第2話 狂人
今日はどうしても外せない予定があった。
俺が所属する組織・エクスプローラーズに重要な仕事が舞い込んできたとの事。
まあ仕方なく目を覚まして、それほど来たくもないこの建物に来た訳である。
現在地はここ、エクスプローラーズの施設内。
三階建ての建物の二階にある会議室だ。
円卓の下にある椅子に座り、たまに欠伸をしながら会議が始まるのを待っている。
壁に立てかけられた時計は九時五十分を指していた。会議が始まるのは確か十時から、の、はずなのに。
それなのに俺と一人の少女しかいないとはどういう了見なのだろう。
招集をかけた張本人すらも居ないし、二人だけの空間がとても気まずくて仕方ない。
どうすれば……。
「い、いい天気ですね!」
震えた声で、近くの席に座っている少女は言った。
室内に居ても見向きもしなかった俺は、ゆっくりと視線を向ける。
赤い髪に金の瞳。
この国では少し珍しい組み合わせだ。
「……あー、そうですね」
相槌を打って、またボーッと前を見る。
二人だけの部屋。小説なら何か起きてもいいのだろうが、生憎現実はそこまで甘くない。
助けられたから女の子が惚れてくれるとか、幼馴染とか……ましてやハーレムなんてものは絶対にあり得ないのだ。
ああ、確かに可愛いだろうよ。
その顔は話しかけづらい程整っていて、細身の体は抱きしめたら折れてしまいそうである。
庇護心をくすぐられる美少女だ。
だが、それだけ。性格なんて知らないし、そんなものどうでもいい。帰って寝たい。
欠伸をして、円卓の下で足を伸ばす。
退屈なくだらない時間。会議が始まる予定の時間はもうそこまで迫ってきている。
……眠たくて仕方ない。
紅茶でも淹れてこよう。
この会議室には茶葉もあるしお湯を入れるポットもある。
眠気覚ましの効果があると聞くし、迷信でも少しは期待してみるか。
そう思い、ゆっくりと席を立ち上がった。
ポットがある所に行こうと思ったが……踏みとどまる。
「なんか飲みたい物ってあります?」
やる事もないしするべき事もない。俺の心に残ったわずかな善意で、赤髪の少女にそう問いかけてしまう。
一瞬の静寂。すぐに後悔の念と気まずさが込み上げてきて、また歩を進めようと──。
「じ、じゃあ……」
意外も意外。返事をしてくるとは思わなかった。
微かに目を見開いていると、その間に飲みたい物は決まったようで、少女は俺に言う。
「紅茶、お願いしてもいいですか?」
「分かりました」
寝ぼけ眼を擦って、会議室の中を歩いていく。
背中に少女の視線が突き刺さっていて少し落ち着かない。俺が敏感すぎるだけなのか、なんだか舐めまわされているような。
疑問の念が頭を持ち上げる。
そもそもあんな少女がなぜアイツに呼ばれたのか。見たこともないし新人なのだろうが、重要な仕事だと言っていたのに、なぜ新人にこの仕事を任せるのだろう。
もしかしたら視野が狭すぎて、今までずっといたのを見逃していたのか。
いいや、それはない。女性に興味がない俺が言うのもアレだが、赤髪の少女は結構な美少女だ。見逃すはずがない。
「…………」
水道の蛇口を捻る
温かいお湯が茶葉を入れたポットに溜まっていき、容量の八割程のお湯を入れると、蛇口を捻ってお湯を止めた。
──機械というものが登場してから百年。
ひょっとしたら性格な数字ではないのかもしれないけれど、俺達新世代に伝えられている数字だ。
この国……アルバラン王国は、元々一つの巨大な王国から派生したものである。
千年王国。
国ができて千年で滅びたから千年王国と言われている。安直だが、実際そう取り決められたのだからなんとも言えない。
列車、銃火器、ここにある水道などのものは全て千年王国で制作された。
本当にそうらしいのだが、現在の国王がその史実を書き換えて百年前から登場したそう。
なぜそんな事をしたのか、理由は不明。
な 千年王国がなぜ滅びたのか。
それは、機械の動力原であるウィスタリアがとある事情で取れなくなったからだ。
アザール鉱石というモノが、ウィスタリアの原材料。
それが取れなくなったらどうなるのだろう。
結果は目に見えているだろう。頼みの綱としていたアザール鉱石が無くなった事で、千年王国は四つに分裂してしまった。
その中の一つが、俺が住むアルバラン王国だ。
──なんて。
なんて、至極どうでもいい事を思いながら席に戻っていく。
人差し指に二個のカップの取っ手を引っ掛けて、左手にポットを持っていた俺は、片方のカップを赤髪の少女の前に置いた。
ポットを傾けて紅茶をカップに淹れる。茶色の液体が容器内に満たされていき、ちょうどいい所で淹れるのを止めると、自分の分の紅茶をコップに淹れる。
「すいません、わざわざ」
「大丈夫ですよ。暇だったんで」
お礼を言ってきた少女にそう返すと、彼女は無言で紅茶を飲み始めた。
俺もそれに倣ってコップを傾け、まだ熱い紅茶を口内に溜め込み、飲み込んだ。
……心なしか目が冴えてきたような気がする。
「ふわ……ぁっ」
盛大な欠伸をした。視界が歪み、僅かな涙が頬に流れていく。
もう一口紅茶を飲んで、ようやく完全に目が覚める。
眠くは無くなった。だがこの状況が暇な事には変わりない。
「本、持って来ればよかったな。菓子でも持って来ればなおよしだったのに」
本を読むのは好きだ。
強くたくましく生きている主人公。周りで起こる奇想天外な事件。最高の娯楽ではないか。
いつの間には自身を小説の中の登場人物だと仮定して、『場面回想』やら『伏線』やら、そういう用語で状況を表すようになってしまった。
それもこれもあれもこれも、全て退屈な日々が生み出した物。
何か特別な事件とか、運命の出会いとか、そんな小説のような出来事に巡り合う事はできないか。
そんな事を考えていたのがいけなかったのか──厄介そうなのが部屋に入ってきた。
ゾロゾロと六人。妙な圧迫感を感じる六人である。
会議が始まる五分前。
ようやく八人全員揃った訳だ。
「は?」
すぐにおかしな事に気づく。
今日ここに来るべきなのは七人のはず。名前は知らないけれど、人数を忘れるなんてあり得ない。
天文学的な確率であの人の話を聞き違えた可能性は無きにしもあらずだけれども。
……どうでもいいか。会議が始まるのなら万々歳だ。
紅茶を飲んで多少目を覚ましたのはいいが、今すぐに帰ってダラダラしたい。
会議なんてどうでもいいし、あの人に誘われていなければ今すぐ帰っている所である。
そこまで重要でなければ、エクスプローラーズの末端の地位につく俺がいる必要もない。普段からそう考えているので、ここで行なわれる会議にはいつも参加していなかった。
けれど今回は別だ。何が何でも参加しないと殺される。比喩ではなく本当に殺される。
一人の男を除いて、他の奴らは次々と座っていく。
誰かが別の奴に話しかけることもなく、座っていく。
一人の男を除いて。
……誰だ、アイツは。
「お、君可愛いね」
「へっ?」
赤髪の少女に謎の男が話しかける。
間の抜けた声を上げた少女は、困惑したかのようにその男を見つめた。
「こんな会議なんて抜け出してさ、お茶でもどうよ」
チャラい、という言葉を体現したような奴だ。浅黒い肌に体に着けている様々なアクセサリー。決め手に金髪となれば、関わりたくない類の人種としてすぐに逃走するだろう。
少なくとも、俺ならば。
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