とか受けて、この組織で行われてる事は把握してるんですけど、ちょっと分からない部分も多くて……」
「いや、ごめん。この後予定あるから」
「あ、リターンが無いから不満なんですか? なら……この後一緒にお茶でもどうでしょう」
「間に合ってるよ。教わりたいなら他の奴に頼んてくれ」
「そう言わずに、ね? お願いしますよ〜」
本当にコイツとは関わりたくない。
初対面の時に緊張している様子だったから気を使って紅茶を出したのが裏目に出たか。
これが戦闘中なら剣でその首を切り裂いている所だ。
無意識に後退していく俺に、ルーナはしつこく話しかけてくる。
「しばらく私と一緒にいましょうよ、先輩。きっと楽しいですよ?」
「ああ、お前は楽しいだろうな。けど俺は楽しくないだろうさ。楽しくなくなるだろうさ。だから駄目だ。離してくれよ」
現在、コイツに左手首を掴まれていた。
ちょうど俺の義手がある側の腕なので、この義手を狙っているのではないかと内心ヒヤヒヤし始めている。
この義手は、かつて千年王国で作られたもの。
今は製造されておらず、闇市か何かで取引されているから絶対に取られないようにと、これを買って失った右腕に取り付けてくれたガヴィルスさんに言われていて、
「じゃあ、これで」
俺は彼女から手を振り解いて離れていく。
だが逃がさないとでも言うつもりか、今度は右腕を掴まれた。こいつの執念にはゾッとする。
何も知らなければ、あるいは予測していなければ、この行為を積極的だと捉えるかもしれない。
けれど、現実にそういうことは起こり得ないのだ。
ハーレムなんて存在しない。モテるなんてものは限られた奴のみに許される特権であって、少し女性を助けただけで惚れこまれる事なんてあり得ないのだ。
僅かに怒気を含んだ震えた声をルーナに浴びせる。
「いい加減にしろよ? 予定があるって言ったよな? 何? 嫌がらせ?」
しかしまあ、何を勘違いしたのかは知らないが、少女は笑顔で俺に言う。
「そんな予定なんてどうでもいいじゃないですか。どうせ大した事じゃないんでしょう?」
ぶち殺してやろうかこの野郎。
拳を振り上げかけるが、理性でなんとか抑え込み、コイツに対する評価を改めた。
自身の容姿に自信があるのが見て取れるし、ややナルシズム的な側面も感じさせる。
今までに恐らく何人かがこいつの毒牙にかかってしまっているのだろう。
なぜすぐ人が死ぬエクスプローラーズに入ったのかは不明。少なくともロクでもない理由なのは確かだ。
「はぁ……」
関わりたくない。本当に。
一刻も早く帰りたいのに何してくれてんだ、こいつは。
今度こそ本当に帰る為、強引にルーナの手を振り払う。髪をかき乱しながら早足で扉の前に行くと、ドアノブに手をかけて扉を開け、そのまま部屋を──。
「ア"ァァァァァァッ!!」
その時、獣のような声が建物内に響き渡った。
音源は俺の背後。唐突な危機感を覚え、鞘に収めている剣を抜剣しようとし……。




