シスターアリア
「住民の避難は完了しました!」
「よくやってくれた、君たちも退避してくれ!」
到着したのは小さな村の外れ。小麦畑の広がる農地だった。
スケルトンが数体、一方向に向かって歩いているのが見える。
「聞いていたより数が少ないな。魔素濃度もそれほどじゃない。いけるかもしれん」
アベルが呟いた。
「マイク、君に馬車の防衛を任せていいか」
「任せてくれ。歩いて帰るのは御免だからな」
スケルトンが闊歩する現場に馬車を放置するわけにはいかないので、馬車の防衛はDランク冒険者のマイクに任せるようだ。
「まずは魔素収斂の中心部に近づけるだけ近づく。4人で扇型に展開! ノエルは回復魔法が使える。ヒーラーを守れ! 多少の怪我なら問題ないぞ!」
「ヒーラーだったのか!?」
緑髪のルーファスが目を丸くする。
「ケイはノエルを側で守ってくれ。バリアはまだ使うな。中央に辿り着くまで敵を集めたくない」
「了解」
「ポーターのケイは護衛対象じゃない! 戦力として数えろ! スケルトンは抜かれても構わん! 他の敵は通すな! 行くぞ!!」
ノエルとケイを中心にして扇形の陣形を組んだ6人は、スケルトンの進行方向へ向けて走り出した。
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腰まで伸びた麦畑の中を、6人は速度を落とすことなく駆け抜けていく。
先頭を走るアベルはエンチャントした長槍でスケルトンやゾンビを1撃で複数薙ぎ払っている。
さすがA級冒険者。最下級モンスターなどものの数に入らないようだ。
その右を走るルーファスも細身の剣で敵を1撃の元に葬り去っている。
体の周りに光る球を複数浮かせ、それで身を守ったり攻撃をしたりもしている。
何あれ、ドローン? ビット? すごいかっこいい。
左右に展開している2人の神官も、剣と魔法でスケルトンやゴーストを次々と仕留めていた。
抜けてくる敵は1体もいなかった。
「ホーリーアーティレリィ!」
固まった敵群を見つけたルーファスが範囲魔法を放った。
一帯が明るく輝き、スケルトンがガラガラとまとめて崩れ落た。
・・・スケルトンスレイヤーとか調子に乗っていてすみません。
中心に向かうにつれて敵の数が減っていく。
アベルは違和感を感じていた。
(おかしい。なぜ中心部の方が敵が少ないんだ? 規模もM3程度だ。誤報だったか?)
一団はものの5分で中心部に辿り着いた。
「はぁ・・・はぁ・・・」「ぜぇ・・・ぜぇ・・・」
何もしていない2人だけがバテていた。
「・・・・」
ルーファスがジト目でこちらを見ている。
完全に足手まといだと思われている。実際、完全に足手まといなのだが。
いや、鍛え方が足りないと言われればそれまでだけど、戦いながら5分走って息を切らしてない方がおかしいでしょ。
魔力で身体能力向上とか、そういう事もしているのかもしれない。
魔素収斂の中心部にあったのは、ドーナツ状に積まれた骨の山。高さは人の背丈ほどもある。
動いているスケルトンがその壁をよじ登り、ガシャッと中に落ちている音が聞こえる。
「これが魔素収斂の中心なんですか?」
アベルに尋ねてみる。
「いや・・・こんなものは初めて見る」
アベルも戸惑っていた。
「崩しますよ?」
ルーファスが素手で骨の山を崩していく。アベルも槍の柄で、それに続いた。
「4人は念のため少し離れていてくれ」
手伝おうとした4人をアベルが制止した。
骨の山の一角が完全に切り崩され、中が見通せるようになった。
その真ん中にいたものを見て背筋が凍った。
小さな女の子が背中を向けてペタリとしゃがみ込んでいる。
真っ白なワンピース。真っ白な長い髪。真っ白な女の子だ。
いや、女の子のような何かだった。
仰向けに倒れたスケルトンの上に跨り、下を向いて何かしている。
女の子の喉が大きく動き、何かを飲み込んだように見えた。
スケルトンを・・・喰ってる?
あまりに非常識な光景に、全員固まって動けない。
次の瞬間、その子の首がギュルンと180℃回転した。
真っ黒でまん丸な目。
その目からどろどろとした黒い涙を流していた。
ノエルが糸の切れた人形のように力なく崩れ落ちる。
慌てて、抱き留めて支えた。
ドサッドサッっと周りにいた2人の神官も意識を失って崩れ落ちた。
アベルは踏み止まっているようだが、ルーファスは尻もちをついてしまっていた。
「最悪だ・・・。逃げるぞ!! シスターアリアだ!!」
アベルが叫んだ。
瞬間、シスターアリアと呼ばれた白い少女の腕が異常に伸び、その手に持っていた禍々しい鎌を振り下ろした。
その鎌は、尻もちをついていたルーファスの右膝に深々と突き刺さった。
「ぐぁぁぁぁ!!!」
ルーファスの叫び声が響く。
その叫び声を聞いて、心底嬉しそうにシスターアリアは高笑いをした。
音はまったく聞こえなかった。だが間違いなく高笑いをしていた。声を出さずに。
シスターアリアはもう一度鎌を振り上げ、今度は左足に狙いを定めた。
振り下ろされる直前、アベルがルーファスを抱きかかえ、猛スピードで離脱する。
振り下ろされた鎌は何もない地面に突き刺さった。
アベルが右足を負傷したルーファスを抱えてこちらに戻ってきた。
「ぐぅ・・・逃げるぞ、最悪の事態だ。君はまだ動けるか?」
アベルが苦しそうな表情で言った。
「動けます。何なんです、アレ」
「!? 君はこの魔素濃度の中で何ともないのか?」
平然と答えるケイを見て、アベルが驚きの声を上げた。
そうか、今は魔素濃度が濃い状態なのか。それでノエルは気を失ったんだな。
ケイには魔素が濃いか薄いかすら分かっていなかった。
「特に何ともないです」
「動けるなら重畳だ」
アベルは抱えていたルーファスを地面に下ろした。
ルーファスの顔は真っ青だ。膝の怪我と、魔素濃度のせいだろう。
「ルーファス、立てるか? 走るのは無理か。クソッ、手が足りん」
「アベル、走れませんが歩けはします。先に気を失っている二人を。しんがりは任せてください。今なら退路に敵はいません」
馬車から中心部までの敵は殲滅している。
アンデッドは放射状に真っすぐ集まってくるので、退路に敵がいる可能性は低かった。
「悩んでいる時間はないな。ケイ、ノエルを抱えて走れるな。両肩に担ぐんだ。俺は2人を担いでいく。ルーファス、すぐ戻るから、ヤツとはできる限り距離を取れ。いいな」
「了解です」
「必ず戻る。槍は預けておく」
そう言うと、大槍をルーファスの隣に突き立てた。
アベルは気絶している2人の神官を両肩に担ぎ上げると、ケイと共に走り去った。
「期待せずに待ってます。団長殿」
ルーファスは覚悟を決めたように呟いた。
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「シスターアリアって何なんです?」
ケイが撤退しながらアベルに問いかける。
「魔素収斂の最終段階で現れる事がある化物だ。最悪の災害だ。俺も見たのは初めてだ」
「倒せないんですか?」
「倒せない。物理攻撃は通らないし、魔法は吸収する。さらに即死魔法を頻繁に使う。成す術がない。皇国が正規軍で挑んでも無理だった。今に至るまで、討伐記録は存在していない」
「そんな・・・」
「あれが出たら周囲を封鎖して自然消滅するまで待つしかない。幸い、魔素の薄い場所には移動してこないから、半径2kmを封鎖して半年待つ。それしかできない」
「それで災害か・・・」
二人は馬車まで戻ると気絶した3人を荷台に寝かせた。
「何があったんだ?」
馬車の番をしていたマイクが驚いた顔で尋ねた。
「トラブルだ。3人は急激な魔素濃度上昇によるショック状態だ。呼吸は正常だから、しばらくすれば意識も戻るだろう」
マイクにはシスターアリアの事は黙っているようにと釘を刺されていた。パニックになって、一人で逃げ出してしまう可能性があるからだ。
「あと1人連れてくる。ケイは馬車で待っていてくれ」
「ぜぇ・・・ぜぇ・・・僕も、行きます。2人の方が、何かあった時に、対処しやすい、でしょ」
人を担いで走るのがこんなにしんどいとは・・・2人担いでたアベルさんはなんで息も切れてないの?
「そうか、助かる。場合によっては俺がしんがりをやる。ケイはルーファスを担いで逃げてくれ」
コクコク。
返事をするのもしんどかったので、頷く事で意思を伝える。
「アレを見て、死地に戻るか。なるほど、クリスが気に入るわけだ」
アベルがぼそっと呟いた。
2人は最悪の災害に向かって再び走り出した。
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魔素収斂の中心部の骨の山が見えた。
「まずい」
そう呟くと、横を走っていたアベルが一気に加速した。
シスターアリアがルーファスに覆いかぶさり、死神の鎌を振り上げていた。
間一髪、アベルは走り込みながらルーファスの横に立っていた槍を手にすると、勢いのまま死神の鎌を弾き飛ばした。返す槍でシスターアリアの本体を袈裟懸けにするが、空を切ったかのように手ごたえが無かった。
シスターアリアは首を後ろに仰け反らせて、後方に弾かれた鎌の行方を確認すると、そのまま後ろ向きにずるずると鎌の方へ這って行った。
動きがいちいち怖いです。アリアさん。
「待たせたな」
「うぅ・・・遅いですよぉ・・・」
アベルの言葉にルーファスは涙目で訴えた。
凛とした態度で忘れていたが、この子も15、6才の少年。ノエルと変わらない歳だ。あんなのにのしかかられたら、さぞ怖かっただろう。
シスターアリアは、鎌を取りに行く途中にいたスケルトンに掴みかかると、口から黒い霧を吐き出し、スケルトンを包み込んだ。
その霧を今度は飲み込む。スケルトンはただの骨になって崩れ落ちた。
捕食中でも他の獲物を見ると襲い掛からずにはいられないクモみたいな奴だ。
「今のうちに逃げるぞ」
アベルがルーファスを抱えようと触れた途端、獲物を横取りされるとでも思ったのか、シスターアリアがカメレオンの舌のように手を伸ばしてアベルの槍を掴んだ。
アベルが槍を奪われまいと力を入れた途端、ものすごい力で引っ張られ、槍と一緒に体ごと骨の山に叩きつけられた。
「ぐぅ!」
ガラガラと骨の山が崩れる。
幸い、骨がクッションになり、大したダメージは無かった。
しかし、ルーファスから大きく引き離されてしまった。
鎌を取りに行くのをやめたシスターアリアが、四つん這いでのそりのそりとルーファスに向かう。
「や、やだ・・・」
ルーファスは腰が抜けていて、後ずさる事しかできない。
シスターアリアは再びルーファスにのしかかると、口から黒い霧を吐き出した。
「た・・・助けて・・・」
ケイはルーファスにバリアを張ろうと駆け出していた。
バリアを張るには、ルーファスに触れる必要がある。
しかし、この距離では届かない。
あの黒い霧が即死魔法なのだとしたら、もう間に合わない。
シスターアリアの真後ろまで詰めていたケイは、自分の周りに大きめのバリアを展開した。
シスターアリアごと。
自分と一緒に、シスターアリアをバリア内に閉じ込めた。
シスターアリアの黒い霧はバリアに阻まれルーファスには届かず、掻き消えた。
閉じ込められたシスターアリアが、ギュルンと首を回転させた。
ドロドロの黒い涙を流す真っ黒な目と、至近距離で目が合う。
超怖いんですけど、どんなホラーだよ!
駆け戻ってきたアベルに向かってケイが叫んだ。
「ルーファスと先に逃げて! ノエルには必ず戻ると伝えてください!」
アベルはルーファスを攫うように抱えるとそのまま振り向く事もなく駆け出した。
あの状況から助けられる術はない。そう判断したAランク冒険者の行動に迷いは無かった。




