討伐報告
ニパドラのギルド前で馬車が止まり、荷台から降りる。
3時間寝て多少頭はすっきりしたが、目をつぶったらそのまま落ちてしまいそうなほど眠い。
4日もろくに食べてないので、お腹は減っているはずなのだが、眠気が強すぎて空腹を感じない。とにかく寝たい。
アベルとルーファスに続いてケイとのノエルもギルドの扉をくぐった。
その途端、ガタガタッとカリーナとシディアが立ち上がった。受付の奥で業務をしていたギルド職員も全員固まり、幽霊でも見るような目でケイを見つめていた。
「ケ、ケイさん!? ご無事だったんですか!?」
カリーナが大声で叫んだ。
「あ、ご心配おかけしました・・・」
「ご心配おかけしましたじゃないわよ! ノエルちゃん大変だったんだからね!!」
シディアが受付台から転げ落ちるんじゃないかという勢いで身を乗り出した。
「す、すみません・・・」
シディアさんだけじゃなく、職員全員から睨まれているような・・・。あれ、なんかしちゃいました、僕。
帰ってこない主人を待ち続ける為に、毎日金貨1枚で護衛を雇う忠猫の話はギルド職員全員に知れ渡っていた。
そんな時にダメ主人がひょこり現れたら、心配が怒りに変わるのは当然のこと。美猫泣かせてんじゃねーぞコラ、と。
アベルがケイとノエルを前に押し出した。
「ケイはノエルが雇ったポーターなのだろう? なら討伐報告はノエルの仕事だ。行ってくるといい」
「そうでした。ケイさん、行きますよ!」
馬車を降りてからずっとケイの左腕にしがみ付いていたノエルが、その左腕を引っ張ってカリーナの前に進み出た。
「ノエルさん、良かったですね」
「はい、戻ってきてくれるのは分かってましたから」
「うぅ・・・なんて健気な・・・」
カリーナさん、涙目。どころか、後ろの職員も全員目頭を押さえている。
・・・何があったの?
カタッ
隣の受付では、シディアさんが『受付停止中 お隣りへどうぞ』の立て札を立てていた。
席を立つ事もなく、頬杖をついてジト目でこちらを睨んでいて怖い。
え、その札、そんな私的な使い方していいんですか?
頬杖をしたまま、空いた手で紙にさらさらと何やら書き込むと、こちらにチラッと見せてきた。
『次泣かせたら許さん』
コクコクコク。
高速で頷く。ほんとすいません、もうすでに2回目なんです。
「討伐報告します」
そんなやり取りがされているとはつゆ知らず、ノエルがカリーナに話しかけた。
「はい、討伐報告ですね。何を討伐されたんですか?」
「シスターアリアです」
ノエルがさらっと答えた。
「・・・はい?」
カリーナの報告書を準備する手が止まった。
後ろの壁際でアベルさんとルーファスさんがクククと笑っているのが聞こえる。
完全に楽しんでますね。
「えっと、ノエルさん、シスターアリアは討伐不可能なんです。何かの間違いかと・・・」
「ケイさんが倒しました! ケイさんはすごいんです!」
「えぇ・・・」
カリーナが困ったようにケイを見た。
ケイは濃紫色の大きな魔石を、受付台へゴトッと置いた。
「・・・なんです? これ」
カリーナは長く受付嬢をしているので魔石は見慣れているが、見た事の無い石だった。大きさも異常だが、色が普通ではない。濃い紫色の魔石なんて聞いたこともない。
「シスターアリアの魔石です。あ、鑑定終わったら返してください」
カリーナが慌てて魔石鑑定担当に目を送る。
専門家である彼は紫の魔石に目が釘付けになっているようだった。
カリーナこちらの視線に気付くと、両手の平を上に向けてフルフルと首を振った。
お手上げ。ということらしい。
「あとこれがシスターアリアの持っていた鎌です。それと、こっちがシスターアリアの付けてたティアラですね」
ケイがノエルの頭にポンと手を置きながら言った。
ケイの右手には禍々しい鎌。ノエルの頭には黒いティアラが乗っていた。
どちらもシスターアリアの資料に載っている挿絵とよく似ていた。
「本当に倒したんですか!? シスターアリアを!?」
「はい」
「どうやって!?」
「・・・兵糧攻め?」
カリーナがガタッと立ち上がり、後ろの壁に寄りかかっていたアベルを見る。
アベルが腕を組んだままコクリと頷いた。
「応接室! 応接室までお願いします! ・・・え、接待に使用中? 追い出していいから! 2階の応接室までお願いします! アベルさんとルーファスさんも一緒に来てください!」
カリーナは席を外すと、慌ただしく他の職員にあれこれ指示を出し始めた。
ギルド内は蜂の巣を突いたような騒ぎになった。
そんな中、シディアさんは何がツボに入ったのか、机に突っ伏して必死に笑いをこらえていた。
((ポーターなのに! ポーターなのに! 兵糧攻めって何! そこは聖剣とかじゃないの!? 何で疑問形なの!? くひひひひっ))
何やらぶつぶつ言いながら震えている。
さっきの紙の裏にささっと何かを書いてこちらに見せた。
『最高!!』
あ、喜んでいただけたなら良かったです。
「あんたも働け!!」
カリーナさんにバインダーで後頭部をはたかれていた。
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「お待たせしました。ギルド長のボロンが対応しますので、こちらにどうぞ」
先導するカリーナを先頭にして、ノエル、ケイ、アベル、ルーファスの順で2階へと続く階段を登っていく。
何というか、この階段、金糸入りのレッドカーペットが敷いてあって趣味が悪い。
そして眠い。3時間寝て多少頭がスッキリしたと思っていたが、一時的なものだったようで、とにかく眠い。寝たい。
「おい、ケイ、大丈夫か?」
見かねたアベルが声をかけた。
ノエルも振り返って心配そうな顔をする。
「あー、眠いだけです。ほんとそれだけ」
そう答えた時、階段の上に背の低い小太りのおじさんが立ちふさがった。
年齢は50代くらい。成金趣味のギラギラした派手な服を着て、あごひげを撫でてている。
後ろには護衛だろうか。恰幅の良い2人組を左右に侍らせている。
闇落ちした水戸黄門かな?
「いやいや、我がギルドからシスターアリア討伐者が出るとは。私も鼻が高いよ。よくやってくれた」
え、この人、階段の上から応対始めたぞ・・・頭おかしいのか?
「ギルド長、応接室でお待ちくださいと・・・」
「ああん? 受付嬢ごとぎが何を偉そうに」
この人がギルド長なのか。すごいの出てきたな。ハーブ村ギルド長のガイゼルさんはシゴデキ紳士だったのにすごい落差だなぁ。
「おい、そこの陰気で小汚いの。大層な鎌を持ちやがって、お前は何なんだ」
ボロンがケイを指差して言った。
ちなみに4日間閉じ込められっぱなしで、目の下が隈で真っ黒だったので、陰気で小汚いのは事実であった。
「あ、ポーターです」
「ポーターごときが一流冒険者の聖域であるニパドラギルドの2階に足を踏み入れていいと思っているのか! 出ていけ!」
「な・・・シスターアリアを討伐者された方ですよ!」
カリーナが慌ててボロンを諫めた。
「いい加減な事を言うな! 討伐者はノエル、女性となっている! こいつのどこが女だ!」
ギルド長は持っていた書類を手の甲でパンッと叩いた。
正式な書類の討伐者の欄に冒険者登録もしていないポーターの名前を書くわけにいかず、雇い主のノエルの名前が記載されていた。
「おい、お前ら、あいつを追い出せ」
悪スケさんと悪カクさんが前に出てきた。
見かねたアベルとルーファスがすっとケイの前に出る。
「なんだ、抵抗するのか? こいつらは元C級の冒険者だぞ?」
いやこっちは現役のB級とA級なんすけど。
ルーファスがぼそっと呟いた。
「ふん、俗物が。こちらの方をどなたと心得るか」
あれ、こっちが水戸黄門だった! あとルーファスさん、僕に対する評価がバグってますよ?
しかし、よく考えたらこれ、帰ってすぐ眠れるチャンスなのでは。
「あのー、帰っていいなら帰ります。正直眠くてしかたないので。帰って寝ます。ほんと寝たいので」
くるりと後ろを向いて階段を降りていく。
「ふん、始めからそうすればいいんだ」
ギルド長は満足そうに鼻を鳴らした。
当然私も、とばかりにノエルも階段を降り始めた。
慌ててカリーナがノエルに縋りつく。
「待って! ノエルさん! 書類上、あなたが正式な討伐者なの! あなたが居ないと本当に困るの!」
カリーナが涙目で懇願した。
「知りませんよ。討伐にはノータッチですし、ケイさんのこと悪く言う人と同じ部屋の空気吸いたくないです」
にべも無かった。
カリーナさんがこちらを見つめて『お願い助けて!』のサインを送ってきた。
・・・美人はずるい。
「ノエル、一応聴取受けるだけ受けてあげてくれないかなぁ。カリーナさん困ってるみたいだし・・・。カリーナさんにはお世話になったよね?」
左手を握ってきたノエルにお願いしてみる。
「・・・・・・帰ったら1つお願い聞いてくれるならいいです」
ノエルが上目遣いで言った。
「で、できる範囲でなら・・・」
「約束ですよ」
ノエルはにっこり笑って引き返していった。
何か無茶言われる気がする・・・。
カリーナさんが手を合わせて『ありがとー』のサインを送ってきた。
・・・美人はずるい。
一行が2階へと消えていくのを見送ってから階段を降りると、そこでシディアさんが頭を下げていた。
「ボロンが大変失礼をいたしました。ギルドを代表してお詫びいたします」
ギルドを代表するのがギルド長ではないのがすごいなぁ。
シディアさんがギルド長やった方が回るんじゃないか? 真面目モードだとできる人っぽいし。ON/OFFのタイミングが時々おかしいけど。
「いや、問題ないですよ。一刻も早く寝たかったので、むしろ助かりました」
「そう言っていただけると助かります」
シディアはもう一度頭を下げた。
で、スイッチがOFFに。
「目の下の隈すごいけど、寝てないの?」
「4日間寝てない。今すぐ寝たい」
「何? シスターが寝かせてくれなかったわけ?」
「まぁ、その通りなんだけど、卑猥な言い方やめてね」
「ふふふっ。宿まで送っていこうか?」
「ありがとう。でも、そこまでフラフラじゃないから。大丈夫」
そういうとケイは手を振りながらギルドを出て行った。
「まさか本物の英雄様だったとはねー。唾付けとくんだったかなー。でもお姫様のガードがなー」
シディアは本気とも冗談ともとれる調子でひとりごちながら仕事に戻っていった。




