バリア
その日は寝袋に半身突っ込みながら図鑑を眺め、マオが頭に直接流し込んでくる耳慣れない言語を聞きながら、一睡もせずに夜を明かした。
まったく眠くならなかったのは、興奮していたというよりも昼夜逆転した時差の影響だろう。
直接頭に響くマオの声は妙に記憶に残るので、思ったよりも早く言語を覚えられそうだった。
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翌朝、今後しばらくお世話になるであろう洞窟の周りを調べてみることにした。
台座のある部屋から続く大きな通路は、そのまま真っすぐ外へと繋がっていた。
こちらがメインの入り口のようだった。入り口は大型バスが楽々入れるほどの広さがあった。
(そういえば、元はドラゴンが住んでいたとか言ってたっけ?)
どうりで入り口が大きいはずだ。
外に出ると、辺りは一面の銀世界で、凍えるほど寒かった。
洞窟の入り口は傾斜のきつい崖の中腹に口を開けており、崖の上の方にも小さな穴がいくつか開いているのが見えた。前日に星を見上げた穴は、それら穴の内の一つだろう。
『あまり無防備に外に出ない方がいいよ。結構狂暴な魔獣がうろついている事があるから。まぁ、滅多に出会わないけどね』
洞窟の中からマオが声をかけてきた。
「魔獣とかいるのか・・・おっかないな」
『この辺は魔素が濃いからね、強いのしかいないよ。ケイは見るからに弱そうだから、多分出会ったら瞬殺される。洞窟の中はボクの魔素が濃すぎて入って来れないから安全だけど』
ラスボスダンジョンからスタートして、敵とエンカウントしたら即死確定ってどんなクソゲーだよ。もう洞窟に引きこもるしか選択肢が無いじゃないか。
「ところで、昨日からちょいちょい耳にする魔素って何なの?」
マオの説明によると、魔素というのは魔力の元になるもので、その辺に漂っているものらしい。魔素が濃い場所には魔力の高い生物しか馴染めず、弱い生物は近づけない。無理に侵入すれば、最悪死んでしまうそうだ。反対に、魔素の薄い場所では魔力の強い生物が長時間活動する事もできないとの事だった。
「つまり、マオは人里に降りられないって事?」
『ボクは魔素そのものみたいなものだから、魔素の薄い場所でも平気だよ。だけど、周りの生物がボクの魔素濃度に耐えられないだろうね。ボクの隣にいて平気な顔をしてるキミは相当異質だよ』
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洞窟での引きこもり生活を決意した翌日。
「マオさんや、重大な問題が発生しました。食料が尽きました」
元々、日帰り登山のつもりだったので、リュックの中には予備も含めて2日分の食料しか入っていなかった。水は雪を溶かせばいくらでも手に入ったが、食料はどうしようもなかった。
『そういえば食べ物って必須だったね。ボクには必要ないから忘れてたよ』
「捕獲した珍獣の世話はしっかりお願いします」
引きこもりを決意した時に、人としてのプライドはかなぐり捨てていた。
『獣の肉で良ければ、その辺にいるのを狩ってきてあげるよ』
「さすがマオさん、助かります。食べられる野草なんかもお願いします。ビタミン大事」
『どの野草は何が食べられるかなんて判別できないよ。野草図鑑みたいなのがあったはずだから、それ見て自分で採ってきて』
「ザコが外に出て死ねと?」
プライドとか残っていなかった。
『そうだったね。どうしたものか』
しばしの沈黙の後、ちょいちょいと手招きされる。
なんかちょくちょくやるこの仕草がだんだん可愛らしく見えてきた。ストックホルム症候群だろうか。
マオは人差し指を伸ばし、ケイの額に押し付けた。
『魔力パスを繋いでみよう』
そう言うと、指が触れている場所がじんわりと温かくなった。
『どうかな?』
「どうとは?」
『気持ち悪くなったりしてない?』
「特に何も」
『ほんとに魔力に関して鈍感なんだね。普通は拒否反応が出るんだけど』
「拒否反応が出るとヤバいの?」
『死ぬね。』
「ちょ、マオさん! ちょいちょい物騒な実験を無許可でやるの止めてくれません!?」
『いやぁ、魔力吸い取っても平気だったから、送り込んでも平気かなと』
「やる前に一応許可取って!」
『ごめんごめん、でもパスが繋がったから、ボクの魔力を使う事ができるよ』
「え、魔力使えるの!? 魔法が使えるって事!?」
マオさん、ラスポスっぽい雰囲気を醸し出してるので、その魔力で魔法が使えるとなれば無双とか最強とかが始まるんじゃないか!?
『あぁ、魔法は使えないよ。あくまで他人の魔力だからね。物質やエネルギーには変換できない。つまり、氷や炎なんかは出せない』
「なんだ、せっかく無双できると思ったのに」
『魔法は使えないけど、魔力そのものを自分の周りに展開する事はできるはずだよ。単純にそのまま放出するだけだから』
「放出って、どうやるの?」
『自分の体の中に、以前には無かった暖かい点みたいな物を感じないかい』
目を閉じて身体の中を探るように集中してみる。すると、胸の中に以前にはなかった温かい小さな塊のようなものを、確かに感じる事ができた。
『その点から暖かいものをぶわっと吹き出して、それで膜を作るような感じ。こう、泡で包まれるみたいに』
泡・・・、いわゆるバリアみたいな感じだろうか。
言われたようにしてみたがうまくいかなかった。
『栓を捻って放出する感じ。明確にイメージする事が大事』
某国民的アニメで、主人公が気を操ってバリアを張るイメージを真似てみると、自分の周りに透明のバリアが展開された。
「おお、すごい、バリアだ」
ありがとう、鳥山先生!
『そうそう、そんな感じ。それで最低限、自分の身は守れるはずだよ。なにせボクの魔力だから生半可なことでは壊れないよ。剣も魔法も通らない』
「おお、絶対防御!」
『衝撃は吸収できないから気を付けてね』
「衝撃?」
『バリア張ってても高い所から落ちたら死ぬって事』
絶対防御ではなかった。
『慣れればある程度変形して展開する事もできるよ』
変形もできるのか!
バリアはロマンだ。
ワクワクしながら円形から立方体に変わるようイメージしてみる。しかし、確かに変形はしたものの、かなり丸みのある立方体で、イメージ通りにはいかなかった。
「なかなか難しいね」
『まぁ、慣れればできるようになるよ』
「これ、鋭利に変形させて攻撃に使えたりも?」
『刃物のように鋭利にはならないよ。自分の周りにしか展開できないから飛び道具としても使えない。攻撃に使うのは無理かな』
か〇はめ波みたいに放出したりもできないのか。全然応用が利かないな。
『他者に触れた状態なら、触れた相手の周りにも展開する事もできるけど、短時間で消えるし、距離が離れればすぐ消える。複数展開もできないから、あくまで自分一人用の防御魔法とでも思っておいて』
攻撃に使えないとしても、身を守る手段ができたのはとてもありがたい。
「バリアの持続時間は?」
『いつまででも。魔力はボクからの供給だからね。コツを掴めば寝ながらでも使えるよ。こう、蛇口開けっぱなしにする感じ』
バリアを張りながら野宿できるってことか。それはとても助かる。今回の登山は日帰り予定だったのでテントは持ってきていなかった。いざ山を下りる時に、身一つで野宿するのが不安だったのだ。
『・・・あ、ただし魔力膜は空気を通さないから、展開したまま寝ると酸欠で死ぬかも。』
「気付いてくれてありがとう。危うくつまらない死に方をするところだったよ」




