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微かな希望

 ガタンッという衝撃で目を覚ますと、赤く染まった空が目に入った。

 ガラガラと鳴る車輪の音と、馬の蹄の音。

 どうやら馬車の荷台で寝ていたらしい。


 床は固いけど、頭は柔らかいものの上に乗せられていて痛くない。

 も・・・もしや、ケイさんの膝枕だろうか。

 ドキドキしながら視線を上げると、膝枕をしてくれていたのは緑髪のボブカットの少年だった。

 名前は確か、ルーファスさん。

 ルーファスさんは、下を向いて目をつぶり、どこか辛《つら》そうな顔をしていた。


 ルーファスさんの目が開き、視線がぶつかる。

「目を覚ましたか」

「あ、はい、ありがとうございます」

膝枕のお礼を言って起き上がる。


 ルーファスさんの右膝には布が巻かれ、赤く染まっていた。


「ケガしてるじゃないですか! こんな状態で膝枕なんてしないでください! 布、取りますよ?」

「あ、ああ・・・」

 布を取ると右膝の上がザックリと裂けていた。傷は相当深そうだった。


「すぐ回復魔法をかけます。傷が深いので少し時間がかかります」

「・・・・」

 反応が無いので顔を見上げると、唇を噛んで沈痛な面持ちをしていた。

 何かあったのだろうか。


 回復魔法をかけながら周りを見回す。

 荷台に乗っているのは私とルーファスさんだけ。御者台にはアベルさん。

 ケイさんがいない。


 もう1台の馬車に乗っているのかと後ろを確認するが、2台目の馬車は見当たらなかった。

 前にもいない。


「ケイさんは?」

「っ・・・・すまない」

ルーファスさんが両手で顔を覆いながら言った。


 ・・・・すまないって何ですか?


 その時、私が目を覚ました事に気付いたアベルさんが御者台から振り返って言った。

「・・・・ケイは収斂中心部に残った。俺が見殺しにした。俺の責任だ」


「はい?」

何を言っているのか分からなかった。


「ケイからは『必ず戻る』とだけ。君に伝えて欲しいと言われた」


 中心部に残った? 見殺しにした?


 気を失う直前の記憶がはっきりと蘇った。

 白いバケモノ。『シスターアリアだ!!』アベルさんの声。

 おばあさまに聞いたことがある。討伐不可能な白い悪魔。


「・・・・・引き返してください・・・今すぐ戻ってください。お願い、戻って!! 戻れ!!」

 アベルに掴みかかろうとするノエルをルーファスが必死に抑え込む。

「2時間待ったんだ! あの状況で2時間待って戻らなかったらもう無理だ!」

「無理ってなんですかっ! 戻って! 今すぐ戻って!!」


 ウソだ。ウソだ。あの人はパラレスクの悪神にだって勝てる勇者なんだ。みんなケイさんの強さを知らないだけだ。

 それに、ずっと一緒だと言ってくれた。ケイさんがウソをつくはずがない。


 ・・・いや、そうだ、あの人は結構ウソつきだった。



 力が抜け、崩れ落ちた。


 ルーファスの酷い状態の右膝が目に入った。

 ・・・治療、しないと・・・取り乱して怪我人を放置していたなんて知られたらケイさんに嫌われてしまう。


 ノエルがうずくまったままルーファスの右膝に手を添えると、ノエルの手のひらと傷の周りがぼんやりと光り始めた。

「あ・・・ありがとう」

「・・・いいえ」

 今は何も考えずに集中できる事がある方が有難かった。



 ニパドラのギルドに到着すると、ギルド内は蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。

 シスターアリア発生の知らせは、先に戻ったマイク達が伝えていた。


 ノエルたちはすぐに応接室へと通された。



 現場で起こった出来事について、アベルさんとルーファスさんが詳細に説明していたが、あまり耳に入ってこなかった。

 ただ、ケイさんがルーファスさんを庇《かば》った事で置き去りにされたという事だけはハッキリ分かった。


 ああ、やっぱりか。自己犠牲も大概にしろとあれほど言っておいたのに。


 アベルさんがポーターを見殺しにしてしまったとしきりに自分を責めていたが、それは違うと思う。


 ケイさんは自分の命を軽視しすぎるところがある。

 優しいからではない。それとは根本的に違う。

 知らない世界に飛ばされた絶望がそうさせるのかもしれない。


 『僕の寿命、全部あげます』


 あの言葉が頭から離れない。

 どこか壊れているのだ。


 だから、私が癒してあげたかった。

 一緒にいてあげたかった。

 一緒にいて欲しかった。



 時間の感覚がよく分からないまま、気付いたら聴取は終わっていた。

 私の前には金貨が3枚置かれていた。

 シスターアリアの出現報告に対する報酬だそうだ。

 金貨3枚は大金だが、何の感情も湧かなかった。



 部屋を出ると、扉の前で待っていたシディアさんが抱きしめてくれた。


 とても暖かかった。


 なぜか涙が堰を切ったように流れてきて、大声で泣いた。


 そうか、私、まだ泣いてなかったんだ。



-----


 たった一人の宿の部屋。


 ものすごく広く感じる。


 ものすごく静かに感じる。


 お昼から何も食べていないはずなのに、まったく食欲がわかず、すぐに毛布にくるまった。



 落ち着いてくると、1つの疑問が浮かんできた。


 初めての討伐へ向かった時の道すがら。


『自分を犠牲にして私を守るのはやめてください。守ってもらえるのは嬉しいです。でもそれは、自分自身も守れる事前提でお願いします』

『はい、わかりました。約束します』


 そう、約束したのだ。

 彼はウソは付くけれど、約束を破ったことはない。


 馬車でのアベルさんの言葉。

『ケイからは『必ず戻る』とだけ。君に伝えて欲しいと言われた』


 死ぬ気だったら『必ず戻る』なんて伝言は残さない。その場の強がりでは言うかもしれないけど、わざわざ私への伝言を頼んだのだ。


 きっと、自分も含めて全員が生き残れる算段があっての行動だったはずだ。


 都合の良いただの願望かもしれない。


 でもきっと、ケイさんはまだ生きている。


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