英雄帰還
ケイは右手に死神の鎌、左手に魔石、頭にティアラを乗せて麦畑の中をヨタヨタと歩いていた。
黒いティアラは触ったら呪われそうで気味が悪かったが、よく考えたらバリア内でさんざん触ってたなと思い出し、持って帰ることにした。
(眠い・・・あと喉乾いた・・・眠い・・・これ、ニパドラまで歩いて帰るのか? しんどい・・・)
こういう強敵を倒したら、主人公は気絶していいんじゃなかったか。
ああ、そういえば自分は主人公って柄ではなかった。戦ってないし。
アベルさんは確か周囲を封鎖すると言ってたし、ニパドラまで誰ともすれ違わない可能性も高い。
「はぁ・・・」
ケイは盛大にため息をついた。
-----
ピクッ
ノエルのネコ耳が弾かれたように立ちあがり、麦畑へと続く農道の方を向いた。
((カラカラカラ・・・))
その耳が微かに金属の棒を引きずるような音を捕らえた。
目をじっと凝らす。
陽炎の中に小さな人影が動いているのを見つけた。
(!!)
ノエルは持っていた杖を放り投げると、規制線の黄色い帯をくぐり抜け、全速力で駆けだした。
「!? おい! 中に入るな!」
無人の民家の軒下に腰を下ろしていたルーファスが、慌てて止めようと立ち上がる。
その声に気付いた屋根の上の見張り役が、走っていくノエルの方へ慌てて双眼鏡を向けた。
「ぜ、前方に人影! 何か持っています! アンデッドではないようです!」
「なんだと!?」
ルーファスが見張り役を見上げて驚きの声を上げた。
「何かあったか!」
民家内で部下と今後の方針を話し合っていたアベルが、騒ぎを聞いて外へ飛び出してきた。
アベルの目が、規制線の向こう側を駆けていく少女の背中と、その先の小さな人影を捉えた。
「・・・まさか・・・ありえん」
アベルの視力は21.0相当。
その人影が誰なのかハッキリと視認していた。
-----
カラカラカラ・・・
ケイは麦畑を抜けて農道に出ると、鎌を担いでいるのも億劫になり、柄の先を持って引きずって歩いていた。
(3徹の目に太陽が眩しすぎる・・・)
日差しが目に入るのを避けるため、下を向いてとぼとぼ歩を進める。
「 ——っ!」
遠くから名前を呼ばれたような気がした。
ゆっくり顔を上げる。
「ケイさんっ!!」
ノエルが全速力で駆けこんできた。
「うわっ!」
ケイは鎌と魔石を放り投げると、飛び付いてきたノエルを抱きとめた。
しかし、勢いは殺せず、ノエルを抱いたまま尻もちをついた。
「ケイさんっ!! ケイさんっ!! ケイさんっ!! うわぁぁぁぁぁぁん」
ノエルはケイにしがみついたまま号泣を始めてしまった。
うぐ・・・ノエルを号泣させたの・・・2度目・・・
「ごめん、心配かけた」
「ホントですよぉ! ぐずっ、なんで独りにするんですかぁ! ずっと一緒にいるって言ったじゃないですか! もう独りは嫌なんです!! わぁぁぁぁぁん」
ノエルが泣きながら頭をグリグリと押し付けてくる。
ケイは申し開きする言葉も見つからず、ノエルが泣き止むまで頭を撫でてやる事しかできなかった。
アベルとルーファスが、頃合いを見計らって二人の元に歩み寄った。
「驚いたぞ。まさかあの状況から生還するとはな。シスターアリアからよく逃げ切れたな」
「倒せましたよ」
「・・・・・・何をだ?」
「シスターアリア」
足元に転がっていた紫色の大きな魔石を拾って見せた。
「・・・倒・・・バカな・・・あれを倒せるはずが・・・いやしかし・・・」
アベルはケイの言葉と魔石の存在に困惑していた。
「4日もかかっちゃいましたけど、あ、鎌も持ってきました」
引きずってきた鎌を指差す。
「4日も闘って倒したのか!? シスターアリアを!? え、だって魔力ぜんぜん・・・ポーターだろ!?」
ルーファスも盛大に混乱していた。
あ、確かに4日もかかって倒したって言うと、すごい武勇伝っぽいですね。違うんです。やってたのはただの飲まず食わずザ・ガマンです。
「確認してくる。ちょっと待っててくれ」
そう言うと、アベルは魔素収斂の中心部へと駆けていった。
「あ、そうそう、これももらってきたんだ」
ケイは自分の頭に乗せていた黒いティアラをルーファスに見せた。
「それ・・・まさかシスターアリアのティアラか!?」
「そうだよ」
しがみ付いて離れないノエルの頭に乗せてやる。
「ほら、ノエル。ノエルの白い髪に黒いティアラはすごく似合うよ」
ノエルが胸にうずめていた顔を上げ、上目遣いで睨みながら言った。
「そんなもので誤魔化されませんよ」
「う・・・」
光り物でご機嫌取りとか安易でした、すみません。
「そのティアラ、王妃のティアラより価値あると思うぞ・・・」
ルーファスは、信じがたい価値の贈り物でご機嫌をとろうとする男と、まったく靡かない女を見て戦慄していた。
-----
「あ、あの、シスターアリアをどうやって倒したんですか! 聞かせてください!」
村の入り口まで戻って馬車の荷台に乗り込むと、ルーファスが目をキラキラさせながら詰め寄ってきた。
なんか性格変わってませんかルーファスさん。
「う、うん、実際大したことはしてなかったんだ。それよりまずは寝させてもらっていいかな。四日間寝てなくて・・・」
「あ! それなら、ここ、ここです!」
ノエルが自分の太ももをバンバン叩いた。
見た目おっさんが15才の子に膝枕してもらうのはどうなの、とも思ったが、ノエルの顔を見ると断る気にはなれなかった。
ケイはノエルに膝枕をしてもらうと、すぐに眠りに落ちた。
「シスターアリア相手に大したことなかったって・・・」
ルーファスは感激に震えていた。ちなみに、ケイが言ったのは、『大したこと『して』なかった』である。
「ノエル、来るときに言った事は完全に間違いだった。こんな人は見た事がない。僕の見る目が無かった」
「うふふ、ケイさんはすごいんです。パラレクスの悪神にも勝った事があるんですよ」
ノエルは愛おしそうにケイの髪を撫でた。
「パラレ・・・本当か!?」
「本当です」
ちなみに勝ったというのはケイのウソで、実際には養われていた身である。
「そんなすごい人だったのか・・・」
「はい、ケイさんはすごいんですっ」
ノエルが得意顔で言った。
「ノエルはケイとはどういう関係なんだ?」
「えーっと・・・将来を誓い合った仲ですね。キスも済ませてます」
「・・・く、詳しく聞いても?」
ルーファスが興味津々といった感じで身を乗り出した。
「・・・大した奴だ」
御者台から振り向いたアベルが、ノエルの膝で寝息を立てているケイを見て呟いた。
ノエルの、ケイを過大評価した上に事実を大分捻じ曲げた惚気話は、ニパドラに着くまで続いた。




