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第1話 原点

 ──子供の頃、何かに憧れた事はないだろうか?


 誰かを救うヒーローだったり。

 特殊能力を持つ、小説の中の人物だったり。

 或いは、伝承にあるドラゴンとかいう奴を倒す勇者だったり。

 そういう非現実的なものに誰しもが憧れるものだと、俺は思う。


 人には人の視点があり、その種類は千差万別だ。

 故に、物事の捉え方も違うし、個々人で考えている事も違う。

 パラパラと捲る小説と同じである。

 神の視点を用いた物語とは違う、いわゆる一人称視点で人生という名の物語は無限に紡がれていく。


 そんな中の一人として生きてきた俺──アレクとしての視点で、俺の視点で、この人生物語は紡がれていく訳だ。


 長々と、という訳ではないが随分と関係のない独白をしてしまった。

 ここからはまあ本編というか……現在から少し遠のいた、現在進行形で離れていっている、どうでもいい『いつか』の話をしようと思う。


 ◇◇


 ある集落での光景。

 この集落は昔の伝統を重んじている。今となっては時代遅れになってしまった木製の建物がいくつも建っていた。

 そんな村に火が放たれたらどうなる事だろうか。


 火だるまになって出てくる妊婦が見れるかもしれない。

 犬が帝国の兵士に蹴られ、虐げられている光景が見れるかもしれない。

 母親が押し倒されて無残に強姦される姿がこの目に写ったかもしれない。

 そんな悲劇的な光景を、この目がしっかりと捉え、記憶していたかもしれない。


 まあ上記の事は全て実際に見て、体験した話なのだけれど。


 何処か他人事のような感じになってしまうのは、やはりあの光景に現実味を感じていなかったという事なのだろうか。

 その時にはもう既に絶望して、悲観して、憤慨して、とにかくグチャグチャになった感情が胸の奥で燻っているようだった。


 この村を襲ったのは、帝国兵である。

 帝国なんて所があること自体は知っていて、奴らがどんな事をしているのかも知っていた。けどまさか、自分達の村に帝国兵が来るとは思うまい。

 略奪に、略奪に、略奪を繰り返した奴らの事は、多分一生忘れる事はないだろう。


「お! まだガキがいたぞ!」


「それ幼女か? そうだったら俺に寄越せ。たっぷり可愛がってやる」


「お前趣味悪すぎ。まあ……もちろん俺の方にも寄越せよ? まだ性欲が収まりきってねぇんだ」


 当時家の中に隠れていた俺は、そんな声を聞いた後に首根っこを掴まれて外に放り出された。

 その瞬間に入ってくる外の景色は、まさしく凄惨と呼ぶに相応しいものである。 


 集落の家が赤く光っている。今は夜なのでその光景がやけに強調されてしまう。

 空が赤く輝いている。いつもはよく見える星が、地上の火災でよく見えなくなってしまっていた。

 地面が赤く染まっている。村人達の血の跡だ。所々に血が転がっていて、集落中にむせ返る程の血の匂いが充満している。

 兵士の鎧が赤い光沢を放っている。人の血の跡や火の光が、鎧を赤く濡らしているのだ。


「なんだ、ただのガキじゃねぇか。幼女でもねぇ」


「つまんな。もういいや、ひとしきり楽しんだし。生き残りはそいつだけだし、パバッとやっちまおうぜ〜」


「そうだな」


 目の前で話す三人の兵士達。兜を被り鎧を着て、彼らはそこに立っていた。

 どんな目的で村を襲ったのかは知らないが、行き場を求める凄まじい怒りと憎悪が芽生えてきたのは言うまでもない。

 体を震わせて、歯を食いしばって、近くにあった果物ナイフを持つ。


「はあっ……はあっ」


 幼い俺の荒い呼吸音を耳に捉えたのか、彼らは面白がるようにこちらを囲んでくる。

 視界が歪み、頬には熱い感触が。涙だろう。自身の頬を拭う余裕なんてない。油断したら死んでしまうだろうから。

 ここで、こんな所で死ぬ訳にはいかない。

 生きる見込みがないと、心の底から理解していても……諦める事は、母親の遺志を無駄にするのと同義だ。


 俺は兵士に外に出される前、家のクローゼットの中にいた。

 母親に押し込まれたのだ。せめて俺だけは、生かそうとしてくれていたのだ。

 それでも現実というものは残酷で。

 母親は前述の通り兵士に強姦されてしまった。

 クローゼットの隙間からその光景を目に焼き付けていた。


 だからこそ……ここで死ぬ訳にはいかない。

 俺は生きないといけない。その義務がある。


「許さねぇ……許さねぇぞお前ら! 集落をこんなにしやがって! 刺し違えてでも殺してやる!」


 激高。

 重くのしかかってくる死の恐怖を押し殺し、兵士の一人に向かって走る。

 当時七歳だったので、身長はそれほどでもなかった。兵士達は俺の初動への反応に遅れ、結果、足に絡みついて押し倒す事に成功してしまう。


「て、てめっ何しや」


 その言葉が最後まで続くことはなく、鎧の隙間にナイフを通す。  

 兜の隙間から血が吹き出て、俺の頬にピチャリとはねる。

 一人は倒した。ここまでは奇跡に近い。退路は開けたので、ここから逃げる事が可能になるはず。

 最後にナイフを根本まで突き刺すと、兵士の体はそれ以降動くことはなかった。


「よし、これで!」


 僅かな希望に縋りついて、火に焼かれていく集落の中を駆ける。

 ここまで五秒前後。

 そこにいた二人の兵士達はやや遅れて追従してきた。

 視界の端で村人達の死体を捉える。苦悶の表情を浮かべる彼らの顔を診て、少し速度を緩めてしまう。


 村長。傍らにはその娘。

 俺の幼馴染で、数少ない友達の──。


「ふ、ふざけやがって!」


 あの場にいた兵士の声が聞こえたのと同時に、胴体に凄まじい衝撃が走る。

 それと同時に視界が反転を繰り返し、ある家の壁に激突した所でようやく衝撃が収まった。

 立ち上がろうとするも、足元がふらついて上手く立ち上がれない。手に持つ果物ナイフが、音を立てて地面に落ちてしまう。


「このクソガキが! お前らみたいな平民は、ただ搾取されてづけれりゃいいんだよ!」


 理不尽な罵倒が胸に鋭く突き刺さる。

 何か言おうとしたが、上手く息が吸えない。呼吸困難で死んでしまう。それは、駄目だ。


「あ……あっ……」


 掠れた声が漏れていく。

 たった今吸い込んだ空気が肺から吐き出されていく。

 上手く体に力が入らないし、右半身からは断続的な痛みが体の負傷を訴えてくる。

 兵士達の鎧には、無様に倒れ伏す俺の体が鏡のように写っていた。


「ここで殺してやる! ダイナを殺ったんだ。殺される覚悟くらいあるよなぁ!?」


 そう言って兵士は近づいてきた。 

 手には()()()()()を持っている。

 なんだ、あれは。見たこともない。そんな俺の疑問に、目の前の兵士は答えていく。


「こりゃあ『拳銃』だ。田舎者のお前は見たことないだろうがな」   


 拳銃とやらの先端を向けてくる。

 細長い筒だ。中は暗黒。何も見えはしないが、これから死ぬことだけは確かであった。


「じゃ……死ね」


 何か吠えようとして──意識が、遠のく。

 右半身の痛み、後頭部の痛み、そして圧倒的な死の恐怖。

 複数の要素が入り混じり、あっさりと気絶しかかってしまう。

 ちょうど地面に寝転がるような姿勢だったので、眠るように意識を暗闇に落としていった。


 ◇◇


 そんなバッドエンドで終わる夢の後に、目を覚ます。


「…………」


 現実感のない夢。()()()()の俺がかつて覚えていた記憶だろうか?

 だが、なぜ今頃。ここがどこなのか、今更ながらに疑問に思い、上半身だけを起こして部屋の中を確認する。


 無数の本が乱雑に積み重なっていたり地面に放り投げられていたりと、結構散らかっていた。 

 それに加えて、昨日食べた晩飯の跡が机の上にある。片付けもしていないので結構汚い。

 いつも通りの部屋である。なのに何故だろう。今日は凄く違和感を感じてしまう。


「……あ〜」


 体を動かすのが面倒くさい。

 眠気が凄まじく、瞼が重すぎて今にも寝てしまいそうだ。


「ダルいな」


 呟き、もう一度布団を被る。

 寝よう。寝てしまえ。眠気には勝てた試しがないのだから。

 仕事をサボり、怠惰を貪ろう。今日は一日中寝ていよう。

 そう思ったが──今日の予定を思い出して、ベッドから転がり落ちる。


「痛っ……くっそ、眠いな」


 本が埋め尽くしている地面から天井を仰ぎ見た。

 僅かな暗闇が俺の事を見つめている。上にはカーテンから差し込む一筋の光があって、言外に外に出ろと言われているような気がしてならない。

 これも全て、自身を起こす為の事なのだけれど。


「寝間着のままじゃ駄目だよな……いや、このままでいいか。コート着れば見栄えはよくなるだろ」


 そう結論づけて、立ち上がる。

 数歩部屋の中を進んでいき、思いっきりカーテンを開け放った。


「眩っ……しくはないか」


 外の景観は、まさしく平和そのもの。

 向こう側には汽車が通っていて、雑多な町並みとそこを通る人々で溢れかえっている。

 この王都の全域を見渡せる程の高台にあるこの家からは、王城やら教会やらが見えた。

 そして──遥か向こう側には巨大な穴が。


「……めんどくせー」


 呟き、鏡に映る自身の姿をチラリと見た。


 この国では珍しいと言われた黒い髪。寝癖もついていて、実にだらしがない。その黒い瞳は暗く濁っていて、その無気力な人間性を察しさせる。

 長袖の白シャツに長ズボンを履いている所まで見て、鏡から視線を外す。  


 眠くて仕方ないが、集合時間に送れない為にも早く部屋をでなくては。 

 床に放っている黒いパーカーを着て、壁に立て掛けている一本の鞘を腰に着ける。

 剣の重さが伝わってきて、ため息をつく。


「……行くか」


 木製の扉を開ける直前、チラリとパーカーの内側に書いている自分の名前が目に入った。

 『アレク』、と。



読んでくれてありがとうございます。

良ければブックマーク、ポイントを入れてくれると嬉しいです。

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