護衛依頼
翌日の早朝、私はギルドに向かった。
ギルドの依頼ボードには、『アラタ村周辺シスターアリア発生中。半径2km立入厳禁!!』の文字が張り出されていた。
「あ・・・ノエルさん? お、おはようございます。大丈夫ですか?」
受付の前に現れた私を見て、カリーナさんがびっくりした顔をした。
今日私が顔を出すとは思っていなかったようだ。
「今日は依頼したい事があって来ました」
「依頼を受けるのではなく、発注するんですね? どういった内容でしょうか」
「護衛の斡旋をお願いします。私をアラタ村まで送り届けてくれる冒険者を1人、お願いします」
「え・・・」
カリーナは絶句した。
「アラタ村は現在立入厳禁なので、冒険者といえども中に入る事はできません」
「中には入りません。規制線の外側まで護衛してもらいたいんです」
「規制線外とは言ってもですね、危険地帯には変わりないので、雇う冒険者のランクも高ランクになります。報酬も相応に・・・」
ノエルは昨日もらった金貨を一枚、受付に提出した。
「これでお願いします」
「・・・」
カリーナ二度目の絶句。
「絶対に中に入っちゃダメですからね!」
「約束します。中には入りません。ただ帰りを待っていたいだけなので」
ガタガタッ!
隣の受付から音がして、シディアさんが立ち上がり、ツカツカと奥の部屋へ消えていった。受付には『受付停止中 お隣りへどうぞ』の立て札が立っていた。
「・・・はぁ、分かりました。こちらに必要事項を記入してください。護衛依頼が受注されたら宿へ連絡すればいいですか?」
ノエルは受付横の長椅子を指差した。
「そこで待っています」
5分程すると、先ほど奥の部屋へ消えたシディアが目を赤くして戻ってきた。
「・・・依頼の発注で泣かされたの初めてだわ。健気すぎるでしょ」
「ほんとに・・・立ち直ってくれるといいんだけど・・・」
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「よろしくお願いします」
ノエルはペコリと頭を下げた。
依頼を受けてくれたのは、アベルさんとルーファスさんだった。
「本当に町の入り口まで送るだけだぞ。中には入れないからな」
「分かっています。お手数おかけします」
「監視と保全の為にアラタ村には行かねばならないからな。ついでだ。依頼料もいらないのだが・・・」
「正式な依頼ですので、受け取ってください」
「・・・わかった。ルーファス」
「分かってます。ちゃんと監視しておきます」
私が隙を見て中に入ろうとしていると思われているようだ。
そんな事はしないのに。
アラタ村へ向かう馬車の荷台。
ノエルとルーファスは向かい合って座っていた。
「依頼ボード見て驚いたよ。無茶な事考えるね」
ルーファスさんが呆れたように言った。
「本当に中に入る気はありませんよ。外で待っているだけです」
「どうだかね」
確かに、今の私は、死んだ恋人の後を追って死地に飛び込もうとしているヒロインにでも見えるのかもしれない。
「そもそも、中に入るつもりなら護衛なんて雇いませんよ」
「・・・確かに」
ルーファスは得心して答えた。
「右足、もう何の違和感もないよ。治癒してくれてありがとう。もう走れないかもしれないと覚悟していた。走れなければ冒険者も続けられなかった。本当に感謝してる」
「どういたしまして。完治できてよかったです」
回復魔法は忌々しい呪いの代償に得た力だ。
呪いに苦しめられるくらいならこんな力はいらないと思っていた。
でも誰かを助ける事ができたのなら、この呪いもそんなに悪くはないかもしれない。
ケイさんにも会えたし。
「着いたぞ」
御者台からアベルが声をかけた。
馬車が止まったのはアラタ村の入り口。その先は『立入厳禁!!』と書かれた黄色の帯で封鎖されていた。
遠くから杭を打つような音が聞こえる。この帯で周囲をぐるっと囲む作業中なのだろう。
「状況は! 何か見えるか!」
アベルが建物の屋根の上にいる監視員に声をかけた。
「ここからじゃ中央部は見えません! アンデッドは減り続けてます! 魔素収斂自体は沈静化しているようです! 特段濃い魔力も感じません!」
「分かった! 監視を続けてくれ!」
「変ですね、誘っているのでしょうか?」
「中心部のアンデッドはあらかた喰われていたからな。魔素が散るのは不思議じゃない。シスターアリア自体の魔力が感じられないのは不気味だが、最初に遭遇した時も襲ってくるまでは大人しいものだった。活性化すると魔力を放出するのかもしれん」
「確かにそうですね」
「何にせよ、シスターアリアの存在は確認したんだ。半年間規制は続ける」
ノエルは杖だけ持って規制線の前まで歩み寄ると、ただ静かに奥を見つめていた。
「・・・見てられんな」
「・・・はい」
ノエルは日が落ちる直前まで、そこに立ち続けていた。
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翌日。
朝から雨のしとしと降る嫌な天気だった。
「今日も護衛の斡旋をお願いします。行き先は同じです」
ノエルは金貨を1枚、受付に置いた。
「・・・・・・」
「足りませんか?」
フルフルフルフルッ!
ノエルが報酬を追加しようとするのを見て、カリーナは慌てて首を振った。
「確かに、受領しました・・・」
カリーナは疲れたように言った。
「ねえ、シディア、昨日、依頼の完了報告受けたんだけどね。ノエルさん、規制線の前で奥を見つめて、ただ立ち続けてただけなんだって。7時間ずっと。依頼受けたアベルさんには『こんな物受け取れるか』って金貨つっかえされたんだけど、どう処理すればいいの?」
「やめて、聞かせないで、巻き込まないで」
シディアは両手で耳をふさいで目をつぶった。
ノエルの護衛依頼票がボードに張り出される前に、受付にルーファスがやってきてカリーナと一言二言交わした。
その足で、受付横のベンチに座っていたノエルの前にやってくる。
「依頼を受けた。行くぞ」
「! はい、ありがとうございます」
ノエルは頭を下げた。
ノエルはネコミミ付きの黒いレインコートを羽織って荷台に乗り込んだ。
アベルとルーファスはお揃いの迷彩柄のレインコートを着ていた。
「今日は道がぬかるんでいるのでゆっくり行く」
そう言うと、アベルを馬にムチを入れた。
アラタ村の入り口に到着すると、昨日と同じようにアベルが見張り員に声をかけた。
「何か変わりはあったか!」
「魔素収斂は終息したようです! 外側へ向かうアンデッドを多数確認しました! 発見次第討伐しています! シスターアリアは視認できず! 新たな動きはありません!」
「どう見る?」
アベルがルーファスに問いかけた。
「魔素収斂が終息したのは朗報ですが、シスターアリアの動きが不気味ですね。やはり罠かと。斥候を送りたいところですが、時期尚早と判断します」
「そうだな、送るとしても一ヶ月は様子を見よう」
アベルがノエルをみる。
ルーファスもつられてノエルへ視線を送った。
ノエルは昨日と同じ場所に立って、昨日と同じように収斂現場の中心をじっと見つめていた。
昨日と違うのは、黒いレインコートを着ている事くらいだった。
その日もケイは戻って来なかった。
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その翌日。
前日とは打って変わっていい天気だった。
「今日も同じ内容でお願いします」
ノエルは金貨を1枚、受付に置いた。
「・・・・・はい」
正式に依頼料が払われた依頼を断る権利は、受付嬢にはない。
カリーナは黙って受けるしかなかった。
「シディア・・・ケーキ奢るから担当変わって」
「無理。・・・それにこっちにも流れ弾当たってるから」
2人の受付嬢は、朝からごっそり精神力を削られていた。
今日も受けてくれたのはアベルさんとルーファスさんだった。
「今日もよろしくお願いします」
ノエルは頭を下げた。
「我々が受けられるのも今日までだ。まだ続ける気なのか?」
「はい」
「いつまで続ける気?」
「わかりません」
今日で4日目。水も無い。食料も無い。生きていたとしても限界だろう。本当に信じているのか。ただ意地になっているだけなのか。自分でも分からなくなっていた。
アラタ村に向かう馬車の荷台。
ノエルとルーファスはいつも通り向かい合って座っていた。
「ノエル、回復魔法は貴重で引く手数多だ。新しいパーティーを探す気は無いのか?」
「ありません」
ノエルはきっぱりと言った。
「いつまでもこうしているわけにはいかないだろう?」
「私には、ケイさんしかいませんから」
「そんな事はないだろう」
そんな事はあるんです。私を絶望から救ってくれたのはケイさんだけでした。
「彼より頼れる男性はたくさんいるぞ?」
カチンときた。
「・・・ルーファスさん、血を吸ってもいいですか?」
ノエルは右手の人差し指を口の端に引っかけると、キバを剥き出しにした。
今自分がどんな表情をしているか分からない。
「ひっ・・・吸血鬼!?」
ルーファスがバタバタとノエルから距離を取った。
ドカッと荷台の縁にぶつかる。
「ん? 何かあったか?」
アベルが異変に気付いて御者台から振り向いた。
「何でもありませんよ」
ノエルはしれっと答えた。
「ルーファスさん、あんまりふざけたこと言わないでくださいね」
「は、はい・・」
ルーファスはノエルの恐ろしい一面を見て震えていた。
「普通は怯えますよね。ケイさんは怯えもせず腕を差し出して、『どうぞ』って言ってくれる人なんです。彼みたいな人がたくさんいるなんて軽々しく言わないでください」
ルーファスは自分を省みた。
ノエルが優しい子なのは知っている。大切な人を失ったかもしれない状況の中、足の治療を優先してくれた子だ。
そんな子に怯えた自分。
それにケイはあんな魔力量しか無いのに、シスターアリアに立ち向かったではないか。しかも自分を庇って。彼は冒険者ですらないのに。
『彼より頼れる男性はたくさんいるぞ?』
それは単に魔力量が多い人、という意味だったのだが、とんでもない失言である事に気付いた。
「すまない。完全に僕の失言だった。撤回する」
ルーファスは深々と頭を下げた。
「いえ、分かってもらえればそれで・・・」
ルーファスが自分に気を使って励まそうとしてくれたのはわかるのだ。
でも許せない言葉があった。
だからと言って、キバを見せて威嚇していいわけはない。
「・・・はぁ」
ノエルもまた、自分の言動を省みて自己嫌悪に陥っていた。




