第3話 会議開始
「いや、会議には参加しないと……」
優しく断ろうとする赤髪の少女に苛立ちを感じたのか、彼女の右腕を掴んで席から強引に立ち上がらせる。
「はぁ?」
意味が分からない。
他の奴らもなぜかこの状況を諦観しているし……まさか、誰も助けないつもりが?
あいつがこんな目に遭っているのに? 同じ組織に所属する仲間なら助けに行くだろう。普通は。
だが、それは俺自身にも言えて。
「いいから来てよ。手間掛けさせやがって」
「あのっ! 止めて……助けてくださいっ! 誰か!」
静寂。
赤髪の少女はどんどん扉の方に連れて行かれてしまう。
てかもう、確定だろ。八人の仕事人。誰か必ず関係のない奴がいるのは目に見えていた。
そしてそれがあいつだと、なぜ早く結論づけなかったのだろうか。
「おい」
チャラい男に話しかける。
「あぁ? 文句あんのかゴラァ!」
情緒不安定というか、もう狂人だろ。
何でも自分の思い通りになると思い込んでやがる。
「あるに決まってんだろ。嫌がってんだから止めてやれ」
無言で睨みつけた。
そんな俺から何かを感じ取ったのか、彼は動きを硬直させて少女から手を離す。
男は動揺した後、ポケットを弄って何かを取り出した。何だあれ、拳銃?
「俺の言うこと聞きやがれ。じゃないと撃つぞ」
よく見たら、葉巻を吸っているようだった。
その匂いはかぎ覚えのあったもの。裏社会での揉め事をエクスプローラーズ総出で片付けた時の、アレだ。
違法薬物ルベルト。その葉巻の名称はすぐに思い浮かふ。
おかしな言動もあの薬物が原因か。何かしらの錯乱状態にあるのかもしれない。
「頭おかしいんじゃねぇの?」
そもそも、前提を間違えている。
俺の事を──銃火器程度で従わせられると思っているのか。
「チッ……この世は俺中心に回ってんの! 指図すんな!!」
ガキみたいな事を言いやがった後、こいつは発砲した。
放たれた弾丸を受け止める。
正確には左手で掴み取り、そのまま握り潰した。
その時、この場にいる誰もが気がついただろう。俺の左腕の異常に。
「……義手?」
恐る恐る、といった感じで上面にいた赤髪の少女は呟く。
あまり人に見られたくなかったのだが。まあ仕方ないだろう。今日の仕事の状況次第では義手の機能を使うこともあっただろうから。
黒いコートの長い袖の中に隠していた左腕が、たった今明らかになった。
「おまっ……銃弾の速度なんKMキロメドルだと思ってんだ!」
「約八百四十KMキロメドル。けど、予め予測しとけばこの距離でも止められるだろ」
そう、本当に何でもない事なのだ。
腰に拳銃のホルダーがあるのはすぐに見えたし、薬物を摂取している事から正気でない事も分かっている。後は数少ない取り柄である反応速度をフルに活かせば……。
「ほら」
歪に潰れた弾丸を男の方に放り投げる。
まあ、ほんの二割くらいは義手のおかげだ。脳の命令にいち早く反応してくれたから、こんな芸当ができてしまう。
周りの奴らは無言でこちらを見つめてきている。はっきり言って居心地が悪い。
「てか、お前誰だよ。この会議には七人しか呼ばれてないはずだけど?」
「はぁ? 会議? そんなの知らねぇよ。俺はただ、そこの可愛子ちゃんを追いかけてきただけだし」
「……ルベルトの副作用かよ。ったく、誰も入り口で追い返さなかったのか?」
違法薬物として有名なルベルトを服用すると、自身の欲求に素直になる。
三大欲求は勿論のこと、あの女を襲いたいだとかあいつを殴りたいとか、そんな瞬間的な欲望に忠実に従ってしまうのだ。
そこの赤髪の少女を追いかけたい、ひょっとしたら付き合いたいと思ったのだろう。
その欲求に従った結果、こんな厄介な事になっている。
「おい、誰か一緒につまみ出そうぜ? こいつ。はた迷惑にも程がある」
そう言って、他の奴らに目を向けた。
だが、どうしたというのか。彼らはなぜか後退って俺の後ろを見ている。不信に思ってもう一度男の方に視線を向けると……。
「あ……どうも」
思わず、そう挨拶してしまう。
彼は俺達の様子を見て後ろを向いた。
──尋常ではない威圧感。
白髪が揺らめいていて、その顔を見て東洋の伝承にある『鬼』を連想する。
筋骨隆々の体。似合わないスーツを着て、拳骨を振り上げるその姿は、ここにいるほとんどの奴らがよく知る人物だった。
「社長」
実業家ガヴィルス。エクスプローラーズの創設者にして、ここに俺達を集めた張本人だ。
チャラい男はブルリと体を震わせてその場から逃走しようとする。薬物の効果をもってしても、社長の怒気に触れたらひとたまりもないらしい。
「てめぇ──」
床が揺れるほどの鋭い踏み込み。
その拳は隕石の如く。
「──何してやがんだァァァァァァッ!!」
神速の拳が、男の顔面に叩き込まれた。
◇◇
「いやーすまんすまん。ちょっと熱くなっちまって」
ガヴィルスさんの声を聞くと萎縮してしまうのはなぜなのか。とりあえず関わりたくないので今すぐこの会議を終えてしまいたい。
それは他の奴らも同じようで、俯いている者が大多数を占めている。
先程まで社長がいた床の付近にはなぜか鮮血が飛び散っていた。
なぜか、である。何があったのかなんて事はご想像にお任せしよう。
ある意味混沌とした空間の中で、ガヴィルスさんはよく通る声で宣言する。
「じゃあ始めるか!」
先程の出来事がまるでなかったかのような雰囲気だ。その態度から『忘れろ』と言外に言われている気がして、意識を切り替えていく。
あの人は言っていた。重要な仕事が舞い込んできたから、明日それについての会議を行うと。
議題は『その仕事を受けるか否か』。事前に伝えられているのはそれだけだ。
「事前に伝えておいた通り、俺達エクスプローラーズにある依頼が舞い込んてきた。何だか分かるか?」
分かるものか。
何を言うかと思えば……早く本題に入ってほしい。どんな仕事でも賛成すれば丸く収まる。
早く帰ってダラダラしたいのに、他ならぬ社長が流れを停滞させてどうするというのだ。
シン……と、会議室内が静まり返る。それでようやく自身の行動が無駄だと悟ったのか、
「……番外特区・ボイドへの侵入。それが、今回の仕事だ」
この瞬間、会議室の空気は停滞したものではなく張り詰めたものに変貌を遂げた。
かつてこの大陸に存在した千年王国。
アザール鉱石を採掘し、それから得られるウィスタリアを燃料にしたモノ……機械を作り出した。ここまでは前提知識である。
では、アザール鉱石を採掘した、いわゆる採掘所はどこに存在していたのか?
それがボイド。底なしの穴。
あの鉱石は一箇所に纏まった鉱脈がある事が多い。必然的に一箇所を掘り続けて……巨大な穴が生まれた。
現在、かつての千年王国が分裂した四つの国には合計十三個ものボイドが存在している。
あの巨大な穴の奥にはまだアザール鉱石の鉱脈が眠っているはず、という根拠も無い絵空事を信じる者は誰もいない。
あそこはもう各地にある観光名所としての地位を確立しているのだ。
穴の奥に入ろうだなんて……エクスプローラーズのような馬鹿の集まりにしか任せられない。
と、いう事なのだろう。
別に知らないけれど。
「その侵入するメンバーって、まさか……」
「おう、お前ら七人だ」
メンバーの一人であるシーナさんは、社長に問いかけた後に席を立つ。
「帰ります」
「駄目だ。社長命令」
「帰りますっ!」
「駄目だ!」
「エクスプローラーズの人員が毎回のように入れ替わってるのつて、社長が無茶な仕事を請け負うからでしょう!? 今回こそは絶対死にます! 私はまだ死にたくない!」
社長とシーナさんのやり取りを聞いて、彼ら二人から全員が顔を背けている。
一応彼女は女性だが、今はその姿を見ないでおこう。ガヴィルスさんとの話し合いに巻き込まれる危険性があるし。
「その臆病な心を叩き直せるいい機会じゃないか。行け! あの底なしの穴に行け!」
「おくっ……臆病!? 私を臆病と! 撤回して下さい! 社長!」
「するか! 心を決めろ! 向こう側にはもう七人行かせるって伝えてんだ!」
ここまで来れば社長の性格も分かってくるだろう。
あの人は、超がつくほどの熱血漢だ。ここに入って何年経過したのかは分からないが、あの人の無茶には散々付き合わされてきた。だから苦手なのだ。正直関わりたくない。
「それに、あのアレクもいるんだ! 大丈夫だろ!」
「社長?」
思わずそう呟いてしまう。いや、呟きにしてはやけに部屋に響き渡った。
まるでこちらを頼みの綱としているみたいじゃないか。
勘弁してくれ。また面倒ごとを押し付けられるのはごめんだぞ?
「というか、その仕事っていつ行われるんですか?」
話を逸らすべく全力で頭を回転させた結果、このような問いを社長に投げかける。
幸いこちらの疑問には快く答えてくれた。
「明日だ」
「……そうですか」
ガクッと項垂れてしまう。
どうしろというのか。全員の視線が社長と……なぜか俺に向けられた。
なぜか割れている窓から吹いてくる穏やかな風が、俺の頬を撫でる。
「ああ……」
今日も平和だな。
「おいしっかりしろアレク! 遠い目で外を見てんじゃねぇ!」
ここにいる奴らの一人、レイゼンがそう言ってこちらの肩を揺らす。
俺の隣の席に座っている為にこんな事が出来てしまうのだ。全く、鬱陶しいことこの上ない。
「アレク? アレク!」
雑音が聞こえるが、多分小鳥の囀さえずりか何かなのだろう。ボーッと外を眺めていると、残っていた眠気が息を吹き返してきた。
ウトウトし始める俺を他所に、会議はどんどん進んでいく。
「ボイドの中に入って行った奴らは、これまでに誰も帰ってきてねぇ。多分何かいるんだよ、あそこには。俺達の仕事は、そこにいる何かの討伐だ。んで、ゆくゆくはボイドをアザール鉱石の採掘所として再発展させる……ってのが狙いらしいぜ。依頼主様はよ」
──それを革切りに、俺を抜いた六人は社長との話し合いを進めていった。
会議の内容はほとんど聞いていなかったけれど、 とりあえず分かる事は一つ。
絶対に面倒な仕事だ。




