旅立ち
『本当に行くのかい』
マオが寂しそうにつぶやいた。
長い間独りだったみたいだし、退屈だったんだろうな。
「この世界を見てみたいし、人とも会いたいからね」
『何かあったら戻ってきなよ。力になるからさ』
「ありがとう。何もなくてもお土産持って会いにくるよ。それじゃ、行ってくる」
『約束したからね。それじゃ、ね』
今ではもうすっかり見慣れた洞窟を出て、山を下り始める。
マオはケイが見えなくなるまで洞窟の入り口にずっと立っていた。
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雪の残る岩場を慎重に下りる事、数時間。
景色は針葉樹林帯に変わり、さらに下ると広葉樹の混じった森へと変わっていった。植生は元の世界と大差ないようだ。
景色の良い開けた場所で、休憩がてら、これから進む南の方向を眺めてみた。
(森しかないな・・・)
地平線まで、一面森しか見えず、踏破できるのか不安になった。
辺りに響く鳥の囀りが不安になった心を癒してくれたが、その囀りは日本では聞いたことのないもので、違う世界にいる事を実感した。
山のすそ野に辿り着いた頃には、辺りが暗くなり始めていた。
真っ暗になる前に、眠れそうな場所を探さないと面倒な事になる。
できれば洞窟や木のうろの中で寝たかったのだが、そう都合良くはいかず、岩と岩の隙間で一夜を明かすことになった。
雨風は防げないが、バリアを張って寝れば大丈夫だろう。
バリアは©マオなだけあって信頼の高品質なのだが、テント代わりにするには透明というのがいただけなかった。
初めこそ満天の星空を眺めながら眠れるなんて最高だなんて思っていたが、いざ眠ろうとすると周りから丸見えという状態がとても落ち着かなかった。
透明のテントが売っていない理由がよく分かった。
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コンパスを頼りに南へ南へと進むこと4日。
延々と森の中を歩いていた。
山腹から見た、一面の森の風景から覚悟はしていたが、変わり映えしない景色に不安で押しつぶされそうになっていた。
ずっと同じところをグルグルしてたりしないだろうか。
コンパスを頼りにと言っても、地形の関係で直進し続ける事はできないのだ。
幸いな事に、恐れていた魔獣には一度も出くわさなかった。魔獣の生息密度は思ったほど高くないのかもしれない。
洞窟生活をしていた時に、一度だけ大型車ほどもある白熊のような魔獣?を見た事はあったが、その時は距離が離れていた事もあって、気付かれずにやり過ごすことができた。
あと2日進んで、街道に出られなかったら引き返そう。
復路分を含めて、残りの食料(主に干し肉)を考えると、デッドラインはそのあたりだった。
期限を決めた事で気分も少し軽くなり、気を取り直して歩き始めた途端、子供の叫ぶような声が聞こえた気がした。
ギョッとして立ち止まり耳を澄ます。
すると、今度はハッキリと声が聞こえた。動物の声かもしれないが、子供の声だとしたら大変だ。
声のした方に早足で進んでいると、高い崖の下にたどり着いた。
その崖下に何かがうずくまっていた。
遠目には小動物のように見えたが、近づくとそれが人である事が分かった。大きさから見て、子供で間違いない。
こんな所に子供が1人?
不信感はあったが放っておくわけにもいかない。慌てて駆け寄った。
「どうしたの、大丈夫かい?」
「ひっ!」
子供は怯えた声を出して顔を上げた。
こんな場所で声をかけられたら、そりゃギョッとするよね。
しかし、ギョッとしたのこちらも同じだった。姿形こそ人のようだが、目が人のそれではなかった。
白目のない真っ黒で巨大な吊り目。
この目、どこかで見た事があると思ったらあれだ、グレイ。宇宙人の。
お互い驚いてしばらく固まってしまった。
見た目の年齢は6歳くらい。栗毛色の柔らかそうな髪をしていた。性別は不明。髪が短いから男の子だろうか。
麻製にみえる質素な長袖と長ズボン、腰に帯を巻いていた。
よく見れば、左足に血がベッタリとこびりついており、足が不自然な方向に曲がっていた。
「酷い怪我じゃないか。ちょっと見るぞ」
子供の前に座り込む。
近づいたことでさらに怯えさせてしまったが、構っていられない。
「手当するから。服、切ってもいいか?」
コクコク。
怯えながらも頷いてくれた。
リュックからナイフを取り出し、ズボンのすそを慎重に切り裂いていく。ハサミが欲しいが無いものねだりだ。
すねの辺りに大きな裂傷があり、骨がぽっきり折れていた。
血はすでに固まっている。怪我をしてから時間がかなり経っていそうだ。
「いつ怪我したんだ?」
「昨日・・・。木の実を取ってて、滑った」
崖の上を指さす。
見上げると、崖の上に赤い実を付けた木が見えた。あんな所から高いところから・・・。
昨日という事は、動けずに一晩中この状態で1人だったということだ。
「よく頑張ったな。もう大丈夫だぞ」
安心させるように頭を撫でた。
登山用リュックの中には、捻挫を想定してテーピングを常備している。固定する事しかできないが、応急処置としては十分だろう。
近くに集落があるはずだ。そうでなければ子供が1人でいる説明がつかない。そこに搬送してきちんと処置してもらえば問題ないだろう。
湿らせたタオルで汚れを落とし、添え木をしてテーピングでガッチリ固定した。
相当痛いはずだが、処置中は歯を食いしばって声も上げなかった。
なかなか強い子だ。やはり男の子かな。
「僕はケイって言うんだ。旅の途中でちょっと迷ってしまってね。君の名前は?」
「パルク、です。」
「パルク、帰り道は分かるかな?」
「うん。あっち。滝があって、その上」
怪我をした足に負担がかからないよう慎重に抱き上げる。
「この姿勢で痛くないか?」
「大丈夫、です。」
本当は背負いたいところだけど、生命線のリュックを置いていくわけにもいかない。
幸い、パルクは軽かったので、腕が死ぬこともないだろう。
「それじゃ、行こうか」
パルクの指さした方に向かって、崖沿いを歩き始めた。




